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勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様の作戦
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作戦会議

 それから一週間は、まるで何もなかったかのように日々は過ぎた。

 誠は相変わらず寡黙で、挨拶もなければ話しかけることもなく、授業に集中しては家事のためにさっさと帰ってしまう。

 まどかは、あの日のことは夢だったのかな、と不安になるほどだった。

 夕方に一通のメールが届いた。

 真穂さんからだった。


『作戦が決まりました。時間があったら、明日の夕方、この前と同じ時間ぐらいに家に来て下さい。また会えるのを楽しみにしています。真穂』


「やった! ようやく始まるんだ。どんな作戦なんだろう……」


 真穂のメールには続きがあった。


『追伸、中学の時の成績表やテストを持ってきてね。現状把握が必要なので。(*^_^*)』


「あぁぁぁ……」


 そうだよね。必要だよね……恥ずかしい。

 ちゃんと残っていたかな、とまどかは部屋の探索を始めた。



 翌日、部活の帰りに一柳家に向かった。

 気持ちがせいて、やや速いペースで駆けつけ、扉の前についたときは、まだ息が切れていた。

 ちょっとだけ震える手で呼び鈴を鳴らした。


 ピンポーン!


「はぁい」


 真穂さんの明るい声に、まどかも少し落ち着いた。

 扉が開き、真穂が笑顔で招き入れてくれた。


「待っていました。さあ、入って」

「おじゃまします」


 台所のテーブルに案内されると、今日は三人分の夕食ができていた。

 今日は鰹のタタキだった。


「部活で遅くなるので、いつも夕食の時間で申し訳ないです……」

「いいのよ、私も今回は参加したいし、そうすると仕事の帰りだから同じようなものなのよ。まあ、まずはいただきましょう」


 まどかは手だけ洗わせていただいて、今日も素直にいただくことにした。


「「「いただきます」」」


 しばらく、もぐもぐと、夕食を黙っていただいていた。

 今日もやっぱり美味しかった。

 鰹のタタキに、ほんのりにんにくのスパイスとポン酢の酸味。

 何か隠し味までありそう。

 誠さん、本当に上手だなぁ、とまどかは感心した。

 口を開いたのは、真穂さんだった。


「実はね、誠も昔は成績が悪かったのよ」

「……! そうなんですか?!」

「と言っても、小学生の頃だけどね」

「……はい……」


 まどかは、何を言いたいのか解らず、首をかしげた。


「ほら、幼稚園の頃に習い物したり、早期教育を受けていたりする子って、けっこういるじゃない。うちは全くしていなかったから、小学校に入ったときのひらがなでけっこう差がついていてね」

「はい」

「この子は自分のことを勉強ができない子だと、思ってしまったようなのね。といっても、こんな小さなうちから塾や家庭教師をつける必要もないと思ったし……お金もなかったけど……まあ、小さなうちは遊んでいてくれればいいや、と私は思っていたの」


 途中で、金銭的な本音も呟いていたけれど、本当に真穂さんは誠さんに勉強を強いたことがなさそうだ。


「ドリルとか問題集とかも無かったから、この子ったら教科書ばかり何回も声を出して読んだり、ノートに書いたりしていたの。そうしたら成績が良くなってきて、先生にほめられたのが嬉しかったみたいで、何回も何回も教科書を読むようになったのよ」

「……私とは根本的に違いそうです」


 まどかは外に出て遊んでいた子供だった。

 勉強ができなくても、まったく気にした覚えがない。

 真穂さんは、まどかの肩をたたいて話を続けた。


「気持ちはわかるから大丈夫。伝えたかったのは別のこと。誠と参戦会議を開いて、話し合って、それに誠に勉強法についていろいろ調べてもらって、いくつかのことが解ったの」

「……?」

「まず一つ目は、遅いスタートを心配することはない、ということ。むしろこの子にとっては、悪い成績から始まったことはいいことだった。人は成長して褒められたときに、本当に嬉しい気持ちが頭に刻まれる。それが続けていく上で、とても大切なの。この子の勉強の原動力の一つは、この経験なのよ」

「はい」


 まどかはうなずいた。


「だから、まどかちゃんも遅すぎることを心配することはないの。むしろ、早くからやらされて、成績が落ちた子の方が大変そうだった。やる気が出なかったり、あきらめてしまったりして。遅くからでも、自分から能動的にやろうとした子は、やっぱりのびが凄い。今回、まどかちゃんもこれに当たるから、自信を持って」

「はい。わかりました。ありがとうございます」


 まどかは頭を下げて、返事をした。

 真穂が指を2本あげた。


「二つ目が、褒めること。誠も最初に褒められたことが凄く大切だった。自信がつくし、勉強が楽しくなった。楽しいからまた勉強するし、そうするとまた褒められる。いい先生についた、と言うのもあるけれど、褒められるのは大切。だから、私たちはまどかちゃんの成績が少しでも上がったら、目一杯褒めることにしたの」


 まどかは話を聞いて、嬉しくなった。

 実は、厳しい特訓が待っているだろうと、ちょっと気分的に不安になっていた部分があった。

 褒めてもらえることはなかなか無かったので、何となく楽しみになってきた。


「三つ目が、繰り返すこと。このあたりは誠に話してもらおうかな」


 誠がまどかにノートを広げて、見せてくれた。

 そこに六角形ぐらいの変わった図形を描いた。


「頭の中には神経細胞があります」


 ……はい?


 誠は相変わらずの無表情で、とつとつと語り始めた。


「神経細胞からは突起が出ていて、他の神経細胞と突起でつながると、それが理解や記憶になります」

「……はい……」


 誠は気にせずに言葉を続けた。

 何しろ、ノートばかり見ていて、視線が合わない。


「こうした突起は、刺激を加えると伸び始めて、刺激が無くなると縮んでしまいます。突起を伸ばして神経細胞としっかりとつなげるには、繰り返すのがもっとも効果的です」

「はい」

「昔、エビングハウスという心理学者によって忘却曲線というものが発見されました」


 そう言って、誠は円の1/4のような曲線を書いた。


「記憶は、憶えてすぐに忘却され始めますが、わずかな記憶は残ります。これを強固な記憶にするには、直後に繰り返し、寝る前に繰り返し、一週間後に繰り返し、一ヶ月後に繰り返し、一年毎に繰り返す、といった反復が効果的です」

「えぇっ! そんなに繰り返すの?」

「……厳密なデータは出ていないけど、30回繰り返す、100回繰り返す、など諸説あります」


 まどかはがっくりと肩を落とした。


「師匠……無理です」

「師匠?」


 誠が初めて顔を上げて、まどかと視線を合わせた。

 あわててまどかが言葉をつなげた。


「あっ、神様と呼ぶのはいくらなんでも、と思って、私にとっては勉強のお師匠様だと思ったので……」


 誠は戸惑ったような顔をしたが、しばらくしてまたノートに視線を落とした。

 これは了解、という意味かな?


「1回目は30分かかったとしても、2回目は15分程度、3回目は10分とかかる時間は短くなるので、思ったほどに心配することはありません。短調になりがちで、飽きてしまうのが心配なぐらいです」

「なるほど……」

「まあ、誠の説明はやや難しいけれど、繰り返しが大切ということよ」


 真穂が笑いながら、まとめてくれた。

 まどかもうなずいた。



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