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第13話 血の秘密


救出した人々を引き連れ、俺たちは王都テゼリアへの帰路を踏んだ。


ソロモンの魔法で眠らせた盗賊たちを洞窟に放置するのは気が引けたが、ソロモンが「数日は起きない」と涼しい顔で断言したため、先に王都へ報せる段取りを取った。


外壁の輪郭が浮かび上がる頃には、夜の底が白み始めていた。


南門で事情を伝えるや否や、衛兵が総出で駆け回り、城へ向けて伝令の馬が飛ぶ。

急な報せで疑われるかとも思ったが、聖女教会の威光は絶大だった。教会の印章を見せるだけで、詮索めいた視線は消えた。


塀内の待機部屋で半刻ほど。

城からの使者と、馬上の騎士が次々に到着した。テゼルウォート王国騎士団だ。

彼らはそのまま「氷滝の洞窟」へ回収に向かい、俺たちは用意された馬車で城へ向かった。


同乗はフィオネ、ソロモン、それに侍従が一人。

侍従からは質問の矢が飛んできたが、矢面に立つのはソロモンだ。


俺は夜通しの戦いの反動で、泥のような眠気に襲われた。舟を漕ぎはじめ──やがて開き直って、シートに沈み込んだ。

意識が落ちる寸前、フィオネが呆れ顔で笑っていた気がした。


「……着きました。──ここがテゼリア城です」


フィオネに肩を叩かれ、俺は現実に引き戻された。

馬車を降りる。


見上げると、圧巻だった。

白灰色の城壁が空を切り裂き、連なる櫓の影が石畳に深く落ちていた。

外門をくぐると、堀の水面が風でさざめき、冷たい水の匂いが頬を撫でる。


堀を跨ぐ長橋は幅広の石造りで、欄干には国の紋章──『三尾の狐』が等間隔に刻まれている。

渡り切った先には、鉄の帯で補強された巨扉。三階建ての家屋ほどの高さがある。


両脇に直立する鎧の男たち。

扉の内側では、出迎えの侍従たちが一斉に頭を垂れた。


大階段を上り、装飾の凝った回廊をいくつも抜ける。

行き着いた先の大扉の前には、近衛騎士が三名。

使者が軽く頷くと、軋みを押し殺すように開いた。


* * *


通されたのは応接の間だった。

低い卓、向かい合う肘掛け椅子、壁には金糸で織られた三尾の狐のタペストリー。

窓からの淡い光が、磨き込まれた木肌の上を静かに流れている。


奥の椅子に、威厳を纏った男が座っていた。

四十を少し越えたあたりか。

部屋に入った瞬間、視線が自然と吸い寄せられる。


「テゼルウォート国王、バルシュム・テゼルウォートだ」


茶の髪を後ろへ掃い、口元には短く整えられた髭。

穏やかさと、岩のような力強さを併せ持った目が、こちらを捉える。

空気が締まる、というのはこういうことだ。


隣には大柄な重鎧の男、さらに国の重鎮らしき者たち、そして緑のローブを羽織った切れ者然とした黒髪の男が一人。


ソロモンが右手を胸に当て、流麗な礼を取る。


「聖女教会のソロモンにございます。同じくフィオネ。こちらは冒険者のベリアです」

「フィオネです」

「べ、ベリアです」


「固くならずともよい」


王は玉座から立ち上がり、俺たちを視線でなぞると、重い口を開いた。


「“灰狼”の件、礼を言いたかった」


重厚な足取りでこちらへ歩み寄り、言葉を継ぐ。


「“灰狼”は、長らく我が国の喉に刺さった小骨だった。本来は我々が抜くべき棘だ。……君たちの働きに、深く感謝する」


「教義に沿い、為すべきを為したまでです」

ソロモンが表情を変えずに返す。


「それでも礼は言わせてくれ」

王は深々と頭を下げた。


周囲の重鎮たちが慌てて顔を見合わせる。

だが、重鎧の男は豪快に笑い、緑ローブの男は「やれやれ」といった様子で肩をすくめた。


「それでは、素直にそのお言葉を受け取らせていただきましょう」


ソロモンの返答を聞き、王の口元がわずかに緩んだ。


「そうしてくれ。では、早速話を聞かせてくれないか。その前に自己紹介を」


促され、彼らが名を名乗る。

重鎧の男は騎士団長ダンク──この部屋で一番、濃い武人の気配がする。

緑のローブは冒険者ギルド・テゼルウォート支部長。剣で戦う人間ではなさそうだが、目が鋭い。情報の扱いに長けた目だ。


洞窟での経緯は、ほぼソロモンが語った。

杖の先が石床をことりと叩くたび、話が章立てのように整っていく。必要なだけを拾い、余計を落とす。

書記の羽根ペンがさらさら走り、窓からの光が羊皮紙の白を鈍く照らした。


「見事だ。謝礼を用意させよう」


王は話すほど、飾らない人柄だった。玉座の威圧感よりも、一人の人間としての体温を感じさせる。


「ところで、二人はなぜテゼリアへ?」


射抜くような視線。ソロモンは一拍の間を置き、静かに言葉を返した。


「……我々は“ある人物”を探して旅に出ました。ここへはその旅路で立ち寄ったまでです」


声は低く、余白を残す調子。重鎮たちが顔を見合わせる気配が小さく広がる。


「差し支えなければ、手を貸したい」


王の申し出に、ソロモンはひと呼吸を置き、杖を軽く握り直した。


「ご厚意痛み入ります。……ですが、我々は教皇の密命で動いております」


断りは柔らかいが、踏み込ませない余地がある。

その線引きを、王もすぐに汲んだ。


「無理は言うまい。の人が見つかることを祈る」


真っすぐな、王の言葉。

今度は、ソロモンが静かに口を開いた。


「陛下、恐れながら一つ。貴国の諜報は大陸でも屈指と聞きます。なぜ“灰狼”の討伐に至らなかったのですか?」


空気がぴり、と張る。

責めるような問いに高官のひとりが身じろぎ、別の者は眉を吊り上げた。

王が掌を水平に上げて制す。


「人員は有限だ。近頃は盗賊より大きい波──“屍人”や帝国の不穏──への対処に割かざるを得なかった。大を守るために小を捨てた。苦いが、それが実情だ」


「失礼を。ご説明、腑に落ちました。屍人と帝国、いずれも国を守る上で最大の脅威……」


「構わんよ。だが、この国は必ず守る」


窓格子の光が、王の横顔を鈍く撫でた。


再び沈黙が落ちる。

それを破ったのは、王の低い問いだった。


「ソロモン殿、私からも一つ。聞かせてくれないか」


「なんなりと」


「聖女教会は、“魔王の血”がまだ生きていると見るか?」


視線が一直線に伸び、近侍の羽根ペンが止まった。

部屋から音が消える。

ソロモンは、抑揚を抑えた声で答えた。


「……ええ、恐らくは。ですが、もうほとんど絶えかけているでしょう。人類は長く“魔王の血”を終わらせようと歴史を紡いできました。その時は、もう間もなくかと」


「……具体的には、あとどれほど残っていると?」


「一人……多くても二人。──それが教会の見解です」


鎧の継ぎ目がコツと鳴る。喉がいくつか同時に動いた。

王は顎に指を当て、短く息を吐く。


「本当に、間もなく……なのだな」


沈黙が石床に沈む。

王は思案の色を消さないまま、声だけを真っすぐにした。


「聖女教会は……いや、君は。“魔王の血”を見つけたら──殺すべきだと思うか?」


ソロモンの細い目がわずかに開き、杖を握る手に力が入る。

空気が温度を失った。


「なぜ、そんな疑問を。心当たりでも?」


近侍たちの視線が揺れる。

王は首を横に振り、逃げずに正面から返した。


「いや、ない。──ただ、本当にそれが正しいのか、ふと疑問に思ってね」


引かない目でソロモンを見る。

燭の火が二人の間で揺れ、部屋はふたたび音を失う。


「それが世の通説です。そんな疑問を口にすれば、教会内──いえ、大陸中の過激派に命を狙われますよ。……私は教皇のご意志に従うまでです」


「……そうだな。では教皇は、どうすると思う?」


「さぁ。……ですが聖女教会は、大陸の秩序を守る組織。──悪の芽を看過することはありません」


「そうか。……変なことを聞いて悪かった。忘れてくれ」


「ええ。私からの言も、ご放念ください」


バウウェルでアリシアから聞いた、昔のお伽話が脳裏をよぎる。


その昔、この世を滅ぼしかけた魔王がいたこと。魔王は聖女に討たれる前に、『自らの血が絶えない限り、いつか復活する魔法』をかけたと人々は信じていること。


そんなこと、本当にできるのか──と思いながらも、人々はそれを信じ、魔王の血を持つ者を殺してきた。

俺は喉の渇きを覚えながら、二人の問答を聞いていた。


「ところで、ベリアと言ったな、兄ちゃん」


重鎧の男──騎士団長ダンクがこちらを見る。


「どこかで見た顔だと思ったが、バウウェルの武器屋にいたな。ギルバートの店に」


……思い出した。

バウウェルの武器屋にいた、鎧の男だ。当時は気づかなかったが、今なら分かる。鎧の下に隠された、底が見えない強さ。


「ダンク、顔見知りだったのか」


「ええ陛下。ギルバートの店で一度」


「懐かしいな、ギルバート。昔は名のある鍛治師でな。騎士団の武器も打っていた」


へぇ、あの店主、ただの武器屋じゃなくて国の鍛治師だったのか。言われてみれば納得だ。あの偏屈さと、確かな目利き。


「懐かしいですね。たしか、自分の作った武器の価値が分からない商人に腹を立てて、自分で店を開いたとか」


二人は懐かしげに笑い合う。

ダンクは一度息を吐き、視線を俺に戻した。


「俺はダンクだ、よろしく頼む。君は冒険者と言ったな?  実力はある。騎士団への入団も大歓迎だ。ぜひ考えてみてくれないか」


「ありがとうございます。……でも、もう少し各地を回ってみたいので、騎士団はやめておきます」


「ハハッ、振られたぞ、ダンク」

王が喉を鳴らして笑った。


「それは残念だ。……気が変わったなら、何時いつでも門を叩くといい」

釣られるようにダンクも笑う。部屋の空気が、少しだけ緩んだ。


ふと、王が声音の色を変えた。

「どうだ。明日、劇を見ていかないか?」


「劇、ですか?」

フィオネが首を傾げる。


「ああ、テゼルウォートは“芸術の国”とも呼ばれていてね。劇や音楽が盛んなんだ。ちょうど明日、国一番の劇作家──ハロルド殿の新作が催される」


「陛下。お気持ちはありがたいのですが、我々には使命が──」


ソロモンが事務的な口調で線を引こうとする。

その言葉を、フィオネが手で制した。


「ソロモン、たまには気分転換もいいんじゃないかしら?」


「フィオネ……」


「陛下、ぜひ拝見させてください」

その目は、獲物を見つけた猫のように輝いていた。


「もちろんだとも。三人に良席を手配してやってくれ」

「かしこまりました、陛下」


こうして、バルシュム国王との謁見は無事に終わった。

謝礼は辞退したが、「冒険者なら資金も要るだろう」と王の取り計らいで、百万オルムが侍従から手渡された。

札束の重みが、現実離れしていた。


* * *


手続きと報告の確認で半日が溶け、城を出る頃には、空が茜色に焼けていた。

送りの馬車に揺られ、俺たちは暮れなずむ石畳の街へと戻る。


侍従が丁寧にお辞儀をして帰っていく。


「さて、今日はもう休みましょうか。流石に骨が軋みます」

ソロモンがあくび混じりに呟いた。


「ああ、賛成だ。飯を食って、ゆっくり眠りたい」


「ベリア、さっきも寝てたじゃない。まだ足りないの?」


「足りるかっての。昨日からずっと動いてるんだ」


「ところでベリア、宿は?」


「ああ、まだ取ってない。宿に向かう途中、ベンにギルドカードを盗まれてさ」


「それなら我々の宿に来ますか? よろしければ食事も一緒に」


「お言葉に甘える。その前に、ベンのところへ寄らないか」


「いいわね。行きましょう」


フィオネが頷くのを見て、俺たちは足先をスラム街へと向けた。


* * *


スラム街に入ると、すぐにベンと妹が見つかった。

夕暮れの路地で、二人は寄り添うように座っていた。

俺たちを見つけるなり、弾かれたように駆け寄ってくる。


「お兄ちゃんたち、ありがとう!」

満面の笑みで飛びつかれた。泥と涙の混じった、温かい重み。


「俺たち、いつか聖女教会に入る! それで悪い奴らをぶっ飛ばすんだ!」

ベンが元気よく言うと、妹も「シュッ、シュッ」と細い拳を構える。


「……我々は“悪と戦う組織”ではありません。聖女様の教えに沿い、平和を目指す組織です」


ソロモンがしゃがみ込み、視線の高さを合わせた。


「──ですが、強くなければ何も守れない。今回、君が感じたように。力をつけなさい。そして、いつか“海の国”アントリーゼルを目指すといい」


「あんとりーぜる?」


「ええ。そこに、聖女教会の本部があります」


「分かった! みんなを守れるように強くなる!」

ベンは妹の肩を抱き寄せ、決意を宿した目でソロモンを見上げた。


「楽しみにしていますよ」


ソロモンの唇に、微かな笑みが浮かぶ。それはいつもの貼り付けたようなものではなく、体温のある笑みだった。


「お兄ちゃんたち、本当にありがとう!」

「ありがとう!」


ベンの笑顔が、スラムの澱んだ空気を少しだけ払った気がした。俺たちは背を向け、夜の帳が下りる街へと足を踏み出した。


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