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霧の森のクリューチ 〜魔女と迷い子と時々画家〜  作者: 小夜時雨


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14/20

嘘つき少年のピロシキ(後編)


「…リーザ、あやまったらゆるしてくれるかな。」



 ひとしきり涙を流して落ち着いた頃。

 パシュカが小さな声で、そうぽつりと零した。



「どうだかな。謝罪っていうのは、相手に許してもらうためにするもんじゃねぇ。本当に悪かったって、心から伝えるためにするもんだ。…いや、だがまぁ、なんだ。その、許してもらえるといいな。」



 再び涙目の曇り顔になってしまったパシュカを見て、ニコライが慌てて取り繕っている。

 それを見て、エレナは笑みをこぼした。



 (ニコライは、不器用だけど優しい。そしてとても、まっすぐな人だわ。…このくらいなら、私が手伝ってもいいはず。)



 エレナは目を閉じ、木の実を入れていた籠に向かって、小声で歌声を口ずさんだ。

 すると、エレナの歌声に共鳴するように、緑色の丸い光が次々と浮かんでは籠の中に集まっていく。



 目を丸くして籠の中を覗き込むニコライとパシュカの前で、光は徐々に大きくなっていき…最後にエレナが『ザガヴォール』と呪文を唱えると、そこには籠いっぱいのサクラソウが咲き乱れていた。



 エレナはゆっくりと閉じていた目を開くと、パシュカに向かって微笑んだ。



「瓶の中のものは、ここを訪れた人からの大切な預かり物だからあげられないけれど。この花が、あなたとリーザさんの心の鍵になりますように。私からのおまじないよ。」



 パシュカは籠から溢れんばかりのサクラソウの花を見て、太陽のような笑顔をエレナに向けた。



「ありがとう、やさしい魔女さま!おれ、ちゃんとあやまってくる!」



パシュカの言葉に、今度はエレナは目を丸くした。


 (優しい魔女様、か…。これまで生きてきて、初めて言われたことね。)


「んじゃ。そろそろ行くぞ。ガキは夕暮れ前に送っていかねぇとな。」


 ニコライが扉を開くと、パシュカが駆け足で彼の腰へと飛びついた。


 「おい、やめろ!離れろ!」というニコライの声と、「ニコライー、おんぶしてくれよぉ」というパシュカの声が、段々と遠くなっていく。


 エレナはその声を聞きながら口角を上げると、ニコライの開け放った扉をそっと閉めた。




「…あ。」


 街に戻ったパシュカは、公園のベンチでぷらぷらと足を動かしているリーザを見つけた。



 謝ると決めたのに思わず足が竦みそうになったとき。後ろにいるニコライに「ほら。」と肩を押され、パシュカはたたらを踏みながらリーザの前へと躍り出た。



「うわっ。」


「その声、パシュカじゃない?今日はなんだか、お花のいい香りがするのね。」



 リーザはパシュカの方を向いて、ふわりと微笑んだ。



「うん。サクラソウっていうお花、やさしい魔女さまにもらったんだ。…リーザにあやまりたくて。」


「まぁ、魔女様に?ふふ、素敵ね。それで、私に謝りたいことってなあに?」



 リーザは笑いながら、パシュカの言葉を待ってくれている。

 パシュカ意を決して、自分のついた嘘をぽつりぽつりと告白し始めた。



 本当は地主の子供なんかじゃなくて、母親に置いていかれ、酒癖の悪い叔父の家で孤児同然で暮らしていること。


 感謝祭(マースレニツァ)の日に魔が刺して、ブローチを盗んでしまったこと。


 それを叔父に取り上げられてしまって、買い戻したかったが無理だったこと。



「おれは、最低なうそつきだ…。ごめん、リーザ。」


 パシュカは話し終えると、ぎゅっと目を瞑り、勢いよく頭を下げた。

 それに対しリーザは、「ふぅん、そうなのねぇ。」とのんびりとした声を返した。



「ねぇパシュカ。このサクラソウっていうお花は、どんな色をしているの?」


「え?…うーんと、きれいなピンクだぜ。リーザのきいろのドレスと、よくにあってるぞ。」



 リーザは微笑んで、「ありがとう」と返した。



「ねぇパシュカ。私ね、最初からあなたがお金持ちの家の子じゃないことは、知ってたわ。」


「え…そうなのか?」


 唖然とするパシュカに、リーザは続ける。


「あなたからは、少しの埃と汗のような働き者の香りがするもの。私、目が見えないけれど、鼻や耳はとても良いのよ。」


「…。」


「ブローチもね。従者がお店で偶然見つけて買い戻したから大丈夫よ。…でも本当は私、ブローチなんて見つかっても見つからなくても、どうでも良かったわ。」



 リーザは少し寂しそうな笑顔で、自分の身の上を話し始めた。



「私が生まれたとき、お母様は『後継の男でもない上に、嫁ぐのにも不便な盲目の子を産んでしまった』ってショックを受けて、私を拒絶したの。」



「同じお屋敷にはいるけれど、もう何年も会っていないわ。」と呟くリーザの顔を見て、パシュカは驚いた。

 リーザの見る表情が、初めて見る寂しげな笑顔だったからだ。



「お父様はそれで家庭が嫌になってしまったのか、ずっと海の向こうで仕事をしているの。豪華な品はたくさん送ってくれるけれど、それだけよ。」



 リーザは自分が身に纏っている装飾品を指先で弾きながら、話を続ける。



「従者やお屋敷の人は優しくしてくれるけど、みんな私を『可哀想なご令嬢』として扱うわ。誰も私を、対等には扱ってくれないわ。」



 私の周りの世界は、『悲しい』と『可哀想』、それから少しの『優越感』で出来ている。

 そう淡々と告げるリーザの顔は、ひどく大人びて見えた。



「リーザ…。」



 パシュカは不意に、自分自身のことが恥ずかしくなった。


 リーザにはリーザの、不幸や孤独があったのだ。

 それなのに自分は、自分自身がこの世で一番不幸なんだと信じて疑わず、彼女のブローチを盗んでしまった。


 自分が急に矮小な存在に思えてきて、沈んだ気持ちで下を向きそうになったとき。

 「でもパシュカ。あなたは違った。」というリーザの声が響いた。



「あなたは私を対等に扱ってくれた。初めて会った時も、今日『この花は何色?』って聞いたときも、あなたは普通に答えてくれた。『可哀想に』ってあなたは私に対して思わない。それがどれだけ嬉しかったか。」



 リーザは微笑んで、パシュカに手を差し伸べた。



「ねぇパシュカ。あなたが自分を『地主の子だ』って言うから、この前は言えなかったのだけれど…。私の屋敷で、私の目として働いてくれない?」



 パシュカは目を丸くして、リーザに問いかけた。



「おれがか?リーザのおやしきで?」


「えぇ。今はまだ、何もできない私だけれど。いつか、私にしかできないことをしたいの。そのために、あなたに手伝って欲しい。」


「…それで、リーザへごめんなさいしたことになるのか?」


「えぇそうよ。あなたにしかできないことなの。」



 パシュカは深呼吸をした後、リーザをまっすぐ見つめ、自分へと伸ばされた手を取った。



「わかった。リーザのために、おれができることはなんでもやるよ。おれがリーザのこと、いろんなことからまもるから。」



 リーザはきょとんとした後、春に花の蕾が開くような、今日一番の笑顔をパシュカに向けた。



「ありがとう、私の小さな騎士(ナイト)様。今日からは、私の帰る場所があなたのおうちよ。」



 あたりをオレンジ色の光が照らす夕暮れ時。

 長く伸びた二つの影は、やがて境界線を失い、一つの大きな影となって石畳に溶けていく。



「…ふん、ガキが。やれば出来んじゃねぇか。」



 その影が小さくなるのを見送ってから、ニコライは踵を返し、霧の森へと戻っていった。

 振り返った彼の顔は、穏やかな笑みを浮かべていた。



パシュカ編、いかがでしたでしょうか。


今回のお話は、スラヴ圏の春祭り「マースレニツァ」の時期を意識して書きました。本来はクレープ(ブリヌイ)が主役のお祭りですが、ニコライ流の「ありあわせのキノコとバター」で作るピロシキも、きっと格別の味がしたはずです。


次回は明日21:30更新です。

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