表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様と天使の夏休み
29/123

祝婚歌

 夕食は疲れたから、と母親に断って、まどかはそのまま部屋にこもっていた。

 母親は心配そうにしていたが、まどかが大丈夫と笑顔を浮かべて応えたので、水分だけはとってね、と温かいお茶を置いていった。

 また静かな時間がおとずれた。


 勉強しないとな……と思ったが、どうしてもその気が起きなかった。

 今日はこのまま寝ようと思ったが、まだ時間も早く、頭もだるいくせに冴えていた。

 ベッドの上でごろっと寝返りをうつと、近くの棚に本があるのが目についた。


 誠に言われて揃えた課題図書だった。

 「二十四の瞳」と「塩狩峠」は母親が持っていた。

 母親も懐かしがりながら、「いい話よ」とすすめてくれた。

 吉野弘詩集はなくて、図書館から借りてきた。

 一週間で返却しなくてはいけないから、早めに読まないといけない。

 まどかは手を伸ばして、詩集を手にとった。


 詩集という割には分厚い文庫本で、何かの物語でも書いてありそうだった。

 中をバラバラめくると、たしかに詩がいくつもならんでいた。

 現代詩というのかな……。

 解りやすい、簡単な言葉で、日々の出来事が書いてある感じだった。


 真ん中のあたりで、ページが止まった。

 どうも、一番開かれているページのようだった。


 題名には「祝婚歌」と書かれていた。


「祝婚歌?」


 まどかは何気なく、その詩を読んでみた。



   二人が睦まじくいるためには

   愚かでいるほうがいい



 不思議な出だしだった。


「愚かでいるほうがいい……」


 まどかは先を読んだ。



   立派過ぎないほうがいい

   立派過ぎることは、長持ちしないことだと

   気付いているほうがいい


   完璧をめざさないほうがいい

   完璧なんて不自然なことだと

   うそぶいているほうがいい


    

 まどかは何となく、そこまでを何度かつぶやいてみた。

 ゆっくりと、はいっていた肩の力が抜けていくのを感じた。



   二人のうちどちらかが

   ふざけているほうがいい

   ずっこけているほうがいい


   互いに非難することがあっても

   非難できる資格が自分にあったかどうか

   あとで

   疑わしくなるほうがいい


   正しいことを言うときは

   少しひかえめにするほうがいい

   正しいことを言うときは

   相手を傷つけやすいものだと

   気付いているほうがいい


   立派でありたいとか


   正しくありたいとかいう


   無理な緊張には色目を使わず


   ゆったり ゆたかに


   光を浴びているほうがいい


   健康で 風に吹かれながら


   生きていることのなつかしさに


   ふと 胸が熱くなる


   そんな日があってもいい


   そして

   なぜ 胸が熱くなるのか


   黙っていても

   二人にはわかるのであってほしい



 一気に最後まで読みきった。


「二人のうち、どちらかが、ふざけている方がいい……」


 まどかはもう一度、読み返していた。

 全文を、気になるところを、ゆっくりと、口にしながら。

 知らず、幾度か読み返していた。


「……そしてなぜ胸が熱くなるのか、黙っていてもふたりには、わかるのであってほしい……」



 まどかの目から涙がこぼれ落ちた。


 流れた涙に、まどか自身がびっくりして頬を触った。

 涙で濡れたすじが頬についていた。


「…………」


 ずっと胸が苦しかった。


 思いに気づいてあげられなかったこと。

 思いに応えられないこと。

 元には戻れないこと。

 傷つけてしまったこと。


 まどかは知らず、自分を責めていた。

 責めても、意味が無いことは解っていたが、自分を責めるしかなかった。


 そんなまどかに、愚かでいい、立派すぎなくていい、完璧でなくていい……と優しく許してくれたような気がした。


 まだ見ぬ誰かの愛に包まれたような。


 胸が熱くなる。

 そして、それを黙っていても解ってくれ、側にいてくれる。


 まどかの目から涙がこぼれ落ちた。

 止めようと思っても、涙が落ちていく。


 まどかはしばらく、涙を流す感情に身を任せた。



 どのぐらい時間がたっただろう。

 気づくとまどかは寝てしまっていた。

 やっぱり疲れていたのだ。

 涙を流して、緊張が和らいで、眠りに落ちていたようだ。

 時計を見ると、深夜の2時だった。


 まどかはもう一度、詩を読んだ。

 今度は涙は出なかったが、代わりにあの温かく包まれる感触がよみがえった。


「…………」


 まどかは本を持って机に向かった。

 スタンドのライトをつけ、シャープを取り出して芯を出した。

 ノートを開き、詩を書き写し始めた。


 ていねいに一文字ずつ。

 憶えるように。

 思いをなぞるように。


 こんなふうに、人を愛せたら。

 こんなふうに、人から愛されたら。


 ふとまどかは、誠のことを思い出した。

 この本をすすめてくれた誠なら、この詩から受けた感動を解ってくれるような気がした。


 早く明日になれ。

 メイルでなく、電話でもなく、会って話がしたかった。


 まどかはそう思いながら、詩を書いたり、読みなおし続けた。



吉野弘さんの祝婚歌は、本来著作権を有するものです。

しかしご自身が、この作品については「民謡のようなもの」、つまり作者や作曲者が解らず、著作権や版権が発生しない作品のようなもの、としてどうぞご自由にお使いください、とコメントされています。

ここの場は、営利目的ではないため、紹介させていただきました。

この詩を気に入られた方は、ぜひ本もご購入下さい。

私が持っているのは、ハルキ文庫の吉野弘詩集です。

有名な「夕焼け」(小学校の教科書に採用)も入っているすばらしい本です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ