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勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様の戸惑い
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社会

 

 体育祭も無事に終わり、誠の捻挫もそれほどひどくなく、今は簡易な装具を足首に巻いて普通に歩けるようになった。

 いつもの勉強会はまどかの母の要望で、如月家で行うこととなったある日。

 誠の来訪は、芳子の驚きの声から始まった。


「えっ……えっ? 一柳くん?」

「あっ……はい」


 誠は恥ずかしそうにうつむいた。

 最近は少し慣れてきたが、今でも周りのこの反応は恥ずかしい。


「いい。いいわ。メガネ男子。向井理……? 成宮寛貴……?」

「誰か解らないですが、たぶん違うと思います」


 デジャヴ? 前にもこんな会話があったような。

 誠は首をかしげ、今度はその向井理と成宮寛貴を調べてみよう、と考えた。


「もう、お母さん。そのぐらいにして。困っているから」

「あらそうね。御免なさい。さあさあ、中に入って!」


 芳子はどこか嬉しそうに誠を中に招き入れる。

 前と同じ台所の席に座らせると、食事を並べてふたりに夕食を食べさせてくれた。

 食事を食べている間、芳子は嬉しそうに誠の世話をしたり、会話をしたりしていたのに、食事が終わって、では勉強をしましょうか、となった時、


「まどかの部屋で、ふたりで勉強しなさいよ」


 と言った。


「今日は、一緒に聞かないの?」


 思わず、まどかの方から聞いてしまった。


「いいのよ、私にもやることがあるから。あとでお茶を持って行くから、ふたりでやってらっしゃい」


 となかば押し出すようにして、ふたりをまどかの部屋へ導いた。


「それじゃあ、仲良くね」


 という笑顔の芳子に、まどかは不思議そうにしながら、あらためて横にいる誠を見る。

 初めて入るまどかの部屋に緊張して、誠は固まっていた。


「師匠、そんなに緊張しないでください。あまり女の子らしい部屋でもありませんので」


 確かにまどかが言うように、あまり女の子らしい部屋ではなかった。

 窓際に勉強机。

 隣に本棚があって、壁際にはベッド。

 反対側は姿見の鏡があって、押入れがあるだけだった。

 家が古い日本家屋なので、あまり可愛らしくすると違和感があるためかも知れない。

 本棚には教科書と漫画、陸上の雑誌。あとは以前、誠が勧めた本が並んでいた。

 机はきれいにしていて、ペン立てとライトだけが置いてある。


 誠がそんな部屋の様子を眺めていると、まどかが他の部屋から椅子を持ってきて、机の前にふたつの椅子を並べて置いた。


「さっ、師匠。勉強を始めましょうか」


「そうですね。では座りましょう」


 勉強と聞いてようやく落ち着いてきた誠は、まどかと一緒に机の前に並べられた椅子に座った。


 ぴとっ。


 ん……?


 一瞬、何が触れているのか、誠も理解できなかった。

 横を見ると、ぴったりと並べた椅子のために、予想以上に近くに座るまどかの顔があった。

 下を見ると、触れていたのは互いの腕だった。足も一部触れていた。


 誠の顔は一気に赤くなった。


「あっ……あっ……ごめんなさい」


 まどかも気づいて、顔を赤くして少し離れた。


「いや、私こそ。狭い部屋なので……って、師匠! 倒れないで!」


 軽く意識を失いかけた誠の身体を、まどかが引っ張り上げた。


「あっ、ごめん……頭がくらくらする」

「だっ、大丈夫ですか?」

「大丈夫。勉強だよね……そう勉強」


 誠は念じるようにして、意識を戻した。

 誠は動悸を感じながらも、幾度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

 まどかが心配そうな顔で、誠を見上げていた。

 その顔を見たら負けだ、と誠は自分に言い聞かせ、しばらくしてようやく落ち着くことができた。


「……今日は……社会をやろうかと思っています」

「はい」


 まどかはノートを開いて、地理・日本史・世界史の教科書を本棚から取り出した。

 

「まずは、社会をなぜ勉強するか、から始めましょうか」

「はい」

「社会は生きていくうえで必要な知識の一つです」

「……と言うと?」

「例えば、クラスに一人ぐらい在日韓国人の方がいてもおかしくない時代です。韓国と日本との間にあった歴史をまったく知らないというのは、問題がありそうだと思いませんか?」

「……思います」

「新聞に掲載されている世界の戦争がなぜ起きているのか、知りたいと思いませんか?」

「遠い世界のことのようですが、確かに知りたいです」

「遠い世界のようでいて、戦争が起こることで日本の物価が変動したりします。決して日本も他人ではありえないのです」

「……そうですね」

「確かに知らなくても何とかなります。でも、知っておいたほうが良い知識なんです。社会は」

「そんなに重要な科目とは思っていませんでした」


 まどかの言葉に、誠が笑った。


「確かに、縄文時代・弥生時代から始めたら、どこが重要か解らないですよね。実は大学の試験も近代史が多いので、近代史から始めたほうが効率もいいし、重要性も解りやすいのですが」

「そうなんですか」


 意外そうに聞くまどかに、誠はうなずいてみせた。


「社会は基本的には暗記科目です。ただ、流れがあります。もう一度、暗記の原理にいて話しましょう」

「暗記の原理?」


 誠はうなずいた。


「例えば、無秩序に10個の物をあげてみましょう」


 そう言って、誠は紙の上に、野球、サンドウィッチ、電車、空、鍵、机、国会議事堂、星、うどん、テレビ、と書いた。


「この10個を、この順番通りに憶えてみてください」

「これをですか?」

「はい」

「えーっと」


 まどかは言われるままに、見て、つぶやきながら、暗記にとりかかった。

 30秒ほどして、誠がノートを閉じた。


「では、何が書いてあったか、言えますか?」

「えーっと、野球、サンドウィッチ、電車、空……鍵? えーっと、うどん。あれ? あっ、そうだ国会議事堂?」

「思ったより、難しいでしょう」

「はい。あまり関連がないので覚えにくいです」

「では、言葉を変えますので、頭の中にイメージしてください。野球を思い浮かべてください」

「はい」

「その中でバッターがサンドウィッチを食べている姿を想像してください」

「バッターがですか?」

「はい」


 不思議な図に、まどかは首をかしげながらイメージした。


「次にサンドウィッチが電車にのっている姿をイメージをしてください」

「はい?」

「サンドウィッチが電車に」

「はい……」

「その電車が高度を上げて、空に飛び立って行くイメージをしてください」

「…………はい」


 まどかはあきらめて、言われるままにイメージを続けた。

 このおかしなイメージは、最後のうどんがテレビから出てくるイメージまで続いた。

 誠は再度、ノートを閉じた。


「では、最初から言って見てください」

「えーっと、 野球……サンドウィッチ……電車……空……鍵……机……国会議事堂……星……うどん……テレビ。……言えた……」


 誠はうなずいた。


「あれ、何で私、記憶できたんですか?」

「脳の記憶の仕方です。一つは頭はイメージに強い。写真のようにイメージをすると、思い出しやすいように出来ています。だから記憶するときは、なるべく頭の中でイメージをすることが大切です」

「あっ、なるほど……」

「次が関連です。それぞれをつなぎ合わせるイメージが大切です。これは神経細胞が枝を伸ばして記憶を作り出すように、記憶と記憶に橋をつなぐのです」

「橋をつなぐ……」

「そう、記憶を一人ぼっちにしないで、つながりを太く、たくさん作ってあげるのです。網目状に。すべては繋がっているのです」


 まどかは横に座る誠の瞳をじっと見つめた。


「なっ、何か?」

「やっぱり師匠は凄いですね」


 まどかの言葉に、誠は頬が熱くなるのを感じる。

 これほど近距離で見つめられて、素直に褒められると、かなり恥ずかしい。

 誠は、ごほん、と咳をしてみて、集中を戻すことにした。


「……では、社会に戻ります。これをどう記憶するか。例えば日本史を例にしてみましよう」

「はい」

「まずは絵や写真をふんだんに使った日本史の本……例えば小学生が読むようなものあたりから読んでみるといいと思います」

「そんなのでいいんですか?」

「まずは、視覚的なイメージと大きな流れ……つまりそれぞれの橋作りをするのです」

「あっ、はい」

「教科書はとてもよくまとめられています。しかし、イメージをするには情報量が少なく、全体の流れを理解するには分厚い。さっと気軽に読めて、記憶に残る本から入っていくといいでしょう」


 いつもながら、誠の出だしは楽そうでほっとする。


「次はよくまとめられた良書が販売されています。だいたい定番になっていて、ちょっと調べれば名前がわかることが多いと思います。そういった本は、イメージしやすく流れがつかみやすく、覚えやすくなっていながらも情報量をしぼっているので、とても効率的です。これを丸暗記しましょう」

「丸暗記ですか」

「丸暗記です。そらで言えるようになるまで」


 まどかはいつものように、がっくり肩を落とした。


「やっぱり楽な道はありませんね」


 誠は苦笑した。


「社会の難点は、憶える量がとても多いことです。だから、試験の直前に集中的に、しかも選択科目だけ勉強する、という人も少なくありません。しょうがないことかも知れません」

「……そうですね」

「でも、社会は楽しいし役に立つ学問です。今は細かいところまでは憶えなくとも、イメージと全体の流れをつかむのは、楽しんで出来るのではないかと思います。事実は小説より奇なり、と言って、実際にあったことは小説よりも興味深いものが少なくありません」

「そうなんですか」


 まことはうなずいた。


「NHKの大河ドラマも歴史です。司馬遼太郎さんは有名な歴史小説家です。新選組や忠臣蔵は毎年のようにやっています。巷にも歴史は溢れています」

「そういえば、そうですね」

「そうそう。歴史のつながりは、人、政治、外交、宗教、お金。あたりが軸となります。そう言った関連でつながりを見ていくと覚え易いし、楽しいです」

「はい」

「それと、年代の軸ですね。これははずせない。大雑把でいいですので、日本史と世界史の重要事項の年代を、覚えたほうがいいですね」

「年号が難しいです……」

「今は大雑把な数字でもいいです。キーになる年代をおさえておけると、後が楽です」

「頑張ってみます」


 まどかの言葉に、誠も、うん、とうなずいた。


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