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霧の森のクリューチ 〜魔女と迷い子と時々画家〜  作者: 小夜時雨


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13/20

嘘つき少年のピロシキ(中編)


 パシュカは顔を真っ赤にして、自分の腹を両手で押さえ込んだ。


「ったく。ガキが腹空かしてんじゃねぇよ。ほら、こっちこい。」


 ニコライは深いため息を吐くと、ドカドカとした足取りでパシュカに歩み寄った。そして、怯える少年の首根っこを、まるで子猫を運ぶようにひっつかまえる。


「な、なんだよ、おっさん! はなせよ!」


「うるせぇ。…おいエレナ、キッチン借りるぞ。あと、昨日俺が採ってきたキノコも少し貰う。」


 ニコライはパシュカに、何か作ってやるらしい。自分のこととなると三日三晩でも食事を抜くような男だが、彼は他人のことになると案外、面倒見がいいのかもしれない。


(…変な人だけど、良い人ではあるのよね。)


 エレナはふっと口角を上げると、ニコライに問いかけた。


「私も何か手伝うわ。何をすればいい?」


「やめとけ。日が暮れるか、指がなくなるかのどっちかになるぞ。」


 エレナの口角は、一瞬で真一文字になった。




「ニコライぃ。難しいぞこれぇ。」


「うるせえ頑張れ。男がナイフくらい使えなくてどうすんだ。ほら、怖くねえから。」


 キッチンではニコライが、パシュカを後ろから抱えるようにして、少年が危なっかしい手つきで玉ねぎを刻むのを手伝っていた。「目が痛えよぅ」と泣き言を言うパシュカを、彼なりに励ましている。


「やればできるじゃねぇか。もうエレナよりナイフの扱いがうまいぞ。」


「あなた、そろそろ口を慎みなさいよ。」


 エレナはふつふつと鍋の中で煮えるベリーを木のへらでかき混ぜながら、冷たい声でニコライに返す。

 ニコライとの協議の結果。ニコライ達は料理を、エレナは朝方採ってきたベリーで果実水(モルス)を作ることになった。――大変不本意ながら、である。


「よし、いいぞ。今度はそいつを炒めるんだ。」


「バターがたっぷりだな!肉もすこし入ってる。うまそうだな。」


 パシュカが涙を流しながら刻んだ玉ねぎを、ニコライが手際よくフライパンで炒めていく。

 フライパンにはたっぷりのバターと、肉の脂身が落とされる。

 玉ねぎが透き通って飴色になるにつれて、肉の脂身もカリカリと良い焦げ具合になっていった。


「ここにキノコを加えるんだ。油を吸ってうまいからな。」


 そこに、ニコライが採ってきたキノコを加える。

 数日前、「いい加減に絵を描くこと以外もしなさい。不健康よ。」とエレナに怒られた際、森で摘んできたものだ。


「いいにおいだ!」


「肉は無理して使わなくても旨くなる。森で摘めるキノコと少しのバターなら、金がないときも作れるだろ。ちゃんと見て覚えろよ。」


「わかった。」


 ニコライが教えると、パシュカは素直に頷いた。

 炒め終わったキノコの粗熱を取ると、ニコライは小麦粉を練って丸めた生地で、それを包み始める。


 隣では、パシュカが自分の手元を真剣に睨み付けながら、ややおぼつかない手つきで具材を包んでいた。

 ニコライはそれを見て目元を緩めると、わしゃわしゃとパシュカの髪の毛をかき混ぜた。


「なんだよぉ、こむぎこで汚れるだろぉ。」


「悪かったな。ほら、包めたならオーブンで焼くぞ。」


 ニコライは懐からマッチを取り出すと、靴の踵にマッチ棒をガリッと擦り付け、青い炎を灯した。


「すげえ!!まほうか!?」


「俺のは魔法じゃねえよ、残念ながらな。マッチの使い方くらい学んでおけ。」


 ニコライは苦笑しながら、火のついたマッチをオーブンの下の薪に放り込んだ。火の調整をすると、天板に乗ったピロシキをオーブンの中へ入れる。

 寸分の狂いもなく整っているのはニコライ作。やや歪だが、具材をパンパンに詰め込んだのは、パシュカ作だ。


「これで少し待つぞ。待ってる間、エレナに飲みもん貰え。」


 エレナは木の実から作った果実水(モルス)を、並々と木のコップに注ぎ、パシュカの前に出してやった。

 好物を前にした猫のように目をキラキラと輝かせたパシュカは、しばしコップの中身を「赤くてきれいだな。」と言いながら眺めた後、こくりと一口飲み込んだ。


「うまいな、これ!すごく甘いな。」


「それはよかったわ。」


 うまいうまいと言いながら果実水を飲み干すパシュカを見て、エレナは胸が痛くなった。


 (…こんな素直で良い子が、盗みをするまで追い詰められるなんて。)


 瓶の中にある預り物の鍵はこの子にあげられないけれど、何か別のものを分けてあげようか―…。

 そうエレナが口に出しそうになったとき、ニコライが自身の長い人差し指を立てて、口元に添えた。


 (…まだ何も言うなってことかしら?)


 こんな小さい子が困っているなら、助けてあげてもいいじゃない!

 そう釈然としない気持ちが残りつつも、ひとまずはニコライの言うとおりに黙っておいた。


「ほら、ピロシキ焼けたぞ。お前も皿に並べるの手伝え。熱いから気をつけろよ。」


「うん!…うわっ!熱っ!」


「だから言ったろうに。」


 オーブンから出されたピロシキは、生地がぷっくりと膨らみ、表面はこんがりときつね色に焼けていた。

 ニコライに見守られながら、パシュカがピロシキを木皿へと並べていく。


 パシュカは赤くなった指先にフゥフゥと息を吹きかけて冷やしながら、「おれが…つくったんだ。これ、本当におれが……」と、宝物を見るような目でピロシキを見つめて小声で呟いている。


 (か、かわいい…。)


 エレナが身悶えしていると、ニコライがピロシキを一つ取って、半分に割った。

 割れたピロシキからはほかほかとした蒸気が立ち上り、生地に閉じ込められていたキノコの芳醇な香りとパターの甘さ、少量加えた豚の脂の濃厚な香りが、辺り一面に広がった。


 パシュカのお腹が、再びくぅと音を立てる。


 ニコライは持っていた半分をしっかりと冷ますと、赤い顔でお腹を押さえているパシュカに手渡した。


「ほら。火傷すんなよ。」


「…ありがとう。」


 パシュカはごくりと喉を鳴らし、ニコライに渡されたピロシキにかぶり付いた。


 サクッとした生地の口当たりの後に、濃厚なキノコの旨味が口の中に広がる。具材のキノコを噛み締めるほどに、中からパターや豚の脂がジュワッと出てきて、いつまでも噛んでいられる美味しさだ。たまに出てくるカリカリにした豚の脂身も、良い食感のアクセントになっている。


「おれがつくったピロシキ…。すんごいうまい…。」


「そうだな。ほら、エレナにも渡してやれ。」


「ん。」


 小さな手で差し出されたピロシキを受け取り、エレナは笑顔で「ありがとう」とお礼を伝える。

 パシュカは頬を染めてもじもじしながら、「ん…。」と返事をした。


 三人でピロシキを囲んで食べ終わった後。

 ニコライがパシュカに問いかけた。


「なぁ。自分で作ったものはうまいだろ。」


「うん!」


「そんで、人から盗んだものは、食った瞬間だけは美味い。だがその後はずっと、喉の奥に最低な味がこびりつく。そうだろ?」


「…うん。」


 ニコライは長い脚を折り畳んでしゃがみ込み、パシュカと目を合わせた。


「人から恵んで貰ってばかりいてもな。感謝の気持ちと同じくらい、惨めさが膨らんで来るもんさ。…いいかパシュカ。お前は確かに、他の子供よりも大変な生活をしている。それはお前のせいじゃない。」


 ニコライは長い指をそっとパシュカの頬に添える。


「でもな。自分の人生は、自分の手でしか変えられねぇんだ。手持ちのカードで必死に戦って、自分で変えていくしかない。わかるか?」


 パシュカはこくりと頷いた。栗色の瞳には、うっすらと涙が滲んでいる。


「自分自身を偽ることは、それを否定することになる。嘘をついた相手が、自分にとって大事な相手だったら、尚更最悪だ。」

 

 ニコライは真っ直ぐにパシュカへと問いかける。


「そのリーザって子のこと、好きなんだろ?本当の自分のことも、ブローチのことも嘘をついたままで、心の底から笑って彼女と話せるのか?」


「…ううん。おれ、おれ…ちゃんと、リーザに、ほんとのこと言って、あやまりたい…!」


 パシュカはとうとう大粒の涙をこぼして、わんわんと泣き始めた。

 えぐえぐとしゃくりあげるパシュカの頭を、ニコライは彼が泣き止むまで、黙って撫でてやっていた。


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