夏休みの課題
終業式の日、通知表とテストを持って、まどかは一柳家をおとずれた。
先に家に帰って母親に見せて、だいぶ上がった成績表に褒められ、まどかもやや上機嫌だった。
もちろん、真穂は盛大に褒めてくれた。
「まどかちゃん、天才! 才能がある! たった一学期でこんなに点数が上がるなんて。いくら私たちが教えても、勉強するのはまどかちゃんだからね。よく頑張った!」
真穂さんに抱擁されて頭をなでられてて、まどかはとても喜んだ。
「有り難うございます。真穂さん」
「んーっ、かわいい」
真穂も抱きしめているうちに、別の感情になってしまったようだ。
頬まですりすりしてきた。
まどかは笑ってそれを受けていた。
「数学が少し上がってきたのが良かったね」
誠が冷静に、でも笑顔でそう言ってくれた。
「はい。師匠のおかげです。まだドリルは中学1年ですが、それでも計算が少しずつ早くなってきましたし、ちょっとだけ苦手感が和らいできました」
誠がうなずいた。
「夏休みも、そのドリルを続けてください」
「はい」
「では、夏休みの課題です」
「はい、師匠!」
まどかはいつものように、ノートとシャープを用意した。
「数学のドリルを続けてください。この夏で中学まで仕上げるつもりでいきましょう」
「はい」
「ただ、それだけだと行き詰まってしまうので、楽しみも一つ」
「楽しみ?」
「国語の勉強です。開いた時間に、本を読んでもらおうかと思います。どれも読み始めると、きっと止まらないと思います」
誠が選んだのは三冊だった。
壺井栄『二十四の瞳』、三浦綾子『塩狩峠』、吉野弘詩集。
「少し悲しい話が多いけれど、心に響く作品です。まどかさんの母親なら持っているかもしれません。図書館で借りるか、購入してもいいかもしれません」
「はい」
「読むときは集中して、黙読しながら、頭の中に映像が浮かぶように読んでください。できれば速度は早めに、細切れではなく、なるべく一気に長く読むように。読み過ぎてしまうようであれば、時間を区切ってください」
「はい。解りました」
「そして、読んだらA4・1枚分に要約を書いてください」
「要約ですか?」
「そうです。感想文ではなく、この1枚を見れば、誰でも中に書いてあることが解るような要約です。これはキーワードを見付け出す訓練、要約する訓練、表現する訓練になります。また見返すことで、本を一回読み返すような効果もあります」
「なるほど」
「まずは読むこと書くことを楽しんでください。あとは英語です」
「はい」
「英語は中学英語から現在までの教科書を、音読・筆写を繰り返して、頭の中にすり込んでください。毎日、少しずつでいいですから」
まどかは言われるままにノートに書き込んだ。
「あとは学校の宿題もありますし、このぐらいかな。できれば宿題は夏休みに入ったら、なるべくすぐに終わらせてください」
「……今までは夏休みの終わりギリギリにやっていました」
真穂がそれを聞いて笑った。
「私も、私も」
「僕は、一日で日記まで全部やってしまったことがあります」
「それは駄目じゃないですか?」
まどかの指摘に、誠は笑って髪をかいた。
「宿題が楽しくて、つい」
「宿題が楽しいという人を、私、初めて見ました」
まどかの言葉に、誠は恥ずかしそうに笑った。
褒めたわけではなかったが、誠の笑顔に、まどかもつられて笑ってしまった。
帰り道、まどかは誠に問いかけた。
「師匠は夏休み、どうしているのですか?」
「僕はいつもと変わりません。家にいるか、図書館にいると思います。お盆の時は、祖父母の家へ行っているかも知れません」
「遠いのですか?」
「隣の市なのでそう遠くはないのですが、お盆と正月ぐらいですね。行くのは」
「そうですか……私はもう、ここが生まれ育ちで、祖父母も同じ家でしたから……」
めずらしく、誠の方からまどかに質問をしてきた。
「まどかさんは夏休み、どうされているのですか?」
「私は陸上と勉強……かな。お盆の頃に家族旅行があると思いますが。そのぐらいです」
宗志との約束が頭をよぎったが、あえて言うほどのことでもないかな、とすぐに過ぎていった。
「良ければ一日、一緒に出かけませんか?」
誠からの言葉に、まどかはびっくりした。
「師匠からお誘いしてもらえるなんて……私がときおり図書館にお邪魔しようかなと思っていたのですが……」
誠は恥ずかしそうに笑いながら答えた。
「と言っても、勉強の続きなんですが」
「あっ、そうなんですか」
まどかは、やっぱり、と笑った。
「あまり興味はないと思うのですが、科学館に行きませんか」
「……科学館ですか」
まどかは記憶をたどり、小学の頃に行った市立の科学館を思い出した。
けっこうな広さがあって、確かプラネタリウムもあった。
「物理や科学を教える導入としていいかなと、考えたのですが……」
「あっ、なるほど……はい、解りました。喜んで」
まどかがにっこり微笑むと、誠はほっとした。
「高校生の女の子は科学館なんて楽しくないかな、とちょっと心配していたので。でも、けっこう楽しいところですよ」
「昔の記憶しかないのですが、でも、何となく楽しみになってきました」
「では、また電話かメールします」
「はい、いつでも」
まどかの笑顔に誠も安心して、自然と笑顔が浮かんだ。
それを見たまどかもまた、嬉しそうに笑った。
暑さの残るアスファルトの夜道に、二人の足音が軽やかに響いた。




