苦手な数学
そのあとのファミリーレストランは、家で食事が待っているからと幾名かが帰ることになり、結局自由参加になった。
まどかと曜子も、今日は帰ることにした。
それでも、教室全体で行われたボーリング大会はことのほか盛り上がりを見せ、またみんなで企画しようねと、なかなか好評だったようだ。
それぞれに明るい表情の中、ある者はファミレスへ向かい、ある者は家路についた。
まどかと曜子は家も近いので、自転車を押しながら並んで帰った。
曜子は、いまだにまどかの元気がないことが気になっていた。
「まどか、どうしたの。結果のことを気にしているの? それとも、私が三人の気持ちを伝えたのが重かった?」
「えっ、ああ……ううん。ほとんど全員参加したのに、師匠がいなかったな……ていうのが心残りで……」
「あっ、そういえばそうね」
「試験が終わったら、いつものように静かに帰ってしまっていたから」
「まあ、あまり本人もその気がないのだろうね」
まどかもうなずいた。
確かに、誠は挨拶をするのがやっとで、こうして友達と遊ぶというのはハードルが高いのかもしない。
でも、まどかは何となくそれが残念だった。
勉強の苦楽を共にしている人と、遊びも共有したかった。
「うん、師匠にも少しずつ慣れてもらおう」
そう呟くまどかに、曜子は声なく笑った。
幼なじみに、クラスメイトに、複数の男子から思いを寄せられているまどかなのに、気にしているのは、目立たない勉強だけがとりえの男子という事実に、曜子は笑うしかなかった。
天然なのが、この子のいいところでもあるか……と曜子は思った。
数日後、テストが返却された。
比較的、得意だった歴史や英語は今までの中で一番良い点数だった。
意外だったのは苦手な数学も、それほど悪くなかったことだった。
とはいえ、赤点ギリギリという褒められた数字ではないが、今までがひどかったので、勉強していない割には得点がとれた方だと、まどかは感じた。
その日、さっそく一柳家へ向かった。
「うんうん、成果が出てるじゃない。まどかちゃん。えらい、えらい。特に得意なあたりはもう少しでパーフェクトに近いじゃない。才能があるわよ」
おそらく、ちょっと過剰気味に真穂が褒めてくれ、いつものように頭をなでてくれた。解っていても、まどかは嬉しかった。
「あの……数学とかはひどい点数ですけど、それでも以前よりはいいのが不思議で……」
まどかの疑問に誠が答えてくれた。
「教科はまったく別の存在のように見えて、実はいろいろ重なりあっています。一教科を伸ばすと、他も一緒に上がることはよくあることです」
「そうなんですか……」
「でも、あらためて問題が浮き彫りになったね」
真穂がテストを見ながらそう呟いた。
「……数学のことですか?」
「うん、医学部を目指すのに、数学は必須だからね」
「……はい」
真穂は笑ってまどかの肩を叩いた。
「あまり落ち込まない。大丈夫だから。なんとかなるものよ。さっ、誠。数学について解説をして」
誠がまどかの前にドサっと紙の束を置いた。
よく見ると、ドリルのようだった。しかも、小学一年から中学三年まで。
「数学が苦手な人は間違い無く、基礎のどこかで数学が解らなくなっています。数学は大きく分けると、計算の基礎と公式のパターンの二つで、計算の基礎がしっかり身についていないと、後はいくら頑張っても駄目な場合が多い」
「計算の基礎と公式のパターン……」
「ドリルを解いてみて、どのあたりから怪しくなっているか、調べましょう。と言っても、一枚にあまり時間をかけてはいけません。問題を見て、さっと解けないようであれば、それはまだ十分に身についていない箇所です。このレベルは、手間がかかる部分ができてはいけない難易度です。瞬時に正確に解けるまで、基礎を練習しましょう」
「それでこの量ですか……」
まどかはいつものように肩を落とした。今回は特に避けて通りたい数学だったからなおさらだった。
「大丈夫。最初は小学一年だから、さすがに大丈夫でしょう。しばらくそういった気軽に解けるのが続くはずです。どの辺から時間がかかり始めたか、次の時に教えてください」
「はい、解りました。師匠」
誠がうなずいた。
弟子と師匠の関係が、だんだん板についてきていた。