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勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様の戸惑い
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受け入れられた神様

 体育祭での、まどかが誠に肩を貸した件は一時期噂になったが、これは比較的すみやかに収まった。

 というのも、その後にまどかが他の男子を助けようとしていた行動もあったため、「まどかちゃんは倒れている人を見ると助けてしまう優しい子」という意見で落ち着いたためだった。

 そこには、男子生徒の希望的観測が多分に含まれていたが。

 しかし、今度は麻友が自分から言いふらして、誠との噂を作るのではないか……曜子はそのあたりを心配していた。


 ただ、その心配は杞憂に終わった。

 曜子の予想通り、麻友は友達に誠のノートを見せて自慢したのだが、ノートの出来が良すぎた。

 黒板の板書だけでなく、細かい解説まで付け加えられていて、誰が見ても理解できるほど丁寧に書かれていた。

 重要なところには目立つように色を変えてあり、しかもそのまま問題集としても使えるような工夫もこらしてあった。

 十分に理解をした者が書いた、誰にもでも理解できる解説書であり、問題集だった。

 見せてもらった友人は、そのノートをコピーしたがり、そのコピーがまた他に人にわたり……結果的にはクラス全員にノートは行き渡る。

 噂は「麻友と誠の関係」ではなく「誠のノートが凄い」になっていたのだ。



「なあ、一柳。俺、英語がやばいんだ。ノート貸してくれない?」


 誠の席の近くに座る男子生徒が、誠に頼みこむ。

 今のところ、出回っているのは数学だけで、彼が不安なのは英語だった。

 中間試験間近になり、背に腹は変えられず、彼は誠に直接頼んできた。


「えっ、いや……その……ノートは貸せなくて……」

「えっ……?」


 うまく言い訳ができずにモジモジしている誠の頭を、曜子は駆け寄ってきて勢い良く叩く。


「男には貸していいの!」

「えっ、いいの?」

「女に貸して、男に貸さないと、よけい変でしょ! ほら、貸してあげなさい」

「……はい……」


 誠が鞄から英語のノートを取り出し渡した。


「ありがとう! 助かる!」


 にこやかに戻る彼のところに、ワラワラと「俺にも貸して」「私にも」と人が群がる。

 それを見ながら、曜子は頭をかいた。


「誠。もうこうなったら、ノート全部だしな」

「ええっ!」

「誠はどうせ試験勉強、終わっているんだろ?」

「はい、まあ……でもノートは本来、自分で作ることに意義が……」

「つべこべ言わず」

「……はい……」


 誠は素直にすべての教科のノートを曜子に差し出した。

 曜子はそのまま、近くに待機していた宗志に渡す。

 宗志もうなずいて、それを受け取りみんなに声をかけた。


「えーっ、今から全員分のコピーをするから、ちょっと手伝ってくれ」


 宗志の割り振りのもと、それぞれに仕事が分担され、ノートと人は教室から消えて行く。

 その素早い展開に、誠もただ呆然と眺めるしか無かった。

 曜子は、ぽんっ、と誠の肩を叩く。


「まあ良くも悪くも、これでクラス全員が友達だ。誠から話しかけて、戸惑うような顔をする奴はいなくなると思うよ」


 まどかも近寄ってきて、誠の反対の肩に手を置いた。


「師匠、良かったですね。みんなの役に立てて」


 誠は戸惑いながら、ふたりにうなずいた。

 何が起きているのか解らなかったが、確かにその日から周りの対応が変わった。


 教室に入るとみんなが挨拶をしてくれるようになった。

 他にも、解らないことがあると、よく質問をされるようになった。

 戸惑いのほうが多いが、挨拶と勉強なので誠も何とか対応ができる。

 対応すると、相手から笑顔が戻ってくる。

 これは誠にとって新鮮な体験で、少しずつだが話すことの緊張感が和らいでいく。

 話をしても受け入れてもらえる実感を、誠はゆっくりとだが感じていた。



 中間試験はクラス全体が、他のクラスの平均と比べて8点高いという、教師も驚く結果となった。

 担任までが、


「一体何が起きたんだ」


 とHRで不思議そうに生徒たちに質問をしてきた。


「一柳くんのノートのおかげです!」


 教室のあちこちで、そんな声が上がる。

 言わなくても良いことなのに、中間試験の良い結果にみんな興奮気味だった。


「一柳の? ああ、彼はいつも満点だからな。どれ、どんなノートなんだ?」

「えっ……あの……」


 いつも満点のところで、クラスが「やっぱり」とか「凄い」とざわめきが広がる。

 誠は名指しされて困っていたが、素直にノートを一冊差し出した。

 先生はそれを受け取り、ぱらっと開くと、「ほお……」と驚きの表情を浮かべる。


「これは確かにすごいな。解りやすいし、復習しやすい」


 先生はしばらく考えこむようにノートを眺めた後、顔を上げて誠に言った。


「私の教科の分を貸してくれないか?」

「はい?」


 教室がざわめく。先生は恥ずかしそうに頭をかきながら、素直にもう一度頼んできた。


「授業の進め方の参考になりそうだ。私の担当教科の分だけでもノートを貸してくれないか?」


 ようやく先生の言葉の意味を理解した誠は、緊張のあまり頬を赤くしながら、あわててノートを取り出す。

 取り出したノートを申し訳なさそうに先生に渡した。


「うん、ありがとう。早めに返すから、ちょっと借りるよ」

「はい」


 誠は恥ずかしそうにうなずいた。


 パチパチパチ……


 周囲から、誰からともなく拍手が起きる。

 誠は驚いて、周りを見渡した。

 みんなが何となく嬉しそうな顔をして、拍手をしてくれている。

 万雷の拍手というものではなく、小さく、密やかに、でも「良かったね」と「ありがとう」という言葉が聞こえてきそうだった。


 誠は急いで前を向きなおし、顔を伏せた。


 まずい、涙が出そう。


 誠は必死になって力を込めて、涙を我慢した。

 拍手が止んでいき、あたりがいつもの空気に戻っていく。

 誠も落ちいてきて、何とか涙を我慢することができた。

 ほっ、と安心して息を吐いたときに、一粒だけ涙が机に落ちる。

 それをさっと、腕でぬぐい去る。

 そして、何事もなかったかのように、誠は顔を上げた。


 それを見ていたのは、ほんの数人だった。

 誠を見続けていた、ほんのわずかな人たち。


 まどかはそれを見て、「師匠、良かったね」と、心のなかでつぶやきながら、もらい泣きをしていた。


 麻友はその誠の姿を見て、胸が苦しくなるのを感じた。

 ああ、好きになっちゃった……麻友は心のなかでだけ、そうつぶやいた。


 それぞれの気持ちの変化を、まだお互いに気づく前の出来事だった。

 


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