悠太と遊園地
週末になり、悠太とデートの日がやってきた。
悠太は時間通りにまどかの家にやってきて、インターホンを押した。
「はーい」
まどかの声がして、しばらくして扉が開かれた。
元気そうな、まどかがあらわれた。
その姿を見て、悠太が思わずつぶやいた。
「……何だ、その格好は」
「え? 遊園地っていうから、楽しめるように……いつもの格好でしょ?」
まどかはジーンズにTシャツ姿。
確かに悠太と遊ぶときの格好で、悠太も何度か見たことのある衣装だった。
「……俺の努力はなんだったんだ……」
悠太はこの日のために、精一杯のおしゃれをしてきたつもりだった。
もともとが背が高く、スタイルも良いうえに、まずまず格好いい顔立ち。
髪までしっかり整えていて、今日の悠太は隙がなかった。
街を歩けば女の子が振り返ってもおかしくない。
顔立ちの整ったまどかが横にいたら、どこから見てもお似合いのカップルに見られたことだろう。
それが……。
「だっ、だって……私にとって悠太と遊ぶときは、これが一番らくで楽しいしいんだもん」
悠太は天を仰ぎながら、あきらめたようにため息を付いて、まどかの頭にポンっと手をおいた。
「そうだよな。それがまどからしい。……行こう!」
まどかはうなずいて、悠太と一緒に歩き出した。
遊園地はこの街からはだいぶ離れている。
バスに乗って中心地まで出て、そこから電車で県境近くまで行かないといけない。おおよそ一時間半程度の道のりだった。
その間を、ふたりはほとんど黙って過ごした。
好きと告白したことで、悠太もまどかもどう話していいか戸惑っていたのだ。
悠太は口を開くと、まどかをいじるような、あるいは問い詰めるような言葉が出てきそうで、自制していた。
まどかは、最近のことを話すと誠や宗志のことになってしまいそうで、今は話しづらかった。
しかし、このままで時間が過ぎたくはないと、話し始めたのは悠太の方だった。
「いきなり告白して悪かった」
「あっ、ううん。びっくりしたけれど、私の方こそ、今まで気づいてあげられなくて、ごめん」
「高校に入ったら、まどかの噂をいろいろ聞くようになって……、一番昔から見てきたのは俺だ、まどかを一番知っているのは俺なんだ、って思ったら、だんだん我慢できなくなってきて」
「噂って?」
「一年に可愛い子がいるとか、誰々がお前に気があるとか、付き合い始めたらしいとか」
「本当にあったんだ……そんな噂」
「気づいてた?」
「ううん。ぜんぜん、曜子から聞くまでまったく知らなかった。今でも実感ないし」
それを聞いて、悠太が初めて笑った。
「まあ、小学や中学のまどかを知っていると、その気持も解らないでもないよ。ほとんど男の子だったからな」
まどかもようやくつられて笑った。
「そうそう。本当、悠太とはほとんど男友達だったもんね」
悠太はまどかの言葉に、自嘲気味につぶやいた。
「俺はいつだって、女の子だと思っていたけどね」
「……それ。聞きたいと思った。私の一体どこが女の子に見えたの?」
髪を短くして、いつでもズボンをはいて、男女分け隔てない距離感が、小学生のまま続いていた。
まどかは自分のどこに女らしさを感じていたのか、不思議だった。
「だって女だろ?」
「そりゃあ、性別的には」
「理由なんて俺も解らないよ。気づいたときには、もう好きだったんだから」
「…………」
「好きな気持ちで見ていると、どんな姿だって、言葉だって、俺には女の子だったんだ」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
またしばらく二人の間に沈黙が流れた。
電車が走る、かすかな揺れと音だけが響いていた。
「けっこう苦労したんだぜ」
「何が?」
「まどかに気づいてもらうために、好きになってもらうために。勉強ができるようになったのも、運動を頑張っているのも、格好を気にしているのも、ぜんぶお前のせいなのに」
「そっ、そうだったの……。そう言えば悠太、昔からよくもててたもんね」
「誰かさんのせいで、全部断っていたけどね」
「……すみません」
「いいって、俺の勝手なんだから」
「…………」
「だから、無理に好きになってもらわなくていい。でも、俺はあきらめないよ」
「……うん」
「これだけずっと好きだったんだ。これから先も好きだと思う。まどかが誰かを好きになっても、多分変わらない」
それだけ強い気持ちで好きになれることが、まどかにはまだ理解できなかった。
告白されて愛されるということを初めて意識して、詩を読んで愛し愛されるというものに感動した。
ただまだ、まどかにとってそれは憧れの存在で、自分で実感のできるものではなかった。
ふたりはまた互いに黙ってしまった。
ただ、先程まであった緊張感は、だいぶ薄れてきていた。
ふたりは遊園地についた。
小さい時に学校のみんなで来たことがあった。
その時は身長制限などで乗れない乗り物もあったが、とっても楽しかった思い出として残っている。
今はふたりで、そして乗れない乗り物もきっとない。
混み合う券売場の列に並んで、一日パスポートを購入した。
代金は悠太が払った。
まどかはお金を払おうとしたが、
「デートで女に払わす男がどこにいる」
と言って怒られてしまった。
ゲートをくぐり、ふたりでどんなアトラクションに行くか、相談した。
まどかはいわゆる絶叫系が大好きだった。
そして、この遊園地はそうしたジェットコースターが多数あることで有名な施設だった。
当然、そうしたところを巡ることになるのだが、悠太はあまり得意ではなかった。
彼女の手前クールを保ちたかったが、実際に乗るとなるとかなり気後れをしていた。
「やっぱり乗るよね……」
「遊園地に来て、何しに来たの?」
「そうだけど……」
「大丈夫だって! ほら行くよ!」
まどかに引っ張られて、悠太も仕方なくジェットコースターの列に並んだ。
一つ目は、最初に到達する高さが日本で3本の指に入るとのこと。その急激な落下から、いくつものスパイラルをまわっていくのがこのジェットコースターの特徴だった。
順番がやってきて、二人ならんで席に座った。
安全バーが降りてきて、スタートの合図のベルが鳴る。
まどかは楽しそうだった。
「この瞬間がわくわくするね」
「……しないな」
悠太の怖がりように、まどかは笑った。
ジェットコースターは前評判に違わぬ高さと速さだった。
まどかは大喜びで声を上げていたが、悠太はバーをつかんで耐えるのが精一杯だった。
数分程度のコースだったが、元の場所に戻ったときには、悠太はぐったりしていた。
反対にまどかははしゃぎまくっていた。
「久しぶりで、楽しかったね!」
「…………」
悠太はコメントを返せずにいた。
「さっ、次に行こ! 次!」
まどかの問答無用の誘いに、悠太は何とか応えることにした。
速さ自慢のジェットコースターや、急速落下のフリーフォール、回転までするバイキングなどを乗り回し、さすがに悠太が「ちょっと休もう……」とつぶやいた。
「せっかく来たのに……」
と、まどかは不満げだったが、悠太の様子を見て、しょうがないとあきらめた。
悠太をベンチに座らせ、まどかはジュースを買いに行った。
ほどなくして、ベンチでぐったりしている悠太のもとに、ジュースを両手に持ったまどかが帰ってきた。
「はい、どうぞ」
「悪い……ありがとう」
悠太は一口飲んで、一息ついた。
「悠太がそんなに苦手だと思わなかった」
「まどかがそんなに得意だと思わなかった」
ふたりは互いにそう言って、笑いあった。
「まだ知らないことがあるね」
「そうだな」
しばらく間があった後、悠太がつぶやいた。
「いや、むしろ解らないことだらけかな」
「私が? 単純だと思うけど」
「好きになるとね、不安になるというか、噂に振り回されてどれが本当か自信がなくなるんだ。本当のまどかは変わってなくて、単純なのにな」
最初の言葉ではなく、最後の言葉にまどかはがっくりと肩を落とした。
「……やっぱり単純なんだ……」
悠太は笑って、また頭をポンっと手を置いた。
悠太は昔からよく、こうしてくれた。
「単純な方がいい。その方がまどからしい」
「そうかな」
「そうだよ」
話しながら、悠太の気分もいくらか戻ってきていた。
「さて、では再開するか」
「うん! じゃあ次は……」
「できれば、優しい奴で」
悠太は思わずお願いした。