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勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様と天使の二人三脚
107/123

それ以上のこと


 今日は誠の家で勉強をする日なのだが、ひとつ大きな問題が生じていた。


 話は夏休み明けに戻り、海旅行から帰ってきた誠に対して、真穂が質問をした時のこと。


「誠、まどかちゃんの水着写真、撮ってきた?」

「僕は撮っていません。撮ってくれた人が後でくれるので、待っていて下さい」

「何だ、楽しみにしていたのに」


 真穂はしばらくブツブツと何かをつぶやいていた。


「あっ、それと、ちゃんとキスした?」


 真穂の突然の質問に、誠は食べていたご飯を軽く吹いてしまった。


「まさか、一泊してキスもしていないなんて言わさないわよ」


 真穂が冷ややかな視線で誠を見つめてくる。


「……………した」

「何? 聞こえない」


 誠は大きく息を吸い込む。


「キスしました」

「おぉ!」


 真穂が誠の背中をバンバンと叩き、また誠はご飯を吹き出した。


「よくやった! ヘタレなりに頑張った。まさかまどかちゃんの方からキスしてきたわけじゃないわよね」


「なんてことを聞いてくるんですか…………僕からです」


 若干、周囲に煽られたり、まどかが催促はしてきたが。


「よし! よし! で、それ以上は?」


 誠の箸がピタリと止まる。


「今、何と?」

「それ以上は?」

「……母親の言うセリフですか」

「母親だから聞くのよ。あんな可愛い子に、高校生にもなって手ひとつ出さないなんて、どこか問題があるんじゃないかと、私なりに心配しているのよ」


 誠は、はぁ、とため息をついた。


「息子はヘタレで奥手ですが、正常だと思います」

「つまり、まどかちゃんを見て、その気になることはあると」

「げほっ!」


 誠はご飯を思いっきり喉につまらせた。

 何回か咳き込み、お茶を飲んでようやく落ち着きを取り戻す。


「なっ、何を言ってるんですか!?」

「だって、正常って言ったら、そういうことでしょう」

「いや、その、だから」


 確かにその気になることはあるので、強く否定はできない。

 誠は顔を赤くして、言葉を無くした。


「で、それ以上のことしたの?」

「やっぱり聞くんですね」

「聞くわよ。聞かせて」

「してません」

「してないの?」

「はい」

「……ヘタレ」


 誠は頭を殴られたような衝撃を感じた。

 確かに、機会はあった。でも、まどかが寝てしまったのだから。

 いやいや、確かに寝なくても、それ以上行く自信はなかったのだけれども。

 ……やっぱりヘタレなのか?


「よし、解った。今度、家での勉強会の時に、ちょうど飲み会や食事会が入ったら、遅くまで帰ってこないから!」

「かっ、母さん……」


 誠はだんだん母親の暴走についていけず、へたりこんだ。


「その代わり、無理はダメよ! まどかちゃんが怖がったり、嫌がったら無理しちゃ駄目。時間をかけて、ゆっくりと!」

「何の講義ですか……」

「保健体育よ」




 以前に、そんなやり取りがあった。

 とは言え、そう真穂も飲み会や食事会があるわけでもなく、誠もそのことを忘れていた。



 今日、真穂は遅くまで帰ってこない。



「夜10時までは絶対に帰ってこないから。解った? 10時までは大丈夫よ。……と言っても、あまり遅いと親御さんも心配するから、9時までには帰したほうがいいか……。でも学校帰ってきてから9時までだから、十分よね! それじゃあ、行ってらっしゃい!」


 真穂は今朝、出ていく間際の誠に、勝手にそう伝えて玄関の扉を閉めた。



 最近は学校から家までふたり一緒に帰るので、家に上がってもいつも真穂はいない。

 夕方頃に、真穂が帰ってきて夕食を一緒に食べるのがいつものパターンだった。


 だから、今日も家に上がる時に、まどかは特に何も違和感を感じていないようだった。

 ただひとつだけ部屋がいつもと違う所があり、それに気付いた誠はがっくりと膝から落ちた。


 まどかも意味は解らなかったようだが、違いには気付いたようだ。


「あれ、奥の部屋に布団が敷いてありますね。真穂さん、風邪ですか?」

「……あれは罠です」

「罠?」

「母はとてもまどかさんのことを気に入っています」

「はい」

「私ともっと仲良くなって欲しいようです」

「?」


 まどかは布団とこの話がどこで結びつくのか解らず、首を捻った。


「今日、母は仕事場の飲み会で、夜10時まで帰ってきません」

「あっ、そうなんですか…………え?」

「そういうことです」


 誠の言おうとしている事を理解したまどかは、一気に顔を赤くした。

 よく見ると、布団の横にティッシュまで。


 誠が立ち上がり、台所と部屋を分ける襖を閉じた。


「見なかったということで」

「……はい」


 二人は沈黙のまま、勉強を始めた。

 いつものように復習から入り、誠が問題を出してまどかが答え……。


 しかし、互いにいつものように集中してできていないのは、はっきりしていた。

 速度が遅くなったり、手が止まったり、話を繰り返したりしてしまう。


 誠の説明が急に止まり、動かなくなった。


「……師匠?」


 まどかが問いかけても、誠が動かない。

 どうしたのかと心配になり、まどかが誠の顔を覗き込もうとしたところ、誠はすっと顔を上げてまどか見つめた。


「まどかさん」

「はっ、はい」

「ちょっと話を聞いて下さい」

「はい」


 まどかはシャープペンを置き、姿勢を正して誠の言葉を待ったが、誠はなかなか話しだしてくれない。

 どうも話すべきかどうか、迷っているようだ。

 声を掛けたくなったまどかだったが、何とか誠の言葉を待った。


「あの、正直に話しますけど、嫌いにならないで下さいね」


 思いがけない出だしに、まどかがびっくりしてしまう。


「師匠のこと、嫌いになんかなりません。何ですか? 何でも言って下さい」


 そう、まどかは誠のことだったら、何でも聞きたかった。

 理解したいし、共有したいし、協力したい。

 まどかは真剣に誠の言葉を受け取るつもりでいた。


「その、海の旅行から、まどかさんのことを意識してしまって」

「あっ……はい」

「キスしたかったり、抱きしめたかったり、その……触りたかったり」


 まどかは黙ってうなずく。


「最近は、それ以上のことも望んでしまう自分がいて、困っています。

 その……男は、精巣で毎日1億個の精子が作られるので、定期的に出さないといけないんです。

 それこそ、トイレに行くように。

 それで、精子がたまると出したい生理的な欲求が起きてきて、そうするとまどかさんのことを考えてしまって、その……したい気持ちになってしまうんです」


 最後の方は、消え入りそうなぐらい小さな声で誠はつぶやいた。

 誠も恥ずかしいに違いない。

 まどかも聞いていて、頬が熱くなるのを感じる。

 誠は言葉を続けた。


「そんな自分が嫌なんです。まどかさんを生理的欲求のはけ口にしたくない。

 それに、例え避妊をちゃんとしたとしても100%ではないから、妊娠してしまうかも知れない。

 そうしたら、まだ養うことも結婚もできないから、堕ろしてもらわないといけないかも知れない。

 ……それが僕は嫌なんです」


 誠が悩んで出した結論だった。


 したい気持ちがある。体も心の準備もできている。

 でも、年齢のこと、責任のこと、受験のこと。

 そして、命が授かったとしたら、愛し慈しんで育ててあげたい。

 それには、まだふたりは若すぎる。

 だからこれ以上、今は先に進めない。


 まどかは何度もうなずいて、初めて口を開いた。


「師匠が正直に話してくれたので、私も話します。聞いて下さい」

「はい」


 今度は、まどかが話し始めた。


「私も旅行の出来事は、忘れられません。キスすること、抱きしめられること、肌が触れることがこんなに気持ちよくて、嬉しくて、幸せなものなんて知りませんでした」

「…………」

「でも、女はその男にあるような生理的欲求はあまりないので、時折キスして抱きしめてもらうだけで、けっこう満足できます」


 まどかの気持ちを聞いて、誠は深くうなずいた。

 聞いてみないとわからない互いの気持ち。

 恥ずかしいことだが、お互いに確認できてよかった、と感じていた。


「だから、師匠の考えで、私もいいと思います。ただ……」

「ただ?」

「その、男の人って、我慢ができるものなんですか?」

「いや、その……出してしまえば、しばらくは欲求は抑えられます」

「そうなんですか。その……どのぐらいの頻度で?」


 まどかの問に、誠は頬が熱くなる。

 誠は顔を下にむけて、小さな声でつぶやいた。


「1日に1度か2度です」

「そんなに!? ……男の人って大変なんですね」

「はい……」

「あの、手伝いましょうか?」

「……はい?」


 誠は恥ずかしくなってもじもじしていると、まどかが何かとんでもない提案をしてきていた。


「手伝うって」

「その、私はよく解らないのですが、何か役に立てないかな、と思って」

「いっ、いや! いいです。大丈夫です!」


 誠は想像してみて、あまりの刺激的な光景にめまいがした。

 おそらく、まどかはよく解らずに発言しているのだろう。


 それに、頭の中でまどかは十分に役に立っています、とは言えなかった。


「私に遠慮しないで下さいね。少しでも役に立ちたいんです」

「有り難うございます。気持ちだけでもう十分です」


 まどかがちょっと残念そうな顔をしたのは、どう受け止めればよかったのだろうか。

 誠は真剣に悩んでしまった。





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