表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様と天使の夏休み
31/123

悠太と遊園地

 週末になり、悠太とデートの日がやってきた。

 悠太は時間通りにまどかの家にやってきて、インターホンを押した。


「はーい」


 まどかの声がして、しばらくして扉が開かれた。

 元気そうな、まどかがあらわれた。

 その姿を見て、悠太が思わずつぶやいた。


「……何だ、その格好は」


「え? 遊園地っていうから、楽しめるように……いつもの格好でしょ?」


 まどかはジーンズにTシャツ姿。

 確かに悠太と遊ぶときの格好で、悠太も何度か見たことのある衣装だった。


「……俺の努力はなんだったんだ……」


 悠太はこの日のために、精一杯のおしゃれをしてきたつもりだった。

 もともとが背が高く、スタイルも良いうえに、まずまず格好いい顔立ち。

 髪までしっかり整えていて、今日の悠太は隙がなかった。

 街を歩けば女の子が振り返ってもおかしくない。

 顔立ちの整ったまどかが横にいたら、どこから見てもお似合いのカップルに見られたことだろう。

 それが……。


「だっ、だって……私にとって悠太と遊ぶときは、これが一番らくで楽しいしいんだもん」


 悠太は天を仰ぎながら、あきらめたようにため息を付いて、まどかの頭にポンっと手をおいた。


「そうだよな。それがまどからしい。……行こう!」


 まどかはうなずいて、悠太と一緒に歩き出した。



 遊園地はこの街からはだいぶ離れている。

 バスに乗って中心地まで出て、そこから電車で県境近くまで行かないといけない。おおよそ一時間半程度の道のりだった。

 その間を、ふたりはほとんど黙って過ごした。


 好きと告白したことで、悠太もまどかもどう話していいか戸惑っていたのだ。


 悠太は口を開くと、まどかをいじるような、あるいは問い詰めるような言葉が出てきそうで、自制していた。

 まどかは、最近のことを話すと誠や宗志のことになってしまいそうで、今は話しづらかった。


 しかし、このままで時間が過ぎたくはないと、話し始めたのは悠太の方だった。


「いきなり告白して悪かった」


「あっ、ううん。びっくりしたけれど、私の方こそ、今まで気づいてあげられなくて、ごめん」


「高校に入ったら、まどかの噂をいろいろ聞くようになって……、一番昔から見てきたのは俺だ、まどかを一番知っているのは俺なんだ、って思ったら、だんだん我慢できなくなってきて」


「噂って?」


「一年に可愛い子がいるとか、誰々がお前に気があるとか、付き合い始めたらしいとか」


「本当にあったんだ……そんな噂」


「気づいてた?」


「ううん。ぜんぜん、曜子から聞くまでまったく知らなかった。今でも実感ないし」


 それを聞いて、悠太が初めて笑った。


「まあ、小学や中学のまどかを知っていると、その気持も解らないでもないよ。ほとんど男の子だったからな」


 まどかもようやくつられて笑った。


「そうそう。本当、悠太とはほとんど男友達だったもんね」


 悠太はまどかの言葉に、自嘲気味につぶやいた。


「俺はいつだって、女の子だと思っていたけどね」


「……それ。聞きたいと思った。私の一体どこが女の子に見えたの?」


 髪を短くして、いつでもズボンをはいて、男女分け隔てない距離感が、小学生のまま続いていた。

 まどかは自分のどこに女らしさを感じていたのか、不思議だった。


「だって女だろ?」


「そりゃあ、性別的には」


「理由なんて俺も解らないよ。気づいたときには、もう好きだったんだから」


「…………」


「好きな気持ちで見ていると、どんな姿だって、言葉だって、俺には女の子だったんだ」


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 またしばらく二人の間に沈黙が流れた。

 電車が走る、かすかな揺れと音だけが響いていた。


「けっこう苦労したんだぜ」


「何が?」


「まどかに気づいてもらうために、好きになってもらうために。勉強ができるようになったのも、運動を頑張っているのも、格好を気にしているのも、ぜんぶお前のせいなのに」


「そっ、そうだったの……。そう言えば悠太、昔からよくもててたもんね」


「誰かさんのせいで、全部断っていたけどね」


「……すみません」


「いいって、俺の勝手なんだから」


「…………」


「だから、無理に好きになってもらわなくていい。でも、俺はあきらめないよ」


「……うん」


「これだけずっと好きだったんだ。これから先も好きだと思う。まどかが誰かを好きになっても、多分変わらない」


 それだけ強い気持ちで好きになれることが、まどかにはまだ理解できなかった。

 告白されて愛されるということを初めて意識して、詩を読んで愛し愛されるというものに感動した。

 ただまだ、まどかにとってそれは憧れの存在で、自分で実感のできるものではなかった。


 ふたりはまた互いに黙ってしまった。

 ただ、先程まであった緊張感は、だいぶ薄れてきていた。



 ふたりは遊園地についた。

 小さい時に学校のみんなで来たことがあった。

 その時は身長制限などで乗れない乗り物もあったが、とっても楽しかった思い出として残っている。

 今はふたりで、そして乗れない乗り物もきっとない。


 混み合う券売場の列に並んで、一日パスポートを購入した。

 代金は悠太が払った。

 まどかはお金を払おうとしたが、


「デートで女に払わす男がどこにいる」


 と言って怒られてしまった。


 ゲートをくぐり、ふたりでどんなアトラクションに行くか、相談した。

 まどかはいわゆる絶叫系が大好きだった。

 そして、この遊園地はそうしたジェットコースターが多数あることで有名な施設だった。

 当然、そうしたところを巡ることになるのだが、悠太はあまり得意ではなかった。

 彼女の手前クールを保ちたかったが、実際に乗るとなるとかなり気後れをしていた。


「やっぱり乗るよね……」


「遊園地に来て、何しに来たの?」


「そうだけど……」


「大丈夫だって! ほら行くよ!」


 まどかに引っ張られて、悠太も仕方なくジェットコースターの列に並んだ。


 一つ目は、最初に到達する高さが日本で3本の指に入るとのこと。その急激な落下から、いくつものスパイラルをまわっていくのがこのジェットコースターの特徴だった。


 順番がやってきて、二人ならんで席に座った。

 安全バーが降りてきて、スタートの合図のベルが鳴る。

 まどかは楽しそうだった。


「この瞬間がわくわくするね」


「……しないな」


 悠太の怖がりように、まどかは笑った。


 ジェットコースターは前評判に違わぬ高さと速さだった。

 まどかは大喜びで声を上げていたが、悠太はバーをつかんで耐えるのが精一杯だった。


 数分程度のコースだったが、元の場所に戻ったときには、悠太はぐったりしていた。

 反対にまどかははしゃぎまくっていた。


「久しぶりで、楽しかったね!」


「…………」


 悠太はコメントを返せずにいた。


「さっ、次に行こ! 次!」


 まどかの問答無用の誘いに、悠太は何とか応えることにした。


 速さ自慢のジェットコースターや、急速落下のフリーフォール、回転までするバイキングなどを乗り回し、さすがに悠太が「ちょっと休もう……」とつぶやいた。


「せっかく来たのに……」


 と、まどかは不満げだったが、悠太の様子を見て、しょうがないとあきらめた。

 悠太をベンチに座らせ、まどかはジュースを買いに行った。

 ほどなくして、ベンチでぐったりしている悠太のもとに、ジュースを両手に持ったまどかが帰ってきた。


「はい、どうぞ」


「悪い……ありがとう」


 悠太は一口飲んで、一息ついた。


「悠太がそんなに苦手だと思わなかった」

「まどかがそんなに得意だと思わなかった」


 ふたりは互いにそう言って、笑いあった。


「まだ知らないことがあるね」


「そうだな」


 しばらく間があった後、悠太がつぶやいた。


「いや、むしろ解らないことだらけかな」


「私が? 単純だと思うけど」


「好きになるとね、不安になるというか、噂に振り回されてどれが本当か自信がなくなるんだ。本当のまどかは変わってなくて、単純なのにな」


 最初の言葉ではなく、最後の言葉にまどかはがっくりと肩を落とした。


「……やっぱり単純なんだ……」


 悠太は笑って、また頭をポンっと手を置いた。

 悠太は昔からよく、こうしてくれた。


「単純な方がいい。その方がまどからしい」


「そうかな」


「そうだよ」


 話しながら、悠太の気分もいくらか戻ってきていた。


「さて、では再開するか」


「うん! じゃあ次は……」


「できれば、優しい奴で」


 悠太は思わずお願いした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ