最後の大会
まどかの最後の大会はまだ幾分暑さの残る、よく晴れた日曜に行われた。
誠はほとんど人の座っていない観客席に腰をおろし、まどかの様子を眺めていた。
学校で走っている姿を見たことはあるが、こうして大会で走る姿を見るのは初めてだ。
そして、まどかの言葉を借りれば、これが最後になるかも知れない。
すべてを見逃さないように、誠は真剣にまどかのことを見つめ続けた。
今日のまどかは、いつもより緊張しているように見える。
初めに誠を見つけた時、笑顔で手を振ってきた以外は、いつにない真剣な表情を浮かべている。
まどかはストレッチや、軽いダッシュ練習を重ね、身体の調子を整えていく。
いよいよ、大会が始まった。
誠はもっと歓声があったり、ファンフーレが鳴ったりするものかと思っていたが、簡単な案内放送とスタートの合図の音ぐらいで、競技は静かに始まった。
最初は練習かと思っていたが、すでに大会は始まっていて、順位がどんどんと決まっていく。
参加人数が沢山いるので一回で決まるわけではなく、何回か勝ち抜いて決めるらしい。
しばらくして、まどかの順番がやってきた。
「頑張って!!」
聞こえないだろうと思いつつ、誠は思わず声を上げた。
一瞬だけまどかの視線が誠に向いて笑顔になり、また視線が元に戻る。
まどかはスタートラインに立ち、合図と共に手をつく。
少し腰が上がり、いつでも走り出せる体勢になる。
パァーン!
合図と共に、まどかが走りだす。
まずまず良いスタートがきれたようだ。
少しだけみんなよりも身体が前に出ている。
長い手足が大きなスライドで伸びていくと、差はそれほどつかなかったが、そのまま1位でゴールを駆け抜けた。
「やった!」
まことは思わず握りしめていた拳を振り上げて喜んだ。
肩で息をするまどかがちらっとこちらを見て、微笑んだように見える。
誠は思わず手を振った。
まどかもやっぱり見ていてくれたようで、嬉しそうに手を振り返してきた。
まどかは結局、準決勝で負けてしまった。
ほんのわずかな差だったが、決勝には進出できなかった。
終わった後、タオルで顔を覆っていたのを見ると、もしかしたら泣いていたのかも知れない。
負けて悔しかったのか。
それとも、陸上部活動が終わることへの寂しさか。
あるいは両方なのかも知れない。
誠はすぐに行って抱きしめたい衝動に駆られたが、まどかはひとりで気持ちを落ち着かせると、他の人達の応援に向かった。
すべての競技が終わり、部員と先生とで集まって何かミーティングが始まる。
その最後、拍手が起きてまどかが頭を下げていた。
何人かの女の子が、まどかを抱きしめて一緒に泣いてくれているようだ。
まどかももらい泣きしている。
その様子を見て、誠もちょっとだけ泣いてしまった。
競技場の入り口でまどかを待っていると、部員たちに囲まれたまどかが出てきた。
部員の子達も誠を見つけると、嬉しそうにまどかを小突いて、誠の元へ送り出した。
まどかは恥ずかしそうに、そしてちょっと嬉しそうにうなずいて、誠の元へ小走りに駆け寄って来た。
まどかは誠のすぐ前で立ち止まった。
「負けちゃいました」
「うん」
「終わっちゃいました」
「うん」
「でも、頑張りました」
「そうだね」
誠はまどかを抱きしめて、頭を撫でた。
遠くで部員の仲間たちが、わぁっと歓声を上げる。
まだこちらを見ていたようだ。
誠はちょっと恥ずかしかったが、まどかの頭を撫で続けた。
「よく頑張りました」
「はい」
誠の肩のところで、まどかは少し泣いているのかも知れない。
頭を撫でられるままに任せ、まどかはしばらく顔を上げなかった。
慰めるように、誠はまどかの背中をポンポンと叩いた。
そうしてようやく落ち着いたまどかが顔を上げて、ゆっくりと誠から離れた。
「さっ、帰りましょう」
誠は手を出して、まどかの手を握った。
「はい!」
まどかはようやくいつもの笑顔に戻って、誠の手をぎゅっと握りしめる。
いつの間にか夕暮れ近くなっていた街並みを、ふたりは並んで歩いた。