生活スタイル
新学期とともにいつもの日常が戻ったのだが、誠もまどかも今までと違う自分に戸惑っていた。
教室にいる時は相手を見つけようとしてしまい、家に帰ると声を聞きたくなってしまう。
勉強をしていても時折、旅行のことを思い出して手が止まる。
身体に触れたくて、キスをしたくて。
1年前まではひとりでいることが普通だったのに、今はひとりだと何か足りない。
勉強にも授業にも集中できない。
ふたりとも、今のままではいけないこと解っていた。
そんな強い感情を持て余したふたりは、まどかの部屋でこれからの相談をすることにした。
「辛いけど、1週間会わないでいる、というのはどうでしょう」
誠がひとつの方法として提案した。
「会わない、ですか?」
「逆療法で、会いたい、という熱を少し冷ますというか」
「う……ん……」
まどかが気の乗らない返事をする。
誠も同じ気持ちだから、よく解る。
やっぱり別の方法を考えようかと誠が思案し、沈黙が広がる。
「……解りました。私も師匠の集中を邪魔する存在にはなりたくないですし、自分の夢も叶えないといけない。やってみます」
まどかが少し残念そうに、でも気持ちを決めた瞳でそう話した。
「まどかさん」
「師匠。頑張ってみましょう。たった1週間です」
「そうですね。1週間」
「そうですよ。1週間」
何度も1週間という言葉を繰り返す。
言葉とは裏腹に、1週間がとても長く感じたからなのかも知れない。
まどかが何かを言いたげに、もじもじし始める。
それが何を意味するかは聞くまでもなかった。
誠も同じ気持ちだから。
誠が顔を寄せると、まどかも恥ずかしそうに、でも嬉しそうに顔を近づけてくる。
1週間会えない分のキス。
旅行の時のような激しいものではないが、それでもふたりの胸に満足感が広がっていく。
唇を離し、互いに幸せの笑みを浮かべると、ぎゅっとハグしあって1週間分の補充をした。
……したはずだったが、3日ほどで枯渇した。
4日目、再びまどかの部屋で会ったふたりは、一緒に落ち込んでいた。
「持ちませんでした……」
「私も……」
1日目は良かった。集中して過ごすことも出来て、これならば1週間は順調に行くものと思った。
2日目に変調をきたした。胸がなぜか苦しくなってきた。
3日目、気を抜くと、すぐにまどかの顔が浮かんでしまう。それに、他の男が寄ってきているのではないか、気持ちが離れてないか、気が気でなくなる。
4日目、我慢の限界を感じて、どちらからともなく声をかけて今に至る。
お互い同じ気持ちだったことが解り、喜んでいいやら、悲しんでいいやら。
ふたりとも自分の気持ちを持て余していた。
「とにかく、作戦変更です」
「はい」
「もうこうなったら、毎日会いましょう」
「そうですね」
まどかもうなずきながら、どこか嬉しそうだ。
提案している誠も、思わず顔が緩んでしまう。
「えっと……、うん、そう。昨日、考えたんです」
「はい」
「僕がまどかさんの家庭教師になります」
「……? 今もそうじゃないんですか?」
「よく考えたんです。なぜ勉強しないといけないのか」
「えっと、医学部に合格するため、ですか?」
「そう。今、勉強している理由はそこですね。で、ここ数年間のセンター試験と入試試験の過去問を解いてみたのです」
「もっ、もう!?」
誠の行動に、まどかは久しぶりにびっくりした。
そして、ごくりとつばを飲み込む。
「それで、結果は」
「はい。ほとんど全部出来ました」
「……本当に、神様ですね」
高校2年の途中で合格圏内て……。
今更ながら、誠にはびっくりさせられる。
そういえば、1年の時に3年生まで英語を終わらせたと言っていたが、おそらく他の教科も終わっていたのだろう。
「まどかさんとふたりで、一緒に合格したい。そのために、私は全面的にまどかさんをサポートしていこうと決めたんです」
「全面的サポート?」
「はい。センター試験と入試試験をやりつくして、傾向と対策を検討し、そのために必要な教科書・参考書・問題集を吟味し、まどかさんの現在の勉強状況と進行具合を考えて計画を立て、効率的に効果的に、そして絶対に合格させようと」
いつにない誠の力強い言葉。
こと勉強のことになると、誠は自信をもって発言してくれる。
まどかはちょっとだけ、ぽーっとなった。
「えっ、でも、そうしたら師匠の勉強時間が」
「教えることで、私も勉強になります。趣味の勉強を減らせばいいだけですから」
「趣味の勉強って……」
「試験には関係のない勉強です。楽しくてやってしまうのですが」
「特技も趣味も、勉強ですね。さすがです」
まどかもやや呆れ気味に誠を褒めたが、誠は嬉しそうに頭をかいた。
「平日はうちでやりましょう。週末は図書館とまどかさんの家でいいですか?」
「はい、いいと思います」
「それで、その……月に1日か2日は……」
「はい?」
「……デートを」
「あっ、はい!!」
勉強ばかりを考えているかなと思ったら、ちゃんとふたりの時間も事も考えてくれていたことに、まどかは感動した。
「デート、嬉しいです!」
「勉強ばかりでは。時には気分転換も大切かな、と」
「そうですね」
「あと、部活のことはどうしたら良いか」
誠はちゃんとまどかの陸上部のことも考えてくれていた。
そのことに嬉しさを感じつつ、まどかはまだ伝えていなかった決意を誠に話した。
「実は次の大会で、部活を辞めようと思っています」
「そうなんですか!?」
初めて聞いた誠がびっくりする。
なにしろ、今までのまどかは部活を何よりも大切にしていた印象が、誠にはあった。
「3年になったら受験に集中するためにも、部活は続けられないと思っていました。そうすると、この次の大会が最後の大会になるんです。その方がきりがいいかな、と思って部活の先生に相談して話してあったんです」
「そうだったんですか……」
「だから、次の大会。師匠にも見に来てほしくって」
「…………」
「もしかしたら、人生で最後の大会になるかも知れません」
小学から始めた陸上。
中学は陸上一色と言っても良かった。
その陸上から離れる時が来るなんて。
それも、もうすぐ。
まどかは自分で決めたことだったが、それを思う度に寂しい気持ちになる。
せめて最後の大会ぐらいは、誠にも見て欲しかった。
「はい。行きます。必ず」
「嬉しいです。また日程と場所は教えますね」
「はい」
こうして、これからのおおよその生活スタイルが決まったのだった。