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勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様の自信
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任せた

 ふたりの着付けと化粧はすこし時間がかかったが、悠太と誠はゆっくりと待つことにした。

 悠太は持ってきた小説を読み、誠はノートを読み返しながら勉強していた。



「出来上がりましたよ」


 お店の人の声に、悠太と誠は顔を上げた。


 扉が開くと、恥ずかしそうにしたまどかと、嬉しそうな曜子があらわれた。


 まどかは赤を基調とした着物に、きれいな花びらが舞っていた。

 真っ白に化粧されている綺麗な顔立ちが、いつもよりも女の子らしく見えた。


 曜子は藍色に近い、やや落ち着いた色合い。

 立ち振る舞いまですっかり舞妓のようで、色気すら感じる。

 おそらく気持ちも舞妓に成りきっているのだろう。


「……やっぱり似合うな」


 悠太はふたりの姿を見て、素直に褒めてくれた。

 誠は顔を真っ赤にして、何か言おうとしていたが、とっさに言葉が出ないようだった。


 部屋を変わって写真撮影をした後、4人は近くを散策することにした。


「誠」


 曜子が手招きをして誠を呼んだ。


「?」

「たまには、私をエスコートしなさい」

「はっ、はい」


 誠は緊張しながらうなずいた。


「お金まで出した悠太の気持ちを汲んでやって、今日は花を持たせてやりなさい」

「…………」


 そこまで言われて、誠もようやく意味を理解した。


 悠太はまどかとふたりで歩きたいのだ。


 目の前で悠太はまどかに声をかけ、ふたりは歩き始めた。

 誠はすこしだけ不安で胸がいたんだが、曜子の言葉を信じることにした。




「本当に似合っているよ」


 悠太はまどかを横目で見ながらそうつぶやくと、まどかはやや恥ずかしそうな表情を浮かべた。


「いつもがジャージとかだから、なんか恥ずかしい」

「ジャージ姿だって可愛いと思っていた。こんな姿なら、なおさら可愛い」


 悠太の恥ずかしげもない褒め言葉に、まどかは化粧をした顔でも解るぐらいに、頬を赤らめた。


「あっ、有り難う……」

「お礼を言いたいのは、こちらの方だ。一緒に歩いてくれて有り難う」

「…………」

「こうして京都の街を二人で歩きたかったんだ」


 悠太はそれだけ言って、黙ってしまった。

 まどかもどう答えて良いか解らず、しばらく沈黙が続いた。



 途中で、海外の旅行者と思われる人達から写真をせがまれ、まどかは恥ずかしながらも立ち姿を撮られていた。

 悠太もこっそり、携帯でまどかのことを撮っていた。



 八坂神社に着くと、砂利や石畳で草履では歩きづらい。


「ほら」


 悠太が自然に手を貸し、まどかも「うん」と素直に手をとった。

 ふたりで手を握りながら、境内をゆっくりと歩いて行く。



 その後ろでは、悠太の自然なエスコートを教材として、曜子が誠に女の子の扱い方を誠に教えていた。

 着物だとどういったことが困るか、歩くペースはどのぐらいか、距離はどうしたら良いか……。

 誠は熱心にノートに書きこみ、「勉強になります」とつぶやいていた。



 悠太は心のなかで、こうして並んで歩くのはもう最後かもしれないな、と思った。


 まどかは誠を選んだ。

 いま横にいてくれるのは、譲られたからに過ぎない。

 それは、悠太もよく解っていた。


 まどかは悠太の気持を知っている。

 だから、今までの幼馴染として手をつないで歩いたときと、今日はぜんぜん違った。

 まどかも笑ったりふざけたりせず、悠太の気持ちを受け入れるように手を握り、静かに側を歩いてくれている。


 こうして手をつなげるのは、多分二度とない。

 おそらく、一生……。


 そう思ったら、悠太の目から涙がこみ上げてきた。


 ふいに落ちそうになった涙をぐっと我慢したが、ひとつだけ間に合わずにこぼれて、頬を伝った。

 気付かれないように、悠太は表情を変えずにいたが、その涙をすくうようにまどかの指が頬を撫でる。


「…………」


 ほんの一瞬だけ、悠太は歩みを止める。

 まどかはまるで何もなかったかのように指を戻し、前を向いた。


 悠太はすこしだけ握った手に力を入れて、また歩き出した。


 涙がまた出てきたが、悠太はもう格好をつけないことにした。

 声も出さず、表情も変えず。

 悠太は涙をながすままに任せ、まどかもそれを拭わなかった。


 静かな、ゆっくりとした時だけが流れた。

 


 一時間にも満たない散歩。

 あれからふたりは一言も話すこと無くお店に着くと、悠太はただ一言、


「有り難う」


 と、まどかに頭を下げた。


 まどかは黙って、同じように頭を下げた。


「待って」


 曜子が初めて二人に声をかけた。

 悠太に近寄り、「携帯、貸して」と曜子が言った。


「? ……はい」


「うん。ふたり並んで」


「あっ……」


 悠太も、曜子の言いたいことが解った。


「まどか……いい?」


 悠太がまどかに尋ねると、まどかもうなずいてくれた。


 ふたりが寄り添う。


「じゃあ撮るよ」


 曜子が携帯をかざし、カシャッ、と写真を撮った。

 出来上がりを確認してうなずくと、携帯を折りたたんで悠太に返す。


「曜子、有り難う。本当に」

「どういたしまして」


 悠太は曜子にも頭を下げ、曜子がにこやかに笑った。


 まどかと曜子が着替えるために店に入る。

 悠太と誠も続けて店に入り、中で待つことにした。


 悠太は何事もになかったかのように、小説を読み始める。

 誠もノートを開いて、勉強をしようとした。


 その時、悠太が一言、


「任せたぞ」


 とつぶやいた。


「え?」


 誠は思わず聞き返したが、悠太は何も言わず本を読み続けていた。


 任せたぞ……と確かに、誠には聞こえた。

 おそらく、まどかのことだろうとは、誠にも理解できた。


 どんな気持ちで、この一言を誠に伝えたのだろう。

 もし、誠が悠太の立場だとしたら、果たしてこの一言を言えただろうか。


 誠は呆然として、悠太のことを眺め続けた。

 どう答えていいか解らず、本に視線を落としたままの悠太に軽く頭を下げた。


 悠太はまったく表情も変えず、見向きもしなかった。

 そして誠もノートを広げ、勉強を始めたのだった。





 そして、翌日。

 修学旅行から学校へ戻るバスの中。

 行きと同じように、ひとり座る誠の隣に、悠太が座ってきた。


 きっと、悠太は仲の良い友達と座ると思っていた誠は、びっくりして声を上げそうになった。 


 悠太はいつものように表情を変えず、独り言のようにつぶやき始めた。


「昨日のことはなしだ」


「……え?」


 悠太はすこし気まずそうな表情を浮かべながら、言葉を続けた。


「やっぱり、お前に任せるのは悔しい。あれは無かった事にしてくれ」


「…………」


 それだけ言って、悠太はイヤホンを耳に入れて、音楽を聞き始める。

 誠は呆然としていたが、ようやく悠太の言葉の意味を理解すると、くすっと笑った。


「笑うな」

「……ごめん」

「そんなに簡単にあきらめられるか」

「……解ります」


 誠の言葉に、悠太が初めて振り向いて、ふたりは視線を交わした。


「……そうだな」


 悠太はふたたび視線を外し、椅子を倒して目をつぶる。

 昨晩は眠れなかったのか、すぐに寝息が聞こえ始める。


 友達とは違う、こういうのをライバルというのだろうか……誠は不思議な悠太との関係を考えた。


 以前の緊張はなくなり、あらたな別の緊張感がふたりの間にできていたが、それはけっして嫌なものではなかった。


 この人に負けないよう頑張らないと……誠はあらためて考え、ノートを広げて勉強をはじめた。


 バスはみんなを乗せ、家路へと向かった。



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