授業と格闘
次の日。
まどかは誠からもらった紙を下敷きにはさみ、ときおり読み返していた。
次の授業は、いよいよ歴史。試してみる予定の時間だった。
『授業なのにテストみたいに緊張する……』
誠をちらっと見ると、相変わらずの無表情のくせに、すでに集中モードになっている様子が解った。
『さすがです、師匠。わーん、私にできるかな……』
先生が教壇に立ち、授業が始まった。
まどかも深呼吸をして、先生の声と黒板に集中した。
えーと、黒板は憶えてからノートに書く……
……憶えようとすると、先生の言葉が聞けないのですが……
…あっ、書く前に消された! なんて書いてあったんだろう……
あっ、あとで書き足そう。
えーっと、それで結局どうなるんだっけ……あっ、そうか、うんうん。
ノートに書いておこう。
こっ、この中で憶えるのって、本当にできるの? 繰り返すって……
重要そうな単語だけでも、憶えよう。
…………
……。
チャイムが鳴り、授業は終了した。
まどかは机に突っ伏してしまった。
『師匠。尊敬します……こんなに疲れるとは思わなかった……』
昼ごはんだというのに、まどかはピクリとも動けなかった。
「まどか? ……まどか? 寝ているの? ご飯よ」
お昼を一緒に食べようと曜子が声をかけてきた。
「起きてるよ……疲れたの」
「? 何で?」
「ちょっとね……」
まどかは体を起こして、お弁当を取り出した。
確かにお腹はすいていた。
曜子も首をかしげながら、机をくっつけて弁当を広げた。
まどかと曜子は同じ中学の出身で、何度かクラスも一緒になったことがあった。
高校でも同じクラス、席も近いことがあって、いま一番仲良くしている。
曜子はゆるやかにウェーブのかかった長い髪をして、やや整った顔立ちに眼鏡をかけていた。
細身の身体で見た目は女っぽいが、言動に女らしさが少なく、浮いた話は聞いたことがなかった。
二人で小さなお弁当箱を開くと、いただきます、と手を合わせて言うと、もくもくと食べ始めた。
「まどか……最近なにか私に隠し事してる?」
「うっ……相変わらず、するどいね。でも、ちょっと恥ずかしいから、もう少し待ってね。いつか話すから」
曜子は一瞬の沈黙の後に、まどかに聞いた。
「男?」
まどかは危うくご飯を吹き出しそうになった。
「私を見て、どうしてそんな言葉が出るの?」
まどかの問に、曜子は肩をすくめて答えた。
「まどかは気づいていなようだけど、可愛い一年生がいる、って少し噂になっているのよ」
「……誰が?」
「あなたが」
「……中学では男の子に間違われたことのある私が?」
「鏡をちゃんと見なさい。ここのところ、あなたちゃんと女の子っぽくなっているわよ」
「知らなかった……」
まどかはご飯を口に運びながら、考えてしまった。
確かに先輩に憧れて短かった髪を伸ばしているし、少し身長も伸びて痩せたかも知れない。
あと恥ずかしいけれど、少しばかり胸も大きくなってきた。
悪いことではないけれど、まどかにとっては微妙な気持ちだった。
今は陸上と勉強でいっぱいいっぱいだし、女友達と遊んでいる方が楽しい。
女の先輩に憧れたことはあっても、まだ男の人を好きになったことはなかった。
「でも、今は男の人を好きになったり、付き合ったりって、まだ考えられないよ」
「そうなんだ……最近、可愛くなっているから、誰か好きな人でもできたのかと思った」
「そういう、曜子は?」
「興味ない。本読んだり、パソコンいじくっている方が楽しい」
「曜子こそ、もてそうなのに」
「モテたことないの知っているでしょ」
それは容姿の問題ではなくて、性格の問題では……と喉元まで出かかったが、やめておいた。
今ひとつ、冗談になりきらない危険性があった。
「私だってモテたことないよ」
「中学ではね」
二人は黙って食べた。
恋話は、二人にとって実りある話題ではなかった。
「ちょっとね。勉強を頑張ってみようかと思って」
まどかが呟いた。
「そうなんだ」
「あまり成績が良くなかったら、言うのが恥ずかしくって」
「気にすることはないよ。まどかはえらい」
「ありがとう」
まだ全ては話せなかったが、深くは聞いてこないでいてくれる友人の心遣いが嬉しかった。
それに、勉強する気持ちをバカにせず、応援してくれたのも嬉しかった。
『いつか、全部話すからね……』
まどかは心のなかだけで呟いた。




