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勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様と天使の二人三脚
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知識と知恵

 誠の教える方法は、いくつかの特徴があった。

 ひとつは、英語と数学は必ず毎日ある、ということ。


「僕たちが受ける大学は、英語と数学の配点がとても高いのです。それにこの2教科は、記憶だけが頼りの教科よりも、毎日の積み重ねが大切なので」


 と言うのが、その理由。


 数学は公式の理解と慣れ、それに解法のパターンをたくさん解いて、自分のものにすること。

 問題文を見たら、それがすぐに数式に置き換えられる力をつけること。

 それをすぐに間違い無く出来るように、繰り返し、毎日、問題を解いている。


 英語は、教科書のすべての単語、熟語、文法、発音を理解した上で、ひたすら音読。

 もう空で言えるまで。


 こんな単純なものでいいのだろうか、と思うが、


「英語は基礎が大事です」


 とひたすら繰り返す。

 その上で、良い文章をひとつひとつ完璧にして積み上げたり、短時間で英作文を作ったりしている。



 そして、もうひとつの特徴は、早いこと。


「100の単語を覚えるのに、毎日10個ずつ憶えて10日かけるか。毎日100個を憶えて、10日繰り返すか。同じ時間をかけて、どちらが身になるかと言うと、後者なんです」


 と言う誠の教えの従い、1日にやる量がとても多い。

 あまり悩むことに時間をとらない。

 さっさと進む。


「早くやるほど頭が高回転で動くし、集中力もつきます。早く適当ではなく、早いが集中して正確に、が大切です」


 どんどん早くなるので、着いていけるか不安になることがあるが。



 そして、3つ目が復習。

 とにかく勉強の始まりは復習から始まる。

 今までに勉強したことを、誠が問題形式で聞いてくる。

 それに即答できればよいが、少しでも悩むと、その周りの知識も含めて復習が始まる。


 歴史で言えば、人物の名前が言えないと、その人物の名前がでいるノートの部分を、見開き全部覚え直す。


「網目状の記憶回路を作るためです」


 あまり繰り返すので、だんだん教科書やノートの端が黒ずんできていた。


 その日の勉強が終わる頃に、もう一度、その日の復習を行う徹底ぶり。

 とにかく、誠は復習を本当に大切にする。



 一日の勉強時間は長いが、間に休憩はけっこう入れてくれる。

 50分ぐらい集中して10分休憩。

 教科も変えたりして、けっこうメリハリがある。

 ただ誠がひとりで勉強するときは集中できる時間がもっと長いようで、休憩の時間もほとんど無い。まどかに合わせてくれているのだろう。


 休憩の時間は身体を動かしたり、音楽を聴いたり、たわいもない話をしたり。

 時折、勉強に関わる面白い話をしてくれたりして、それがまた勉強になったりすることもある。


 誠が目標としていた教科書と問題集と参考書は、合わせるとそれなりの量があった。

 初めから、


「これが目標です」


 と提示してくれたので、その点は解りやすかった。

 当初は量が多いなと感じたが、分厚くても簡単な本もけっこうある。

 夏休みに入ると授業が無い分、かなり問題集と参考書をこなすことができた。


 夏が勝負というが、確かに学校がある時よりもペースが上がり、知識が積み重なっている実感が少しずつ沸いてくる。




 誠が月に1回のデートに連れて行ってくれたときのこと。

 それこそ、もう誠の問題に即答することが慣れてきて、頭の中が詰め込んだ知識で膨れあがっているのではないかと錯覚するほどの状態だった。


「そろそろだと思うのですが」


 ふたりで池のある大きな公園を散歩していたときに、ふと誠がつぶやく。

 まどかにはその意味が解らず、首をかしげた。


「見てて下さい」


 そう言って、誠は足下にあった石をひとつ、ふたつと手に取り、池に向かってそれを投げ込んだ。


 ぽちゃん。


 池の穏やかな水面に、石が落ちたところを中心にして小さな波が広がり始めた。


「見えますか?」

「え?」


 最初は誠の言うことが解らなかったが、いつもの質問するような口調に刺激されたのか、ふと違うものが見え始めた。


 広がる波が、波動の公式に見えてきたのだ。


「あっ!」


 まどかは思わず声を上げた。

 今まで単なる波でしかなかったものが、数式と重なって見えてくる。

 想像していなかった現象に、まどかはあ然としてしまった。


「もう一ついきますよ」


 誠がもう一つ石を投げると、また新たな波が出て、波と波同士が合わさって高い波ができる。


 するとまどかの頭に干渉の公式が現れる。


「わっ、すごい。面白い!」


 まどかが驚くと、誠が満足そうにうなずいた。


「勉強の成果が出ていますね」

「師匠は、いつもこんなふうに見えるのですか?」

「まあ、そうですね。機械を見ると、その構造が浮かんできたり、ニュースを聞くとその関連のノートがぱっと思い浮かんだり」

「同じものを見ていても、見えている世界が違ったんですね……」


 まどかが驚きの声を上げると、誠は恥ずかしそうにしながらも、うなずいた。


「まどかさんなら、見えると思っていました」

「見えてびっくりしました」

「例えば、月を見て枕草子の言葉を思い出したり、日本語を話すようにふと英語が口についたり」

「私はそこまでは、まだ……」

「続ければ大丈夫ですよ。今のだって見えたのですから」


 即答できるまで、身体に染みつくまで繰り返す理由が、初めて実感できたような気がした。

 ここまでやると世界観が変わってくる。

 確かに今まで、はたして受験のためにここまで繰り返すことが必要なのか、と思うことがあった。

 新しい問題をひとつでも解いた方がいいんじゃないか、と考えることもあった。

 しかし、ここまでやりこむと応用力が出るというか、知識から知恵に変わった感じがする。


 そのことを誠に話すと、


「それはもちろん、広げられるならば広げた方がいいです。ただ、新しい問題に時間ばかりかけて、広大な知識の海を前に不安になるよりは、確かな知識を少しずつ広げて自信を持つ方が大切だと思っています」


 と説明してくれた。


「しょせん僕が知っていることも、世界の知識のほんの一部です。広げようと思ってもきりがないのです。100の技を知っている格闘家より、ひとつの技に習熟している格闘家の方が、おそらく強い。僕はそう思っています」


 それでも、誠の知識は十分に広いと思うのだが。



 まどかが人とのつながりの大切さや楽しさを、誠に教えた。


 誠はまどかに、人の周りに広がっている大切な知恵を授けてくれた。



「師匠のこと、本当に尊敬しています」

「僕もですよ。まどかさんのこと、尊敬しています」

「互いに尊敬し続けられると、いいですね」

「そうですね。そうなると思います」


 互いに手と手を取り合う。

 

 笑顔で視線を交わすと、ふたりはまた公園をゆっくりと歩き始めた。


 

 

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