嘘つき少年のピロシキ(後編)
「…リーザ、あやまったらゆるしてくれるかな。」
ひとしきり涙を流して落ち着いた頃。
パシュカが小さな声で、そうぽつりと零した。
「どうだかな。謝罪っていうのは、相手に許してもらうためにするもんじゃねぇ。本当に悪かったって、心から伝えるためにするもんだ。…いや、だがまぁ、なんだ。その、許してもらえるといいな。」
再び涙目の曇り顔になってしまったパシュカを見て、ニコライが慌てて取り繕っている。
それを見て、エレナは笑みをこぼした。
(ニコライは、不器用だけど優しい。そしてとても、まっすぐな人だわ。…このくらいなら、私が手伝ってもいいはず。)
エレナは目を閉じ、木の実を入れていた籠に向かって、小声で歌声を口ずさんだ。
すると、エレナの歌声に共鳴するように、緑色の丸い光が次々と浮かんでは籠の中に集まっていく。
目を丸くして籠の中を覗き込むニコライとパシュカの前で、光は徐々に大きくなっていき…最後にエレナが『ザガヴォール』と呪文を唱えると、そこには籠いっぱいのサクラソウが咲き乱れていた。
エレナはゆっくりと閉じていた目を開くと、パシュカに向かって微笑んだ。
「瓶の中のものは、ここを訪れた人からの大切な預かり物だからあげられないけれど。この花が、あなたとリーザさんの心の鍵になりますように。私からのおまじないよ。」
パシュカは籠から溢れんばかりのサクラソウの花を見て、太陽のような笑顔をエレナに向けた。
「ありがとう、やさしい魔女さま!おれ、ちゃんとあやまってくる!」
パシュカの言葉に、今度はエレナは目を丸くした。
(優しい魔女様、か…。これまで生きてきて、初めて言われたことね。)
「んじゃ。そろそろ行くぞ。ガキは夕暮れ前に送っていかねぇとな。」
ニコライが扉を開くと、パシュカが駆け足で彼の腰へと飛びついた。
「おい、やめろ!離れろ!」というニコライの声と、「ニコライー、おんぶしてくれよぉ」というパシュカの声が、段々と遠くなっていく。
エレナはその声を聞きながら口角を上げると、ニコライの開け放った扉をそっと閉めた。
「…あ。」
街に戻ったパシュカは、公園のベンチでぷらぷらと足を動かしているリーザを見つけた。
謝ると決めたのに思わず足が竦みそうになったとき。後ろにいるニコライに「ほら。」と肩を押され、パシュカはたたらを踏みながらリーザの前へと躍り出た。
「うわっ。」
「その声、パシュカじゃない?今日はなんだか、お花のいい香りがするのね。」
リーザはパシュカの方を向いて、ふわりと微笑んだ。
「うん。サクラソウっていうお花、やさしい魔女さまにもらったんだ。…リーザにあやまりたくて。」
「まぁ、魔女様に?ふふ、素敵ね。それで、私に謝りたいことってなあに?」
リーザは笑いながら、パシュカの言葉を待ってくれている。
パシュカ意を決して、自分のついた嘘をぽつりぽつりと告白し始めた。
本当は地主の子供なんかじゃなくて、母親に置いていかれ、酒癖の悪い叔父の家で孤児同然で暮らしていること。
感謝祭の日に魔が刺して、ブローチを盗んでしまったこと。
それを叔父に取り上げられてしまって、買い戻したかったが無理だったこと。
「おれは、最低なうそつきだ…。ごめん、リーザ。」
パシュカは話し終えると、ぎゅっと目を瞑り、勢いよく頭を下げた。
それに対しリーザは、「ふぅん、そうなのねぇ。」とのんびりとした声を返した。
「ねぇパシュカ。このサクラソウっていうお花は、どんな色をしているの?」
「え?…うーんと、きれいなピンクだぜ。リーザのきいろのドレスと、よくにあってるぞ。」
リーザは微笑んで、「ありがとう」と返した。
「ねぇパシュカ。私ね、最初からあなたがお金持ちの家の子じゃないことは、知ってたわ。」
「え…そうなのか?」
唖然とするパシュカに、リーザは続ける。
「あなたからは、少しの埃と汗のような働き者の香りがするもの。私、目が見えないけれど、鼻や耳はとても良いのよ。」
「…。」
「ブローチもね。従者がお店で偶然見つけて買い戻したから大丈夫よ。…でも本当は私、ブローチなんて見つかっても見つからなくても、どうでも良かったわ。」
リーザは少し寂しそうな笑顔で、自分の身の上を話し始めた。
「私が生まれたとき、お母様は『後継の男でもない上に、嫁ぐのにも不便な盲目の子を産んでしまった』ってショックを受けて、私を拒絶したの。」
「同じお屋敷にはいるけれど、もう何年も会っていないわ。」と呟くリーザの顔を見て、パシュカは驚いた。
リーザの見る表情が、初めて見る寂しげな笑顔だったからだ。
「お父様はそれで家庭が嫌になってしまったのか、ずっと海の向こうで仕事をしているの。豪華な品はたくさん送ってくれるけれど、それだけよ。」
リーザは自分が身に纏っている装飾品を指先で弾きながら、話を続ける。
「従者やお屋敷の人は優しくしてくれるけど、みんな私を『可哀想なご令嬢』として扱うわ。誰も私を、対等には扱ってくれないわ。」
私の周りの世界は、『悲しい』と『可哀想』、それから少しの『優越感』で出来ている。
そう淡々と告げるリーザの顔は、ひどく大人びて見えた。
「リーザ…。」
パシュカは不意に、自分自身のことが恥ずかしくなった。
リーザにはリーザの、不幸や孤独があったのだ。
それなのに自分は、自分自身がこの世で一番不幸なんだと信じて疑わず、彼女のブローチを盗んでしまった。
自分が急に矮小な存在に思えてきて、沈んだ気持ちで下を向きそうになったとき。
「でもパシュカ。あなたは違った。」というリーザの声が響いた。
「あなたは私を対等に扱ってくれた。初めて会った時も、今日『この花は何色?』って聞いたときも、あなたは普通に答えてくれた。『可哀想に』ってあなたは私に対して思わない。それがどれだけ嬉しかったか。」
リーザは微笑んで、パシュカに手を差し伸べた。
「ねぇパシュカ。あなたが自分を『地主の子だ』って言うから、この前は言えなかったのだけれど…。私の屋敷で、私の目として働いてくれない?」
パシュカは目を丸くして、リーザに問いかけた。
「おれがか?リーザのおやしきで?」
「えぇ。今はまだ、何もできない私だけれど。いつか、私にしかできないことをしたいの。そのために、あなたに手伝って欲しい。」
「…それで、リーザへごめんなさいしたことになるのか?」
「えぇそうよ。あなたにしかできないことなの。」
パシュカは深呼吸をした後、リーザをまっすぐ見つめ、自分へと伸ばされた手を取った。
「わかった。リーザのために、おれができることはなんでもやるよ。おれがリーザのこと、いろんなことからまもるから。」
リーザはきょとんとした後、春に花の蕾が開くような、今日一番の笑顔をパシュカに向けた。
「ありがとう、私の小さな騎士様。今日からは、私の帰る場所があなたのおうちよ。」
あたりをオレンジ色の光が照らす夕暮れ時。
長く伸びた二つの影は、やがて境界線を失い、一つの大きな影となって石畳に溶けていく。
「…ふん、ガキが。やれば出来んじゃねぇか。」
その影が小さくなるのを見送ってから、ニコライは踵を返し、霧の森へと戻っていった。
振り返った彼の顔は、穏やかな笑みを浮かべていた。
パシュカ編、いかがでしたでしょうか。
今回のお話は、スラヴ圏の春祭り「マースレニツァ」の時期を意識して書きました。本来はクレープ(ブリヌイ)が主役のお祭りですが、ニコライ流の「ありあわせのキノコとバター」で作るピロシキも、きっと格別の味がしたはずです。
次回は明日21:30更新です。
面白いと思っていただけたら、評価やいいね、感想等でお伝えいただけると執筆の励みになります!
よろしくお願いいたします。




