正しい授業の受け方
「四つ目が教科書が大事ということ。勉強というと、問題集とか参考書というけど、この子は小学生から今にいたるまで教科書ばっかりやっているけど、成績は良いの。もちろん、図書館で調べ物したり、時折は本屋で買ってきたりはしているけれど、教科書が基本。だから、甘く見ないで、教科書をしっかりやりましょう」
「……意外です。きっと分厚い問題集がどんって置かれると思っていました」
これには誠が答えてくれくた。
「あたりまえだけど、テストは教科書と授業の内容以外から出てくることはありません。 教科書はたくさんの大人が時間をかけて、厳選して作り上げているだけあって、よく出来ています」
「そっか……そうですよね」
言われてみると当たり前だけど、勉強というと難しい参考書や問題集と格闘するイメージがあったまどかには新鮮だった。もしかしたら、勉強そのものに難しいイメージを抱きすぎていたのかも知れない。
「そして最後に、最も大切な集中力」
「えっっ!? 集中力がそんなに大切なんですか?」
真穂がうなずいた。
「まどかちゃんは、陸上部だったよね」
「はい」
「たとえば、だらだらと100mのダッシュを10本を毎日やっていた場合は、タイムは伸びると思う?」
「……伸びないです。むしろ、落ちるかも知れません」
「集中して全力で10本毎日やったとしたら、どうかな」
「伸びると思います。……そうか、やるならば集中して負荷をかけないといけないのですね」
真穂はうなずいた。
「正しい方法でやっているか。量をかけているか。集中して負荷をかけているか。ここらが互いに掛け算で関係しあっているの。何事もそうだけど」
「正しい方法……」
まだ十分に理解出来ていないまどかに、真穂が説明を続けてくれた。
「陸上で言えば、正しい方法というのは例えば正しいフォームで走っているか。間違った走り方、癖がついたら、記録が伸びないどころか、体を壊してしまうことがあるよね」
「あっ、はい」
真穂の説明は、解りやすかった。
「量をかけるのは、練習時間のこと。集中して負荷をかけるというのは、さっき話したように自分の力を出し切らないと、なかなか成長には繋がらない、ということ」
「はい」
「例えば成績をあげようと思ったら、みんな勉強時間を増やすことを考える。でもね、正しい方法と集中して負荷をかけることを気づいている人が意外に少ない。まどかちゃんがこの三年でみんなを抜かしていくためのポイントはここにあると思うの」
まどかは深くうなずいた。
今まで勉強時間を増やそうとばかりして、何度か挫折したことを思い出した。
時間を増やすことは意外に難しい。
「まどかちゃんは、陸上で賞をもらったことはあるの?」
「あっ、はい。中学で県大会2位になりました」
「素敵! さすがね。じゃあ、教えて上げれば集中と負荷はすぐにできるようになると思うの」
「うっ、心配です……」
誠のあの集中力を見た後では、まどかも自信ははあまり無かった。
真穂が優しくまどかの頭をなでてくれた。
「大丈夫。大丈夫。さっ、ここまでは基本原則。理解できた?」
「はい……でも、まだどうすればいいかが……」
「うん、具体的な方法に入る前に」
「はい?」
「現状把握の時間です」
「…………」
喉元まで『帰らせていただきます』という言葉が出かかった。
その言葉をゆっくりと唾と一緒に飲み込んだ。
夢の為に勇気が必要なことは解っていた。
まどかはそっと通知表とテストを渡した。
真穂が手に取り、ざっと眺めた。
「……うんうん。だいたい予想通りね。……ちょっと数学が寂しいかな」
まどかは顔を真赤にしてうつむいた。
誠は不思議なものを見るような目をして、テストを見ていた。
彼には信じられない点数のようだ。
「……もう、許してください……」
「いやねぇ、責めているわけじゃないのよ。ここから上がっていくのよ。スタート地点の確認」
「そうであればいいのですが……」
まどかの声はどんどん小さくなっていった。
真穂がもう一度、頭をなでてくれた。
「大丈夫よ。頑張るのはまどかちゃんだけど、ちゃんと可能性はあるから。自信を持って」
「……はい」
「さて、ではいよいよ具体的な方法に入ります。誠、よろしく」
誠はノートを切り剥がした紙を、まだ耳まで真っ赤にしたまどかの前に差し出した。
そこには、いくつかの項目が書いてあった。
< 正しい授業の受け方 >
・授業の時間中に、すべて理解して憶えてください。
・ノートは見て写すのではなく、理解して、憶えてから、書いてください。
・ノートには、先生の言葉や自分の思ったことも付け加えたり、線や強調を加えたりして、理解と記憶を深めましょう。
・途中や最後で、それまでの話をまとめたり、具体例を出したりして自分の理解と記憶を確かめましょう。
・教科書をまるごと覚えましょう。記憶のコツは、読んで、聞いて、書くこと、それを繰り返すことです。
・時間内にすべてやろうとすると、かなり負荷がかかります。集中してやりましょう。
・目標は、別の人に対して授業を再現できることです。
「……師匠、無理です」
まどかはがっくり肩を落とした。
「やりましょう」
「自信がありません」
「やりましょう」
「……はい」
「できます。大丈夫」
誠に迫力に押されたが、彼に言われると何となく胸の奥に「出来るかも」といったほのかな期待が生まれた。
「すべての時間でいきなりできるとは思っていません。まずは一番得意な科目でやってみましよう……えーっと、歴史かな」
「……はい、強いて言えば、ですが」
「一日に1コマぐらいのペースでいいです。まずはその日のどの時間か目標を決めてやってみてください」
「まどかちゃん。頑張ってねぇ〜」
がっくりと肩を落とすまどかに、真穂が嬉しそうに手を振って応援した。




