母親同士
「さて、遅くなってしまったわね。私が家まで送るわ」
「! いえ、いいですよ。一人で帰れます」
真穂が頭を横にふった。
「このあたりも決して安全ではないわ。あの子と違って私はもうたいしてすることもないし。あなたの親御さんの心配もあるだろうし、ここは私が付いて行ってご挨拶して帰るわ」
まどかは少し戸惑ったが、真穂の言わんとすることは理解できた。
「解りました。よろしくお願いいたします」
「うん。……しかし、あなた本当にいい子ね。可愛くて、素直で、明るくて、元気で」
まどかが顔を赤くして、否定した。
「そんな 。私なんか、よく男の子扱いされていました」
「親しみやすいからじゃないかな。でも、きれいな顔立ちよ。すごい美人になりそう」
まどかはさらに顔を赤くした。
「真穂さんこそ、きれいですよ」
「うん、有り難う。よく言われる」
素直に返答されて、二人で笑った。
誠をおいて、二人は家をでた。
本当に誠は二人が出ていったことに気づいていないようだった。
二人はそれぞれの自転車にまたがり、暗くなった町並みを走り抜けた。
まどかの家までは、それほど距離はなかった。5分程度走ると、まどかの家の前についた。
やや古いたたずまいではあったが、きれいにしている一軒家だった。
扉を開けて、自転車を中に入れると、まどかが玄関から母親を呼んだ。
「ただいま! お母さんいる?」
「はいはい」
まどかの母親が出てきた。
まどかに似た、可愛らしい顔立ちをしていた。
かけていたエプロンをとって、気づいた真穂に対して頭を下げた。
「まあ、今日はご馳走になってしまったみたいで、すみません」
「一柳真穂と申します。まどかさんのクラスメイトの母親です。今日は私が無理を言ってしまいました」
「いえいえ、こちらこそお世話になりました」
「礼儀正しくて、素直で明るくて、素晴らしいお嬢さんですね」
「そんな、まだまだ未熟者で、ご迷惑をおかけしませんでしたか」
「とんでもありません。おかげで、楽しい時間でした。ありがとうございました」
二人が互いに礼の言葉を二三かわすと、真穂が言葉を続けた。
「それと実は、ひとつお話があります」
「何か?」
真穂さんがちらっとまどかを見てから言葉を続けた。
「ひょんなきっかけですが、まどかさんに今かなえたい夢があることを知りまして」
「夢……ですか?」
まどかが「あっ」と言って、顔を赤くした。
まだ両親に言うのは恥ずかしいことは解っていたが、ここは理解しておいてもらったほうがいいと、真穂は言葉を続けた。
「先日、ご祖母様が亡くなれたときの出来事がきっかけで、まどかさんは医師を目指しているそうです」
「この子が!?」
母親はかなりびっくりしていた。
「かなり真剣な思いのようです。うちの息子、成績はまずまずいいのです。それで勉強を教えることになりまして」
「あら、まあ……」
母親はすこし戸惑っているようだった。
「うちの息子としても人に教えることは、大切な経験と思いまして。男女ではありますが、二人がそれぞれの夢の為に協力しあうのをちゃんと監視しつつも、応援したいのです。よろしいでしょうか」
「はあ……」
突然のことで、まだ十分に理解出来ていないようだ。
ここですぐに了解を得るべきではないのかも知れない。
真穂さんは、まどかに向き直った。
「まどかさん、後は自分からしっかりご両親に説明してね。そして、ちゃんと成績を上げて信頼を得ること。よろしくね」
「あっ、はい!」
真穂さんは、母親に一礼した。
「突然、失礼しました。今日はこれで失礼します」
「あっ、はい。こちらこそ、ご迷惑をおかけしました」
「いえ、とんでもありません。有り難うございました。それでは。」
真穂は自転車にまたがり走ろうとしたが、思い出したように振り返って、まどかに声をかけた。
「あっ、そうだ。あの子、携帯を持っていないから、私とアドレスを交換してくれない?」
「あ、はい、そうですね。よろしくお願いいたします」
互いに携帯を出し合い、赤外線を用いてアドレスを交換した。
誠の母親とアドレス交換をしていることに、何となく不思議な気持ちがした。
ただ、何かが動き出したことを感じて、何となくまた胸の鼓動が早くなった。
「誠と作戦をねっておくから、一週間後あたりで。用意ができたら、連絡するわ」
「はい。よろしくお願いします」
真穂さんは、あらためて母親に顔を向け。
「それでは、夜分に失礼しました。おやすみなさい」
母親も頭を下げ、まどかも手を振って見送った。
真穂も角を曲がるところで、一度振り返り手を振ってくれて、そのまま角へ消えていった。
母親がおもむろに聞いてきた。
「まどか、医者になりたいって本当?」
「あっ、うん……」
「まさか、あなたが……。まあ中に入ってシャワー浴びてらっしゃい。良かったら、ゆっくり話を聞かせて」
「うん」
まどかはうなずいた。
真穂さんに言われたとおり、次は私が頑張らなくては、まどかはそう思った。