宗志とのデート
日曜日の朝、今日は陸上もなく、まどかは自室で外に出かける身支度をしていた。
宗志と頼まれた洋服を買いに行くことになっていた。
いつもならば、陸上で着慣れたジャージなのだが、さすがにそれではいけないかな、とまどかは夏らしい涼し気なワンピースを選択した。
化粧はもともとしないが、リップクリームと日焼け止めぐらいはしておかないと、夏休みを終える頃には小学生のように黒くなってしまいそうだった。
少し伸びてきた髪を可愛らしいピンでとめて整えて、自分の姿を鏡で確認した。
「こんなところかな」
花模様の小さなバックを手にとって、まどかは家を出ることにした。
「行ってきまーす」
台所から「行ってらっしゃーい」という母親の声が聞こえた。
成績が良かったせいか、それとも陸上と勉強ばかりの生活で信頼されたのか、最近はだいぶ放任されるようになってきていた。
まどかは特に何も聞かれることなく、靴を履いて外に出た。
外は夏の始まりとは言え、もう十分に強い日差しがアスファルトを照らしていた。
今日も熱くなりそうだった。
「ちょっと急がないとだめかな」
まどかは腕時計をちらっとみて、自転車にまたがった。
「あー、ワンピースだと乗りづらい」
スカートがめくられないようにしながら、まどかは自転車を走らせた。
今日は、駅で待ち合わせの予定だった。
まどかはいつものように速度が出し切れないなぁ、とつぶやきつつ、遅れないように先を急いだ。
10分ほどして、駅についた。待ち合わせは駅の改札口だった。
自転車をとめて階段を上がり、改札口を確認すると、宗志はもう先についていた。
宗志はジーンズにTシャツ姿だったが、それぞれちゃんとおしゃれなものを着ており、髪も整髪剤で整えて、いつもより格好良く見えた。
念のため時間を確認したが、ちゃんと5分前にまどかも到着していた。
「お待たせ!」
宗志もすぐにまどかに気づいて、笑顔で手を上げた。
「間に合っているから、大丈夫だよ」
まどかは宗志のもとへ駆け寄った。
「急がなくてもいいよ。今日は俺のほうがお世話になるんだから」
「待たせたかなって思って。いつから待っていたの?」
「すぐ前だよ。ありがとう。じゃあ切符買っていこうか」
「うん」
二人は目的地までの切符を買って、改札口を通り、ホームへ出た。
電車は間もなく到着するようだった。
宗志は、あらためてまどかの様子を見て、嬉しそうに言った。
「やっぱり私服はいちだんとかわいいね。似合っているよ」
まどかは微笑んで答えた。
「ありがとう。最近は制服かジャージばっかりだったから、ちょっと悩んじゃった」
「あはは、なるほど」
二人が会話をしている間に、電車がホームへ入ってきた。
ドアが開いて、二人は電車に乗り込んだ。
目的地は3駅向こうで、それほど時間はかからない。
まだ朝が早いためか、それほど混み合っていなかったが、二人は扉近くの場所で立っていることにした。
まどかから、宗志に質問した。
「では、今日のコンセプトと予算をお願いします」
笑顔で質問するまどかに、宗志も笑って答えた。
「普段着られる、まどかちゃんが素敵だなと思えるものを。予算は2万円です」
「スボンとシャツ?」
「そうだね。下着や靴はいい」
「了解。でもどんなイメージかな……」
あらためて、宗志を眺めてみた。
細いが筋肉質の体型の割に、顔はやや細く、穏やかな表情をしている。
格好いいというより、優しそうな、という表現のほうが合うかも知れない。
どこか大人っぽさもあって、今日のジーンズとTシャツはよく似合っていた。
「今日の服装もおしゃれだよ。似合ってる」
「ありがとう。まどかちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな」
宗志は本当に嬉しそうに笑った。
「私は……そうだね。清潔感があって、オーソドックスな方が安心するかも」
「そうなんだ。いいよ、それでお願いします」
「はい」
まどかも笑顔で答えた。
街に着くと、二人であたりをつけていた店舗をいくつか回った。
海外のカジュアルなブランドの店や、センスのよい服を扱っている個人店など、いくつか試着をしながら、あれがいいかな、これなんかどう、と相談していた。
いくつの候補に絞り込み、結局最後は比較的メジャーな海外ブランドの、ややカジュアルだが襟のあるシャツ。そして、シンプルなチノパンとなった。
予算範囲内で、すこしあまりが出たぐらいだった。
成果は上々で、ふたりとも満足気だった。
宗志は服の入った袋を持つと、まどかに声をかけた。
「これで無事に買い物完了。ありがとう、いい物を買えたよ」
「どういたしまして。よく似合っていたよ」
「じゃあ、お礼のお昼を食べに行こう」
「うん。お店はどうしよう」
宗志はちょっと恥ずかしげに頬をかきながら、まどかに言った。
「実は、ひとつ行ってみたい店があって予約してあるんだ」
「あっ、そうなんだ。じゃあ、そこに行こうか」
「ああ。カジュアルなイタリアンレストランなんだけど、釜でピザを焼いてくれて美味しいらしいんだ」
「美味しそう! 楽しみ」
まどかの笑顔に、宗志も嬉しそうだった。
宗志が連れてきてくれた店は、ランチタイムということもあるが満席の状態で、予約がなければ入れなさそうな所だった。
二人でそれぞれパスタやビザとサラダを頼み、分け合いながら美味しく食べることができた。
特に窯焼きのピザは生地がサクサクと軽く、熱々のトマトとチーズが合わさって、予想以上の美味しさだった。
二人は日々の学校のことや、今日の買い物のことなどを話し、食事の時間を楽しく過ごすことができた。
会計は宗志がすませてくれた。
値段は教えてくれなかったが、ランチとは言え、高くなかったかまどかは心配になった。
「ご馳走になっちゃったけど、私も出すよ」
「いいから。今日は俺のお願いで時間をとってもらったんだから。気にしないで」
「うーん……」
「やっぱり、まどかちゃんは可愛いし、明るいし、親しみやすいし……今日は本当に楽しかった。ありがとう。お昼代なんて安いもんだよ」
「……解った。ご馳走さまでした」
「どういたしまして」
宗志は笑顔で、まどかにそう言った。
帰りも同じ電車にのり、駅で別れることになった。
駅からは帰る方向が違うのだ。
帰りぎわ、宗志がまどかに言った。
「今日は本当に楽しかった。またできたら、一緒にどこか行こうな」
その言葉に、まどかは少しだけ困った表情をした。
「ありがとう。でも陸上と勉強があるから、なかなか時間がとれないんだ」
宗志の表情がすこし曇った。
「できたら、でいいんだ」
「うん……解った。でも、桜井くんだったら声をかければ、誰だって付き合ってくれるよ!」
まどかとしての素直な気持ちだったが、宗志にはつらい言葉だった。
しかし、宗志はできるだけ表情には出さないように笑顔を浮かべた。
まどかが宗志の気持ちに気づいていないことは解っていた。
そして、自分に気持ちが向いていないことも解っていた。
今日の時間が、少しでも気持ちをひかせることができたかな、と期待していただけに落胆の気持ちは大きかった。
自分は今まで以上に彼女のことが好きになっていただけに。
「そうか……うん、解った。でも、なにか困ったとき、いつでも力になるから俺のことを思い出して、声をかけてくれよな。今度は代わりに俺がまどかちゃんの助けになりたい」
「うん、ありがとう。桜井くんは優しいね」
まどかの笑顔が眩しいだけに、宗志はつらかった。
「じゃあ、また学校で!」
宗志はそう言うと、反対側へ歩き始めた。
「さよなら!」
まどかも手を振って、しばらく宗志の姿を見ていた。
そうして二人の時間は終わった。




