表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
天使の誘惑
97/123

ほっぺにちゅっ


 昼ごはんは海の家で焼きそばを食べ、休憩を入れてもうひと遊びをすることにした。


 みんなで交代でビーチバレーをしていると、桜が、


「喉かわいたぁー。まーちゃん、飲み物買ってきてー」


 と言ったので、誠は「はい」と答えて、先ほどの海の家に向かって歩き始めた。


 ひとりで行くつもりだったが、とっとっとっ、と足音が聞こえ、振り返ってみたら麻友が付いてきていた。


「みんなの分、買うつもりでしょ。一緒に持つよ」


 確かに、誠は桜の分だけではなく、みんなの分を買うつもりでいた。

 誠は素直に「有り難う」とお礼を言い、ふたりで並んで歩くことにした。


 一年前は押しの強さに困ることもあったが、今はそれほど嫌な気持ちがしない。

 クラスがかわってから、会うことも少なくなっていたからかも知れない。


「今日は楽しいね」


 麻友が笑顔で誠に問いかける。


「はい、みんなで遊ぶのって、こんなに楽しいものだって初めて知りました」

「あっ、そうか。こういったのは初めて?」

「はい」

「そうなんだ」


 誠も楽しんでいることが解ると、麻友も嬉しそうに笑った。


 海の家で店長らしい親父さんに、8本の冷たい飲み物をお願いする。

 冷蔵庫に入っている水やお茶やスポーツドリンクを分けて出してくれる。

 誠がお金を払っている間に、麻友が持てるだけ持とうとしていた。


「あっ、僕が持ちます」

「いいよ、大丈夫」

「そんな小さな手で、なに言ってるんですか」


 誠はそう言って、6本を両手に挟んで持つ。

 麻友は両手に1本ずつ持つだけとなった。


「有り難う。やっぱり優しいね」

「そんなことないです」

「ふふ、小さい手って言われて、何かきゅんとしちゃった」

「えぇっ、そうなんですか?」

 

 麻友の言葉に、誠が驚いた。


「いつも口調がきついせいか、どうも強い女に見られがちだから」


 麻友はすこしだけ寂しそうにつぶやいた。

 そんな悩みを持っているなんて、誠は考えてもいなくて、またびっくりする。

 そんな誠の様子に気づいた麻友が、頬をふくらませてつぶやいた。


「びっくりしたな。これでもか弱い女の子だぞ」


 じとっとした視線で、麻友が誠を見上げる。

 確かに8人の中でも、凛と麻友が同じぐらいで一番背が低い。

 こうして見ると、確かにか弱く見えるかも知れない。


「そうですね。うん、そう思います」


 誠は反省もこめて、そううなずく。

 麻友もその言葉に嬉しそうに微笑んだ。


「ふふっ。まーちゃん、ちょっと耳貸して」

「はい?」


 言われるままに誠は少し屈んで、麻友の顔に耳を近づけた。

 麻友が何かを話すかのように、誠の耳元に口を近づけたが、方向がすこし違った。


 ちゅっ。


 …………はい?


 麻友が、誠の頬にキスをした。


「有り難う。感謝の気持ち」

「えっ、えぇぇっっ!!」


 誠の反応に、麻友の方がびくっとして驚く。


「なっ、なに? ほっぺにちゅっ、ぐらいいいでしょ? まどかともキスぐらいしてるんでしょ?」


 麻友の言葉に、誠は必死で顔を横に振って否定した。


「……えっ、まだなの?」


 麻友がいぶかしげに、誠に問い直す。

 誠はまた必死に頭を上下し、麻友の問を肯定した。


「誠……、ちょっとそこに座りなさい」


 麻友の口調が変わった。

 何かいけない部分に触れたらしい。

 あきらかに怒っている。


 キスされたのは自分なのに、なぜ麻友が怒っているのかわらなかったが、あまりの迫力に思わず言われるままに正座した。


 麻友は仁王立ちして誠の前に立つ。

 背中から黒い怒りのオーラが見えてきそうな迫力がある。


「ふたりが付き合い始めて、もうすぐ1年。その間に、キスひとつしていないと?」

「はっ……はい」


 怒りはそこ?


「告白したことのない私が告白し、振られたことのない私が振られ、彼氏の絶えたことのなかった私が、1年間も彼氏も作らずにいたというのに……」


 誠の知らない間に、麻友の中には黒いドロドロしたものが溜まっていたらしい。

 誠のせいではないと思うが、ここではそうは言ってられない。


「ごっ、ごめんなさい」


 誠は思わず頭を下げて謝罪した。


 周囲からは、水着の女の子を前に正座して頭を下げている姿がどう映ったのか。

 知らないうちに遠巻きに眺める人が増えてきていた。

 おそらく痴話喧嘩と勘違いされているのだろう。


 麻友はそんな周囲の様子を気にすることもなく、言葉を続けた。


「この私が我慢していたというのに、ふたりは手をつなぐだけで満足して、キスひとつしていないと!?」


 なぜキスをしていないことで怒られないといけないのか、誠には解らなかったが、ここは謝るしかない。

 誠は何はともあれ、頭を下げ続けた。


「ヘタレかと思っていたけれど、ここまで奥手のふたりとは……誠!!」

「はい!」


 麻友の大きな声に、誠は飛び上がるように顔を上げた。


「とにかく今日、まどかにキスしなさい。したいんでしょ!?」

「は、はい」


 周囲でどよめきが起きる。

 いつの間にかギャラリーが増えている。


「これで今日キスしなかったら悪いけど、まどかから奪うからね。我慢の限界よ」


 奪うって……? 我慢の限界って……?


 麻友の言葉に意味がわからず戸惑っていると、桜が駆け寄ってきた。


「何してるの、まーちゃん」

「あっ、桜さん」


 誠の代わりに、麻友がイライラした様子で説明し始めた。


「ちょっと聞いてよ、桜。まーちゃん、まどかとまだキスひとつしてないんだって。私知らなくて、ついついほっぺにキスしちゃったわよ」

「ほー、ほっぺにね」


 桜がニヤニヤ笑っている。

 何かいたずらを思いついた顔だ。


「どっちのほっぺ?」

「右よ」

「ふーん」


 桜がふいに遠くを見つめ、何かを指さした。


「あっ、まどかちゃん」

「えっ?」


 誠が指の方向につられて、顔を向ける。

 だが、その指の先にまどかはいなかった。


 ちゅっ。


 今度は左の頬に、何か柔らかい感触が。


「〜〜〜〜!!!」

「左いただき」


 桜が美味しいものでもいただいたように、笑顔で唇をなめている。

 誠が言葉にならない声で訴えようとするが、桜はどうだ、と言わんばかりに胸をはっている。


「しぃぃしょぉー……」


 聞いたことのない地獄の底からの声に、思わず3人が振り向く。


 そこには、いつの間にか、まどかが立っていた。

 怒っている。

 あきらかに怒っている。


 誠の背中にいやな汗が流れた。

 真夏の昼下がりというのに、急にあたりが涼しくなったように感じる。


 さすがの桜もまどかの迫力に押され、弁明をし始めた。


「いやだなぁ、まどか。冗談よ、冗談。麻友が右のほっぺにキスしちゃった、ていうから、バランスが悪いかなと思って」


「……麻友もキスしたんですか?」


 矛先が変わり、麻友がびくっとする。

 麻友も思わずたじろいでいた。


「いや、その、まさかふたりがキスもしていないなんて知らなくて……ちょっと……感謝の気持ちを込めて……その……つい」


「感謝の気持ちは、言葉だけにしてください」


 まどかのもっともな意見に、麻友もうなずくしか無かった。


「はい……」


 まどかがくるっと誠の方を向く。

 誠も思わずびくっと身体を強ばらせた。


「師匠」

「はいっ!」

「気をつけて下さい、って約束しましたよね」


 まどかの目がすわっている。


「はいっ!」

「何でそう簡単に……」


 まどかの肩がふるえ始める。

 いつになく怒っている……と思っていたら、まどかの目から涙がこぼれていた。

 誠は驚いて、思わずまどかに声をかけた。


「まどかさん」

「…………」


 まどかはうつむいたまま、答えない。

 桜と麻友も心配そうにまどかを見つめていた。


「……心配……かけないでください……」


 まどかがしぼり出すように、そうつぶやいた。


「あっ……」


 誠は美緒の言葉を思い出した。

 まどかを不安にさせる言動をしないこと。


 誠は恐る恐るまどかに近寄って、うつむいて立ち尽くすまどかをぎゅっと抱きしめた。


 こんな素敵な女の子が、自分のことを好きでいてくれる。

 こんな自分なのに、不安に思ってくれる。


 誠はまどかを、愛しい、と心から思った。


「おぉー!」


 周囲のギャラリーから歓声が上がる。


 誠もまどかも忘れていたが、麻友とのあたりから周囲からの注目を集めていた。

 気づいて見渡すと、どこから集まったのかと言うほどの人だかりになっていて、どこからとも無く拍手がおこり始める。


「まどかさん」


 恥ずかしさのあまり誠はまどかの手を引き、その場から離れた。

 人垣を通り過ぎるとき、観客から「キス、頑張れよ!」と応援がかかり、誠は耳まで赤くして走り抜けた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こんな女ばっかのところに連れて来たまどかが悪いよな~
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ