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勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様の弟子は天使
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携帯電話

 電話を終えた誠は、手にしていた携帯をじっと見つめていた。


 今まで人と話をするのは、緊張したり、苦手な誠だった。

 話ができたらいいな、とは思ったが、勉強は楽しかったし、特に話ができなくてもそれほど困ることもなかった。

 自分はこのまま大きくなっていくのだと思っていた。

 それが、今ではまどかと話をするのを、楽しみにしている自分がいた。


「…………」


 自分が知っていることを言葉にしただけで、何か生産性があったわけでもない。

 でも、何か知識に色がついたような、景色が変わってきたような感触があった。

 見つめている携帯も、ただの携帯から、何か温かいものに変わってきていた。


 誠は顔を上げ、ずっと息子の様子を見ていた母親に聞いた。


「あの……僕……携帯を……」


 話の途中で、真穂が「いいわよ」と答えた。


「えっ……?」


「携帯が欲しいんでしょ。自分のを買っていいわよ。むしろ、いつになったら言い出すのかと思ったわ」


「…………」


「今は小学生の頃から欲しがると言われているのに、まさか高校生になるまで自分から言わないなんてね……」


 真穂が笑っていった。

 誠は携帯を手にしながら呆然としていた。


「明日にでも買ってらっしゃい」


「……ありがとう」


 誠は真穂に携帯を返しながらお礼を言った。

 真穂は、携帯を受け取りながら、にやにやと笑いを浮かべた。


「携帯会社はまどかちゃんと同じでいいわよ。長いこと電話しても、それならば安心だからね」


 そう言われて、誠は顔を赤くした。

 反論しようとしたが、事実なだけに何も言えなかった。

 誠の反応に、真穂は嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「まどかちゃん、いい子だからね。私も嬉しいわ」


「…………」


 真穂は、誠とまどかがこの先に恋をしてくれるといいな、と考えていた。

 ふたりともいい子で、いい影響を互いに受けている。

 どういう形になるかは解らないが、真穂は二人を温かく見守ろうと決心した。



 翌日、学校の昼休み。

 図書室にいると、まどかが顔を出してくれた。

 最近はよく、曜子もついてきていたが、誠も少しずつ慣れてきていた。


「あの、まどかさん……」


「はい! なんでしょうか?」


 まどかは明るく返事をしたが、誠は次の言葉が言えずに、おろおろしていた。


「? 師匠……どうかしたのですか?」


「愛の告白なら、席をはずすわよ」


 曜子の言葉に、誠は急いで訂正した。


「いえ! ……違います。あの……携帯を買いに行きたいのですが、帰りに付き合ってもらえませんか……初めてで良く解らないのです」


 まどかは昨日お願いしたことを、誠がすぐに行動に移してくれたことが解って嬉しくなった。


「はい! 喜んで。今日は大会が終わったから、ちょうど部活もないですし」


「なんだ愛の告白じゃないのか……」


「曜子ちゃん!」


「おっと、また心の声が……」


 誠はほっとした。

 曜子が言葉を続けた。


「どうせ、まどかとする電話が一番長くなるから、携帯会社を同じにしたほうがいいんじゃない?」


 真穂に言われたことと同じことを言われ、誠は顔を赤くした。


「曜子ちゃん! ……でも確か、私の携帯と真穂さんの携帯は同じ会社だったと思います。大丈夫ですよ」


「……はい」


「いくらかけても通話無料の契約をお互い確認しなさいよ」


「もお! ……でも、私もその方が嬉しいです。師匠」


「まどかさん……」


「いつでも、勉強の質問ができますし」


「……」


 誠は微妙な顔をした。

 まどかはニコニコしていた。


「誠、まどかの天然は気にしないでくれ。他意はない」


「……はい」


「えっ? 何か?」


 誠は少し苦笑いをしたが、ただ自分が勉強以外の話もしたい、という気持ちがあることを自分で発見して戸惑っていた。

 初めての気持ちを、誠ももてあましていた。



 学校が終わると、まどかと誠は自転車置き場で待ち合わせをして、二人で街へ向かって走り始めた。

 場所はまどかがいつも利用している携帯会社の支店だった。

 店の前まで来ると、二人は自転車を止めて中に入った。

 番号をとって、順番が来るまで展示してある携帯を見ながら、機種を二人で検討した。

 誠にはまったくこだわりがなかったので、結果的には初期費用のあまりかからないもののなかで、まどかがセンスのいいものを選んだ形になった。


 契約になると、誠が事細かに質問し、うなずきながらノートに書きこむので、店員が戸惑っていた。

 まどかはその様子を見て笑っていた。


「プランはどれを選んだらいいのでしょう」


 誠がまどかに質問した。


「最初は基本使用料のあまりかからないものを選んで、あとで通話料を数カ月分確かめてから適正なプランを選びましょうか」


「なるほど、そうですね。有り難うございます」


「どういたしまして」


 まどかはそう言って、誠に微笑んだ。


 そんな二人のやりとりに、店員さんが、ふふっ、と笑う。


「素敵な彼女さんですね」


「いえっ、あの……」


 店員さんの言葉に、二人は思わず顔を赤くした。

 誠はしどろもどろになりながら、


「……友達なんです」


 と、つぶやいた。


 まどかは誠に改めてそう言われて、何となく嬉しかった。

 まどかは誠のことを尊敬する対象として見ていた。

 しかし、誠からどう思われているのか、考えたことがなかった。

 人付き合いの苦手な誠が、まどかのことを友達と思ってくれていた。

 それが何となく嬉しかった。


 店員さんは、二人の様子を見て微笑みながら、登録作業を続けてくれた。



 契約と登録が終了すると、誠に新しい携帯が渡された。

 誠は不思議そうに携帯を眺め回していた。


「電話番号がきまりましたね。お互いに登録しましょう」


 まどかが言うと、誠が戸惑った。


「登録……ってどうやるのですか?」


「私の方でやります。師匠なら、多分あとで説明書を熟読されて、すぐに解ると思いますけど」


 まどかはそう言いながら、誠の携帯と自分の携帯を相互にいじって登録を行った。

 互いに試しに電話をかけあってみて、つながることと登録がされていることを確認した。


「はい、これで完了です」


 ただひとつ、まどかの番号だけの入った携帯。

 初めての電話もまどかの名前が残っていた。

 誠は携帯を受けとって、やっぱり眺め続けていた。


「あとで、メールアドレスが決まったら教えてくださいね。私のアドレスは登録しておきましたから」


「メールアドレスって、後から決めるのですか?」


「自分で変更ができるのです。ずっと使う大切なアドレスですからよく考えて決めてくださいね。数字も入れると、変なメールが来にくいとか、フルネームは入れないほうがいいとか言われています」


「……はい。またよく読んで、母にも相談してみます」


「私に電話で相談でもいいですよ。師匠」


「あっ、そうですね。電話はできますからね」


「はい! これからはいつでも遠慮なく連絡下さい」


 まどかの笑顔に、誠も笑顔を浮かべてうなずいた。




 夜、誠は真穂とメールアドレスについての検討会を行った。


「love_madokaはどう?」


「却下します」


「Madoka-makotoとか」


「……そこから離れてください」


「つまらないなぁ」


「…………」


「せっかくまどかちゃんのために買ったのに。ここでアピールしなくてどうするの」


「アピールする必要はないですから。無難でお願いします」


「じゃあ、makotoに今日の日付を加えるというのは」


「……無難ですね。そのあたりで」


「二人の携帯記念日っていうことで。きゃっ!」


「…………」


「黙々と登録しない!」


「登録できた」


「じゃあ、さっそくまどかちゃんにテスト送信してみたら」


「そうだね」


 誠は初めてのテンキー入力に四苦八苦しながらも、簡単なメールを送信した。


『メールアドレスを決めました。よろしくお願いします。誠』


 ほっとして携帯を触っていたら、すぐに返信が届いた。


『登録しました(*^_^*) 時折、メールもさせてもらいますね。まどか』


 あまりに早い返信に驚きながらも、メールをもらうと嬉しいのだな、と何度もメールを読み返していた。


「にやにやしてメールを読まない。何か、いいことでも書いてあったの?」


「……何も。でもなにか嬉しいもんだな、と思って」


 真穂は笑って言った。


「今まで楽しんでこなかった分、たくさん楽しみなさい」


 誠はうなずきつつ、いつもの勉強机で行き、取扱説明書を勉強し始めた。


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