第三章 反撃の狼煙
小章① 内部からの手紙
翌日。結城は東都格付研究所(TCR)の社屋には入れなかった。 IDカードは無効化され、私物は段ボール箱に詰められて受付に放置されていた。 「懲戒解雇通知書」が添えられている。理由は「機密情報の漏洩および上司への脅迫」。 呆れるほどの手回しの良さだ。
結城は段ボールを抱え、近くの公園のベンチに座った。 これからどうする。金融業界で「懲戒解雇」のレッテルを貼られれば、再就職は絶望的だ。 その時、段ボールの底に、見慣れないUSBメモリが張り付けられているのに気づいた。 付箋が貼ってある。 丸文字で『真実、PW:ID番号8桁+誕生日8桁、3回ミスでアクセス不能』と書かれていた
結城は慌ててカフェに入り、自分のノートPCを起動してUSBの中身を確認した。 中に入っていたのは、膨大な音声データとメールのログだった。 黒田部長のPCから抜き出されたものだ。 『黒田:次回の帝都重工の格付け、例の件で頼む』 『鬼頭事務所:了解した。報酬はいつものスイス口座へ』 生々しいやり取り。そして、黒田が部下たちに不当な評価変更を強要している会議の録音データ。
これをやったのは誰だ? 結城の脳裏に、屋上で話した美咲の顔が浮かんだ。 「私たちは公正中立がモットーですよ」 そう言っていた彼女もまた、組織の腐敗に気づき、密かに戦っていたのだ。彼女は、結城が解雇されることを見越して、私物にこの爆弾を仕込んだに違いない。
「……ありがとう、美咲」
結城はUSBを握りしめた。 武器は手に入れた。あとは、どう使うかだ。
小章② 金の流れを追え
夜。結城は再び、トレーダーの冴子と会っていた。 場所は、彼女の自宅である高層マンションの一室。ここなら盗聴の心配はない。
「……なるほどね。黒田と鬼頭、完全にクロだわ」
冴子はUSBのデータを見て、ワイングラスを揺らした。
「でも守、これだけじゃ弱い。これらは『状況証拠』に過ぎないわ。鬼頭のような古狸は、『秘書が勝手にやった』とか『捏造だ』と言って逃げ切るでしょうね」
「決定的な証拠が必要だ。奴らが空売りで得た利益が、黒田に還流されているという『金の流れ(マネーフロー)』の証明が」
「任せて」
冴子は不敵に笑い、自分のマルチモニターに向かった。 彼女はブルームバーグ端末と、独自の情報網を駆使して、シンガポールの『フェニックス・タイタン・キャピタル』の資金移動を追い始めた。
「フェニックス・タイタンの資金源……。表向きは英国の年金基金だけど、その裏に隠れているのは……あったわ」
数時間後。冴子が声を上げた。
「ケイマン諸島のSPC(特別目的会社)を経由して、日本の『キトウ・アセット・マネジメント』に巨額の送金がされている。その額、約三百億円」
「キトウ・アセット……鬼頭の資産管理会社か」
「そして、そこから黒田の個人口座……いや、黒田の妻が代表を務めるコンサルタント会社に、五億円が振り込まれている」
完璧な証拠だ。 格付け操作による相場操縦、インサイダー取引、そして贈収賄。 金融商品取引法違反のオンパレードだ。
「これなら、特捜も動かざるを得ない」
結城は立ち上がった。 反撃の時は来た。




