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勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様の戸惑い
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高校デビュー

 

 新学期の朝は、まだまだ夏の日差しを残していた。

 久しぶりに会う仲間たちに、お互いに挨拶をすませ、宿題を確認しあったり、夏休みの出来事を話しあったりしていた。

 まどかも明るく挨拶を交わしながら、自分の席についた。


「おはよう」


 席について声をかけてくれたのは、宗志だった。

 今までと変わらない挨拶の調子だった。


「おはよう!」


 まどかはそんな宗志の気遣いが嬉しくて、感謝の気持ちをこめて挨拶をした。

 ただその笑顔が宗志には刺激が強かったのか、うっと詰まったような表情をして、ため息をついて席に座り込んでいた。

 やっぱり傷は癒えてはいないようだった。

 まどかもようやく少し、そうした感情を汲み取ることができるようになって、心のなかだけで、ゴメンなさい、とつぶやいた。


「まどか、おはよう」

「あっ、曜子。おはよう」


 曜子とはたびたび電話でやり取りをしていたし、幾度かは一緒に買い物にでかけたりしていた。

 ただ、まだ昨日の誠の変身については話していなかった。

 そのことを話そうか、と考えていたら、周囲がへんなざわめきをし始めたことに気づいて、まどかと曜子は確認するためにあたりを見渡した。

 そして、その原因が解った。

 クラスの入り口で、立ち尽くしている男子生徒がいた……誠だった。

 ただ、クラスのみんなは、それが誰だが解らずにいた。

「あれ、誰?」「クラスにいたか?」「転校生?」

 周囲のざわめきはそんな内容だった。

その中に、「ねえ、ちょっと格好良くない?」とか「可愛い……」というつぶやきも聞こえる。

 誠は顔を赤くして、唇を噛み締めていた。


『師匠、頑張って!』……まどかは思わず心のなかでそう叫び、握った拳に力が入った。


 その声が届いたのか、もうすぐHRの時間が来るためか、誠は意を決したように中に入ってきた。

 やや早足で、誰とも挨拶をせず、ややうつむきつつ、自分の席へ向かった。

 さいわい誰からも声をかけられず、誠は自分の席に座った。

 誠とまどかがほっと息をついたのと反対に、周囲のざわめきはむしろ強くなった。

 座った席から、誰だかが判明したためだった。


「もしかして、一柳?」「えっえっ、一学期ぜんぜん目立ってなかった……」「一柳が転校して、新たに来た奴じゃない?」


 予想以上の周囲の反応に、まどかも戸惑ってしまった。

 まどかの肩に手が置かれ、振り返ると曜子が呆然として立っていた。


「あれって、いったい……」

「あの、それはね……」


 まどかが説明しようとしたところ、幸か不幸かチャイムが鳴り、まもなくして先生が教室に入ってきた。

 ざわめく教室内を、先生が「早く座るように」「静かに」と注意することで、何はともあれ平穏が戻ってきた。


 いくつかの通達事項があり、HRが長引いたため、1限目の授業はそのまま引き続き行われた。

 問題は、1限目と2限目の授業間の休み時間にやってきた。

 一柳の机の周りに、ひとり、ふたり、近づこうとしている人がいた。

 しかし、誠からは『何も聞かないで』オーラがはっきりと出ていたため、それほど以前から仲が良かったわけではない人たちは声をかけられずにいた。

 その中でひとり、誠の隣りに座る女子生徒が一言だけ質問した。

 彼女は一学期の時、隣ということで挨拶だけはしあっていた仲だった。


「一柳くん?」

「……はい」


 ただ一言だけの会話だったが、周囲にどよめきが起きた。


「やっぱり一柳だ」「信じられない。こう言うのを高校デビューっていうの?」「頭がいいのに、顔もいいのってあり?」


 その隣りの女の子……御庄麻友<みしょうまゆ>……はにっこり笑って、誠に言葉をかけた。


「髪型とメガネ、似あってるよ」


 誠はふたたび顔を真赤にして黙りこんでしまった。

 そのやりとりの様子に一部でどよめきがおきた。

 格好いいだけでも稀少価値なのに、初々しいという可愛らしさが加わると、まどかとはまた違った破壊力があったようだ。

 その様子に、一部の女の子の間でかなり評価が上がってしまった。


 その後も休み時間の度に、声をかける人が現れたが、誠は「ごめん」とか「わかりません」といった言葉だけを繰り返して、話を断っていた。

 昼休みになると、誠はかばんを持って逃げるように教室を出てしまった。


 曜子が「追いかけるよ」とつぶやいて、まどかの手をとって走りだした。


「ちょっと、ちょっと、お弁当……」


 まどかは何とかお弁当をつかんで、曜子に引っ張られるままに、教室を出た。

 意外に足の速い誠に、姿を見失いかけたが、曜子にもまどかにも行き先に見当は付いていた。

 彼がお昼に落ち着ける場所は一箇所しか無かった。

 ふたりはいつもの図書室へ向かった。


 図書室に入り奥へと進むと、やっぱり彼はいつもの席にいた。

 まどかと曜子が近づくと、誠はびくっとおびえていたが、ふたりの顔を見るとほっと安心したようにため息をついた。


「師匠、大丈夫ですか?」

「……大丈夫じゃないです」


 まどかの問いかけに、小さく誠がつぶやいた。


「もしかして、まどかがやったの?」


 曜子が事情を察して、そうまどかに質問した。


「私と真穂さんで。真穂さんがそろそろ格好も気にした方がいいって……」


 曜子は、はぁ……、とため息をついた。


「真穂さんの気持ちは解かるけれど、良くも悪くも予想以上の出来だったわけだ」

「私も昨日は嬉しいばっかりだったけれど。今日はちょっと責任を感じました」


 まどかは、誠に頭を下げた。


「師匠、ごめんなさい」


 誠はびっくりして、手を左右に振った。


「そんな、まどかさんが謝ることじゃないです。僕が今まで身なりをあまりにも気にしていなかったせいで、ギャップに周りが驚いているだけですから……」

「……ギャップだけじゃないけどね」


 曜子が小さい声で指摘したが、誠とまどかはスルーした。

 二人とも、自分の容姿にはあまり自信を持っていない。

「格好いい」とか「可愛い」と言われても実感がないのだ。 


「とにかく、人の噂も七十五日といいますし。いずれは周りも僕も慣れるでしょう」

「より大きくなるかも知れないよ?」

「曜子ちゃん!」


 まどかが曜子のことを怒ると、「真実なのに……」と曜子は残念そうにつぶやいた。

 曜子は、誠にも声をかけてくる女子生徒が現れるだろうな、と予想していた。

 特に、隣に座っていた御庄麻友があやしい。

 ああいう自分が女である事を十二分に理解していて、男に気軽に声をかける奴は要注意だと思っていた。

 誠もまどかも恋に関しては無防備だから、曜子は防波堤にならないといけないかな、と思い始めていた。

 今までは、まどかの恋を楽しくからかっていたが、これからはそうもいかなくなるのかも知れない。


「はあ……」


 曜子は深い溜息をついた。


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