復習の大切さ
一週間はあっという間に過ぎた。
毎日、授業は格闘だったが、それでも少しずつは集中して理解・記憶して、ノートに書くことができるようになってきていた。
集中力も何とか1時限続くし、1日に2コマ程度は出来る程度になってきた。
一日に1コマと言われた理由がよくわかった。
本当に集中して授業をうけるのは、かなり疲れる。
まだ慣れていないまどかには、すべての授業を真剣に受けるのは無理だった。
それでも、少しずつやり方に慣れてくると癖のようになってきて、他の授業でもついつい集中する自分がいた。
一週間の様子を真穂さんと誠に報告すると、真穂は頭をなでて褒めてくれた。
「素晴らしい! 伸びてきているね。さすが」
褒められるは素直に嬉しかった。
少し勉強している実感をここのところ感じられるようになってきていた。
しかも続いている。
その変化と実感が、まどかには嬉しかった。
「じゃあ、繰り返すことのステージを進めようか」
「というと?」
「家に帰ってからの復習が次の目標です」
まどかはまたもやがっくりと肩を落とした。
「やっぱり家に帰っても、勉強するのですね。いや、当たり前ですね。頑張ります」
「いやいや、そんなに心配しなくてもいい。最初は30分、いやいや15分でもいいの」
「そんなに短くていいんですか?」
「復習だからそんなに時間かからないし、まずは無理なく癖をつけることが大切だから」
まどかはうなずいた。
「今日はすこし、繰り返すことと時間の関係について説明しようか」
「はい」
真穂がちらっと誠を見ると、いつものようにノートを広げて誠が解説してくれた。
「1つの問題集を終えるのに5時間かかったとします。次の問題集にとりかかり、また5時間かかったとします。かかった時間は10時間。記憶は忘却曲線のように忘れていくので、最初の頃の問題は忘れていきます。両問題集で重なった部分だけはやや強い記憶となり、全体としてはあいまいな理解と記憶が残ります」
「……はい……」
「次に、同じように5時間かけて1冊やった後に、もう一度同じ本をやった場合は、2時間程度でできると思います。さらにもう一度やると、1時間程度でできます。同じ10時間で3〜4回程度の繰り返しができた場合、忘却曲線ではかなり強化が進み、理解と記憶が進みます」
「……なるほど」
真穂さんが説明を付け足した。
「新しい問題を解くと達成感はあるけれど、それだけで理解して覚えたと思うのは危険なの。これだけ頑張ったのに成績が今ひとつ上がらない場合は、こんな誤解から来ていることも少なくないの」
「はい」
「それに、問題集を2冊やっている方が勉強をしている、進んでいると、思って1冊の人は焦ってしまうけれど、不安に思わなくていい。1冊を完ぺきに仕上げた、という実感を積み重ねていくほうが大事」
「でも……私も2冊やった方が安心するタイプです。1冊しかやっていないと、不安になりそう……」
まどかは不安げに呟いた。
真穂がその手を握ってくれた。
「確かにやるべきことは沢山ある。それを前に不安になったり、時間が足りないと感じることもあると思う。でも人はしょせん、階段を一歩一歩しか上れないの。基礎から始めないと駄目だし、しっかり固めた一段じゃないと崩れて上れないのよ」
「……はい」
「うん、いい子。復習の仕方は誠からね」
「理解して憶えるためには、目で見て、声を出して読んで、耳で聞いて、手で書いて、頭の中に絵を描いてみて下さい」
「絵を描くように?」
誠はうなずいて、またノートに書いてくれた。
「記憶は大きく分けると二つあります。一つは物の名前あるいはキーワードといった、1対1のつながりで憶えるべきもの。もう一つはつながりです。それを意識しながら、絵のように、画像のように浮かべて憶えようとすると忘れづらいです」
また真穂さんが補足をつけてくれた。
「歴史で言えば、人の名前がキーワードとして、それを年代の流れの中で何を起こしていくかが、つながり。他のキーワードとつなげて、それぞれあるいは全体を像として思い出せるように……解る?」
「何となく。まずやってみます」
「うん、解らなかったら、また質問して」
誠がノートにまとめて、それを渡してくれた。
本当は、これを自分でやらないといけないよね……とまどかも気づき始めた。
誠に感謝しつつ、その紙をもらった。
今日の作戦会議はこれで終了した。
帰りはまた、誠に送ってもらうことになった。
あたりはもう、だいぶ暗くなっていた。
自転車に乗ろうとする誠に、まどかが声をかけた。
「あの!」
「……?」
「今日は、話しながら行きませんか?」
「…………」
誠が戸惑っていると、まどかは自転車を押しながら歩き始めた。
誠もそれについて自転車を押して歩き始めた。
あたりは静かで、二人の足音と自転車のホイールの音が響いていた。
「師匠、いつもありがとうございます」
「いや……いいです……」
まどかは少し笑った。
「師匠、もしかして話をするのが苦手ですか?」
「……!?……はい……」
誠は静かに呟いた。
「家では話ができるのに……教室では一言も話さないなんて、もったいないです」
まどかが誠の横顔を見つめながら言った。
誠は少し顔が赤くなったようだった。
「昔からこうだったから……自分が誰かの会話の中に入る姿なんて、もう想像もできない」
「私とは話をしているじゃないですか」
まどかはくすっと笑った。
「如月さんは僕に合わせてくれるから……他の人たちの会話の中には、入っていく自信がない……」
「そんな、いきなり難しく考えなくても、まず挨拶あたりからどうですか?」
誠は首をかしげた。
「朝、教室に着いたら会った人に『おはようございます』と笑顔で元気よく挨拶です」
誠は目を伏せて、恥ずかしそうに言った。
「そんな、いきなりそんなことをしたら、みんなが変な目で見るよ、きっと……」
まどかはそれに力強く答えた。
「相手がどう思うか、反応を期待したり心配しては駄目です。挨拶をすることに間違いはありません。相手がどう思おうと、どんな反応しようと、まず挨拶をすることが大切なんです」
「……はい」
「私もいつも師匠に挨拶してもらえなくて、寂しいんですよ!」
まどかはにっこり笑った。
誠はびっくりして、しばらくしてうなずいた。
「頑張ってみます」
「はい、ぜひ。まず私や、周りの席の人たちだけでも」
「解りました」
まどかは満足げにうなずいた。
わずかだけれど、初めて二人だけで話した時間は、何となく二人の間の緊張感をほぐしてくれたような気がした。
夜の静けさが、何となく心地よくなっていた。