両親への告白
シャワーを浴びて着替えると、居間には母親と帰ってきていた父親が座っていた。
向かい合わせに座ると、まどかも緊張した。
いつもは今日あった出来事を交わすぐらいで、こんな緊張したやりとりは無かった。
両親は、まどかが話しだしてくれるのを待っている様子だった。
「私、医師を目指してみようと思って……います」
「本気なの? 言ってはなんだけど、まどかはあまり勉強は得意じゃないから……」
「うん……それで恥ずかしくて言えなかったし、今でも実現可能な夢かは解らないのだけれど……」
三人の間に、しばらく沈黙が流れた。
「その、おばあちゃんのことがきっかけって、本当?」
「うん。あの時に、今までは自分のことばかりで生きてきた、っていうことを実感して。あの先生みたいに、誰かのために役に立てる人間になりたい、というか……」
まどかはぽつり、ぽつりと言葉を続けた。
「おばあちゃんが、安心して身を任せていた先生との様子とか、おばあちゃんが亡くなった時のこととか……そのシーンが、とっても心のなかに響いたの。できるかどうかわらないけど……」
「そう……あの時に、そんなことを考えていたのね……」
母親の言葉に、父親も腕を組んでうなずいた。
「それと、今日の方はどんな方? どうして勉強を教えてもらうことに?」
「一柳誠さんって言って、同級生なんだけど、入学試験で1位だったの。彼の真剣な授業を受ける様子を見て、無理そうな私の夢を叶えてれれるような予感がして」
「1位か。それはすごいな」
「今日、お母さんと知り合いになれたのは本当に偶然なんだけど、思わずお願いしてしまって」
「相手の方も了解してくれた、と」
まどかは少し困ったような顔をした。
「実は、最初は時間がとれないって、断られたのだけれど、あちらのお母様が息子さんのためにもなるから、って説得してくれたの」
「まあ……」
「毎日たくさん勉強されているみたい。だから多分、ときおりお家にお伺いするぐらいだと思うけど」
「塾とか行かれているの?」
「いや、まったく自分一人で勉強はしているみたい」
両親が感心した。
「それで首席というのは凄いな。まどか、そんな人の真似なんかできるのかい?」
「うっ、それは無理かも……私もいまはどうしたらいいのか解らないけれど、解らないまま諦めたくはなくて」
「そうね。確かに」
父親は膝を叩いて言った。
「うん、でもまどかの思いが真剣だということもわかったし、相手の人も真面目そうだ。それに、なんていうか、まどかが大きくなったんだな……って、嬉しいような、寂しいような」
「そうですね。本当に」
母親はそうつぶやいたあと、目が赤くなっていた。
「えっ、どっ、どうしたの?」
母親の目尻から、わずかに涙がこぼれた。
「やんちゃで、わがままで、元気いっぱいの娘が、気づいたら誰かの役に立ちたい、と考えるようになって将来の夢を語るなんて。何か嬉しいような、そんなに早く成長してほしくないような寂しさというか……でも、いいことなのよね」
「そうだな。育て方を間違えずに来た、ということだ」
「お母さん、お父さん……」
こんなふうに喜んでもらえたり、思ってくれていたことに、まどかも言われて初めて知った。
愛されていることは、何となく感じていた。
心配されていたと思う。
ただ信頼され、慈しまれていたのは、解らなかった。
まどかも何となく、胸に温かいものを感じた。
「でも、本当にまどかの成績で大丈夫か、心配だけど」
「確かに」
「…………」
まどかの感動は薄らいだ。
事実かもしれないが、いま言って欲しい言葉ではなかった。
がっ、頑張るもん。
「とにかく、決めたことなんだから、頑張りなさい。手助けできることだったら言ってね。あと、あまり無理しすぎないで」
「うん、ありがとう……」
まどかは素直に頷いた。
お父さんが、頭をなでてくれた。久しぶりの感覚で、恥ずかしいような、嬉しいような、不思議な感触だった。
うん、この両親のもとに産まれて良かった。
この日は、夜遅くまで昔の話で盛り上がり、温かく包まれるような感触をおぼえながら、まどかは眠りについた。