指輪
メインの料理が運ばれてきた。
誠は肉料理を、まどかは魚料理を。
気付いたら、周りのテーブルにもお客さんも座っていて、店内はほとんど満員となっていた。
家族連れの人もいれば、恋人同士と思われる男女もいる。
それぞれに幸せそうで、笑顔を浮かべていた。
まどかは改めて、クリスマスイブなんだな、と感じる。
店内の音楽もジャズからいつの間にかクリスマスソングに変わっていた。
料理はやっぱり美味しかった。
塩胡椒とオリーブオイルの味加減が絶妙で、ふたりでいること、会話の楽しさもあって、幸せな気持ちに包まれる。
「美味しくって幸せ」
まどかが柔らかな笑顔を浮かべると、それを見た誠は頬を赤くして、やや落ち着かない動きをし始めた。
何となく慌ただしいというか、何かをしようとしているような。
「師匠、どうしたんですか?」
「いや、その……クリスマスプレゼントを……用意していて」
「あっ!」
まどかはすっかり忘れていた。
クリスマスのプレゼントは子供だけのもの、と思い込んでいて、男女で交換し合うプレゼントなんて考えもしなかった。
まどかは、恥ずかしさに耳まで熱くなるのを感じた。
「まどかさん、気にしないで下さい! 僕があげたかった物があるだけだから。それを受けとってくれたら……喜んでくれたら……それが僕にとってプレゼントなので」
「師匠からのプレゼント、喜ばないはずなんてないです!」
まどかは思わず、すこし大きな声で言ってしまい、あわてて口に手を当てたが少し遅かったようだ。
小さな店内で、さざ波のような笑い声が広がった。
恥ずかしさのあまり、うつむいたまどかの前に、誠が小さな箱を置いた。
水色の小さな箱。
「とっても安い物でごめんなさい」
誠が本当に申し訳なさそうな表情をするが、安いかどうかなんてまどかは気にしていなかった。
誠からの初めてのプレゼント。
胸の動悸を感じながら、まどかは箱を手に取り、そっと蓋を開けた。
「あっ」
中には、指輪が入っていた。
シルバーリングで、よく見ると小さな小さな光る石がひとつ、可愛らしくついている。
「…………指輪」
まどかは、その指輪を手に取り、そっと目の前に持ってきた。
光に照らされ、時折きらきらと輝いた。
「きれい……」
「あの、受け取ってもらえますか?」
誠が緊張した面持ちで問いかける。
「もちろんです! 嬉しい!」
まどかはこの日一番の笑顔で、指輪をぐっと握りしめる。
誠は何でそんなに受け取ってくれるか心配しているのだろうか。
こんなプレゼントを断る女性がいるのだろうか。
まどかは喜々として、その指輪をはめようとした。
「どの指に合うかな」
まどかは左手の小指から入れようとして、はっとした。
慌てて顔を上げて、誠の顔を見る。
「これって、もしかして……」
まさか。
いや、そんなことは……。
誠は恥ずかしそうに、頬をかいた。
「いつか、本物を渡します」
「!!」
婚約指輪!?
まどかは呆然として、何が起きているのか、今ひとつ理解できずにいた。
「早すぎるとは思うのですが……」
「はい、びっくりしました」
「ですよね。ごめんなさい」
「でも」
「でも?」
まどかは一度大きく息を吸い込む。
「嬉しいです。受け取らせていただきます」
そういって、まどかは指輪を左手の薬指にはめた。
サイズはわずかにゆるかったが、不自然なく薬指におさまった。
他のテーブルから、かすかな拍手が響いた。
どうやらこちらの様子を聞いていたようだ。
恥ずかしさのあまり、ふたりで顔を真っ赤にしてうつむきながら、かるく周囲に会釈する。
「おめでとう」と言ってくれる人もいたが、頭を下げるだけで精一杯だった。
店の人が微笑みながら、デザートをふたりの前に置いてくれた。
その中央に、ろうそくのついたケーキがもう1つ。
「お店からのプレゼントです。おめでとうございます」
「あっ、有り難うございます」
誠が頭を下げてお礼を言うと、店の人はニコッと笑って一礼し、戻って行った。
「恥ずかしいけど、嬉しいですね」
「そうですね」
「今日は記念日だ」
「そうであって欲しいです」
「そうなりますよ」
「本当ですか?」
「本当です。自信を持って下さい」
さっきとは反対に、まどかが誠を励ます。
誠は思わず苦笑してしまった。
「有り難う。少し落ち着きました」
「どういたしまして。さあ、食べましょう」
ふたりは、デザートとケーキを分け合いながら、食事のひとときを楽しんだ。
楽しい夕食会は終わると、誠がまどかを家の前まで送った。
道中はそれほど会話はなかったが、それが嫌ではなかった。
言葉が無くてもつながっている感触があるし、会話をしなくちゃという緊張感もない。
ただ、もう少しだけこの時間を一緒に過ごしたかった。
ゆっくりと歩いたつもりだけれど、ふたりはまどかの家の前についてしまった。
まどかがくるりと回り、誠と向かい合わせに立つ。
「今日は本当に有り難うございました。本当に楽しくて、嬉しかったです」
「僕もです。……親が認めてくれているわけでもないですし、本当の婚約指輪というわけではないのですが」
「はい、解ります」
「緊張して、緊張して、大変だったんですが、まどかさんが喜んでくれてほっとしました」
「指輪、大切にします」
「でも、指輪をご両親に見られると……」
「びっくりさせちゃうかも知れませんね。残念だけど、デートの時だけにします」
「そうですね。その方がいいかも」
まどかはさびしそうに指輪を外し、コートから取り出した箱の中にしまった。
そして、誠のことを見上げる。
誠もうなずいてまどかに近寄り、抱きしめた。
「…………」
服を通してでも、何か温かな肌のぬくもりが伝わってくるようで、ずっとこうしていたかった。
しっかりと抱きしめ合い、離れる間際に軽いキスをする。
見つめ合うと離れ難さがつのるが、時間が遅くなってはいけない。
「それじゃあ」
「はい。師匠も帰り、気をつけて下さい」
「有り難う」
まどかは手を振りながら、誠から離れ、ゆっくりと家の中に入っていく。
ふたりの心に静か余韻を残しながら。
聖夜は静かにふけていった。