誕生日会
文化祭が終わると、すぐに期末試験がやって来た。
中間試験から恒例となった誠のノートのコピーの他に、今回はさらに、勉強会まで開催された。
これは試験前になり、誠に質問が殺到したため、ならば黒板を使って全員にむけてやろう、ということで開催が決定した。
誠は緊張しながら教壇に立ち、みんなからの質問を受ける。
そして、それをていねいに、ひとつひとつ誠は解説をしていった。
今回の試験範囲を、全教科にわたり。
勉強会は学校が閉門になる7時まで続いたが、誠がわかり易い解説に気をつけたおかげか、ほとんどの生徒が残って受けてくれた。
そして期末試験は、クラスの平均が他のクラスよりも10点高いという、職員室で話題になるほどの結果となって終了した。
文化祭が終わってから、誠は「まーちゃん」と呼ばれることが多くなっていたが、そんなことがあってか、この頃から「勉強の神様」というあだ名も加わっていた。
本人はそのことを知らなかったが。
期末試験が終わると、生徒たちは冬休みに入る。
長い休みではないが、それぞれに別れの挨拶をしたり、冬休みに会う約束をしたりして、最後の一日は過ぎていった。
まどかと誠が次に会う日は決まっていた。
二人の誕生日、12月28日をまどかの家で一緒に祝うことになっていたのだ。
真穂も一緒で、家族総勢5人での合同誕生日は、どちらにとっても初めての出来事になる。
そして、その日はあっという間にやって来た。
真穂と誠は夕方頃、如月家のインターホンを鳴らした。
しばらくして扉が開くと、笑顔のまどかが二人のことを招き入れてくれる。
真穂と誠は軽く頭を下げて中に入ると、中の暖かい空気に包まれ、ようやくほっとした。
「外、寒くなかったですか?」
「少し。でも大丈夫です」
まどかの質問に、誠も笑顔になって答える。
そこへ芳子と実がやってきた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
「今日はお招きいただき、有り難うございます」
真穂と誠が頭を下げて、お礼を述べる。
「これ、つまらないものですが」
真穂がおみやげの包を芳子に渡した。
「お気になさらなくても良かったのに」
「いえ、大したものではございませんので」
「まあ、とにかく上がってください。お待ちしていました」
実の言葉に、ふたりは「お邪魔します」と言って上がらせてもらう。
食堂に案内されると、テーブルにはすでに料理が置かれていた。
クリスマスも近く、誕生日パーティーでもあるためか、料理はピザやフライドチキン、それにサンドイッチ、ポテトサラダに飲み物が並んでいた。
「すみません。大した料理でなくて」
芳子がすまなそうにつぶやくと、誠が頭を横に振って否定する。
「とんでもないです。こんな誕生日らしい食事、初めてで嬉しいです」
芳子が笑って、誠に聞く。
「いつもはどんな誕生日なの?」
「誕生日といえども、夕食はいつもの料理ですね。僕が作っているので。ケーキもふたりなので、それぞれの好きなケーキをツーピースだけです」
「そうなんですか」
芳子が感心するようにうなずくと、真穂が苦笑いする。
「いつも大したことをしてあげられなくて。だから、今日は本当に私も誠も楽しみにしていました」
実が嬉しそうにうなずく。
「それは良かった。私達もお待ちしていましたよ。さあ、座ってください」
大きめのテーブルの周りに並べられた椅子に、それぞれ腰かけた。
「じゃあ、温かいうちに食べてください」
「はい、それでは、いただきます」
それぞれに、食べる物、飲み物を手にとって食事を始める。
食べながら、話しながら、場は穏やかな雰囲気に包まれ始めていた。
そんな時、実が突然、真穂に質問をした。
「あの、真穂さん」
「はい」
「ひとつお聞きしてもよいでしょうか」
「なんでしょう」
真穂は食事の手を止め、実に顔と身体を向ける。
「非常にプライベートなことなので、お答えにならなくてもけっこうです。その……」
実が問いかける前に、真穂が察して話し始めた。
「私の夫、誠の父親のことですね」
真穂の言葉に、誠もまどかも驚いた。
こんな話題が上がるとは、思っていなかったのだ。
一方で、真穂は当然そうした質問があると覚悟していたようで、ゆっくりと話し始めた。
「誠にも、大きくなるまではと、ほとんど話さずに来ました。しかし誠にも、皆さんにも一度ちゃんと話しておかなくてはいけない、と思っていました」
「…………」
誠は料理を置いて、真穂を見つめる。
誠はすこし自分の手が震えているのに気づいた。
思った以上に緊張をしていた。
そして、それに気づいたまどかが、そっと誠の手を握ってくれる。
誠が驚いてまどかの顔を見ると、まどかはにっこりと微笑んでうなずいてくれた。
大丈夫、一緒ですよ……そう、言ってくれているような笑顔だった。
誠はすこし落ち着くことができた。
真穂は思い出すように、語り始める。
「私は結婚をしていません。結婚出来ない相手と、恋をしたためです。その相手は、私が働いていた病院に勤務する医師でした」
自分の父親が医師であることに、誠は少なからずショックを受ける。
今までまったく想像もつかなかった父親像に、急に形や色が付いてくるような、不思議な感触だった。
「若さゆえの、思いばかりが強い恋でした。ただその恋は、この子を妊娠することで終りを告げました」
「…………」
「結婚出来ない相手との子供。私は子供をおろして何もなかったように恋を続けるか、子供を産んで彼の元から消えるか、の二つしか選択肢がありませんでした」
いつもは明るい真穂からからは、想像がつかないような過去だった。
結婚出来ない相手というのは、不倫を意味しているのだろうか?
そこまでは、真穂も解説してくれなかった。
誰も、口をはさむことが出来ず、黙って聞いていた。
「いつまでも恋を続けることが出来ないことも解っていた私は、この子を産むことを決め、彼の前から消えました。この子の父親は、この子の存在を知りません」
いままで漠然といだいていた思いが、確実なものになる。
やはり、父親は自分のことを知らずにいる。
嫌いだから会いにこなかったわけではなかったのだ。
「私はこの街に移り住み、シングルマザーとしてこの子を産み、育ててきました。両親は支えようとしてくれましたが、出来る限り、自分でやろうと頑張ってきました」
真穂は誠の方を向き、いとしげにゆっくりと頭を撫でる。
「お金も時間も思いも、十分かけられずに育てざるを得なかったのですが、まずまず真面目で誠実な子に育ちました」
表情が変わらないまま、真穂の目から一筋、涙がこぼれる。
「健康で、勉強もほどほどにできます。私の自慢の息子です」
真穂は優しく誠の頬を撫でる。
「この子の父親は生きています。いつか会わせてあげたいと思っています」
……やっぱり、そうか。
父親は生きている。会うこともできるんだ。
ほんの少しだけ、会いたいという気持ちがある。
ただその一方で、何を今更、という気持ちが大きい。
今は母親がいる……それだけで十分だった。
父親がいないことを不幸せだと思うことは、ほとんどなかったのだから。




