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勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様の戸惑い
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アルバム

 調度よいタイミングで、芳子が扉をノックして中に入ってくる。

 芳子は両手でお盆を持ち、その上にはお茶とアルバムらしきものが乗っていた。


「お邪魔じゃなかったかしら。ちょっと休憩しない?」

「はい、有り難うございます」

「ちょうど区切りがついたところ……って、それ私のアルバム?」


 机の上にお茶をふたつ置くと、芳子は乗っていたアルバムを開いてみせた。


「せっかくだから、小さい時のまどかも見てもらおうかな、と思って」

「何か、ちょっと恥ずかしい……」

「まどかさんが小さい時のですか?」


 開いたアルバムを見ると、まどかが産まれたときの写真が飾られていた。

 産着にくるまれ、まだ目も開いていない。

 体重2765g、12月28日産まれ、と書いてあった。


「えっ、12月28日?」

「はい、私は年末に産まれたんです。それが何か?」

「僕も12月28日産まれです」


 誠の言葉の後に一瞬の沈黙が広がる。


「「えーっ!!」」


 まどかと芳子の驚きの声が響いた。


「師匠、私と同じ日に産まれたんですか? あっ、しかも同じ年」

「そうですね。そうなりますね。……僕もびっくりです」


 意外な共通点に、誠もまどかも驚く。

 芳子はどこか嬉しそうに、「じゃあ、今度は一緒にお祝いしないとね」、とふたりに言った。

 芳子は、誠のことを新たにできた息子のように思ってくれているみたいだった。せっかくの誕生日を、娘と同じように祝ってあげたい気持ちでいるようだ。

 誠は、ありがたいな、と考えて、軽く頭をさげた。


 写真は、自宅へ戻ってきた様子、目を開けた表情、百日参り、家族で出かけた記念など、ていねいに並べられ、ひとつひとつにコメントが添えられていた。

 表情もしだいに豊かになり、今の面影も見え始めてきている。


「かわいいですね」


 誠のコメントに、まどかは「有り難うございます」と恥ずかしそうに笑顔で返事をした。

 本当に可愛らしい。

 確かに、小さいときは髪を短くしていて、活発そうで、どこか男の子っぽい。

 しかし、家族の愛に包まれ大事に育てられたきたことを、写真からも感じることが出来る。

 まどかの明るさと人懐っこさは、こうして作られてきたのだな、と誠は納得した。


「ほんとうに良いアルバムですね。……僕には写真らしい写真が残っていないので」

「えっ?」


 誠の意外な言葉に、まどかも芳子も驚いて、誠の顔を見てしまう。


「母一人で育ててくれていたので、あまり写真を撮っている余裕がなかったみたいです。旅行した記憶もほとんどありませんし」

「…………」


 場が静かになり、ふたりが誠の表情をうかがっていることに気付き、誠はあわてて弁解した。


「あっ、でも別にそれが寂しいということではなくて……いつも母は出来る限り側にいてくれましたし、愛してくれているのも感じていましたし。僕には楽しいこともたくさんありましたし」


 誠はそうやって笑顔を浮かべた。


 誠が勉強を好きになったのは、人に迷惑をかけずにひとりで出来るものを選んだ結果かもしれない。

 教科書を読んだり、図書館で本を読むのであれば、ひとりでいることを怪しむ人もいないし、迷惑もかけないし、ほめられることもある。

 本の中の世界に空想をふくらませ、将来に希望を持たせることで寂しさを紛らわせ、生きてきたのだろうか。


 芳子は思わず、誠の頭をなでた。


「あっ、えっ、何か……」


 誠は突然のことに戸惑い、すこしばかり恥ずかしそうに頬を赤く染める。


「一人に慣れなくてもいいのよ。うちの家も、家族だと思って遠慮しないでね」


 そう言って、芳子はやさしく誠の頭をなで続けた。


「あっ、ありが……」


 あれ?


 普通に返事をしようとして、誠は自分の異変に気づいた。

 知らずに涙がこぼれていた。


 あれ? あれ?


 悲しいわけでもないのに、こぼれた涙に戸惑っていると、今度は涙が止まらなくなってくる。

 ぽたぽたと流れる涙を止めようとしたら、今度はしゃくりあげてしまった。

 何が起きているのか、自分にも理解が出来ない。

 悲しいような、嬉しいような、我慢していた涙があふれるような。


 ああ、やっぱり寂しかったのかな……。


 誠は漠然とそんなことを理解した。

 耐えることが当たり前になっていたので、自分が耐えていることすら意識をしていなかった。

 芳子は、そんな誠のことを今度は抱きしめてくれた。

 ふわ、っと温かな柔らかな感触に包まれる。

 気づくと、まどかまで一緒になって泣いてくれていた。


 何でこんな僕のために、抱きしめてくれるのだろう。

 何でこんな僕のために、泣いてくれるのだろう。


 慣れていない優しさに、誠は戸惑うばかりだった。

 ようやく気持ちが落ち着いくると、恥ずかしさが上回り、誠は涙を止めて芳子から離れる。


「すみません。泣いてしまって。……有り難うございました」

「いいのよ。もっと泣いても」

「もう大丈夫です。自分でもびっくりしています」


 誠は心配をかけないように意識的に笑顔を作る。

 その笑顔を見て、芳子は思わずまた誠を抱きしめた。


「そんなに頑張らなくていいの。あなたは頑張りすぎよ。もっと甘えることも覚えなさい」


 優しくそう言われると、誠はまた涙腺が緩んでくるのを感じる。

 鼻の奥がツンとしてくる。

 泣くのを我慢しようとしたが、またどうしても泣けてきてしまった。

 誠は声もなく、静かに涙を流した。


 そんな誠を、芳子はいつまでも静かに受け止めてくれた。



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