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契約-1

「魔法陣はこうやって描く。そこに爪とか髪とかの自分の一部を組み込む。そして魔法陣を描くための墨には、自分の血を入れて溶け!」

 俺の中のオルドが、目の前の魔族の黒魔法使いに魔法陣の描き方を教えている。

 

 教育、と言われて思い出したのは、魔の森でのオルドとのやり取りだった。なので教育は全部オルドにぶん投げることにした。

(オメーは、本当に、ポンコツだな……)

 俺の中のオルドが、しみじみと俺に言った。


 魔族の新入り黒魔法使いが俺に尋ねる。

「魔法陣の召喚命令の組み方はどうしたものでしょうか?」

 それを聞いた俺は、俺の中のアクストリウスを呼び出す。

「召喚命令の書き方は全てこちらに用意してある。これをこのまま使ってくれ」

 そう言って、俺は召喚命令の記述をまとめた紙を渡す。文書を受け取った魔族は、それを持って描きかけの魔法陣に戻り、床に腰を下ろして写経し始めた。

 目の前にいる黒魔法使いたちはランク12だ。ランク12の黒魔法使いは黒魔法の試行回数が稼ぎにくいので、練度を上げることよりも、即戦力になって貰えるように教えている。


 そんな感じで魔法陣の描き方を教えている俺に、後ろから別の魔族が悲痛な趣で声をかけて来た。

「教育中に申し訳ありません。彼の用意が整ったようです……」

 それを聞いて、俺は振り向く。そしてその魔族の案内で別の部屋に向かって行った。


 

「母さん……」

 部屋では、若い魔族がベッドで横になっている年老いた母親に縋るように抱き着いていた。母親も細い腕をなんとか動かして、その腕を若い息子の背中にゆっくりと回していく。母親は口をゆっくりと動かすが、既に言葉を発することが出来ない。きっと、別れを告げているのだろう。

 その近くにルシルフが立っていて、その様子を見つめていた。


 俺は病室の床に両ひざを付いて、魔法陣を描く。

 悪魔召喚のための……


 俺が来る以前から、この若い魔族は黒魔法使いをしていた。現在の彼のランクは12。俺は見込みのある彼のランクを上げることにした。

 床に描き込んだ魔法陣が完成すると、俺は立ち上がる。そして魔法陣に向かって、悪魔召喚を使う。


 魔法陣の中心から、一人の女が現われた。紫の髪に、黄色い瞳。その肌の色は漆喰のように白い。身には紫のドレスを纏っていた。

 いつもとは違う姿に、俺は少し意外に思った。

「今日はミリアの恰好じゃないんだね」

 オルドから紹介されたこの悪魔は性格が悪い。いつもなら召喚者が目を背けられない者の姿かたちをとって嫌がらせをしてくるのだが、今日はそうではない。いつもならセットで持ってくる、テーブル付きのティーセットすら無い。

 悪魔は俺の質問を無視して言う。

「それで今日の用事は何?」

 いつもならダラダラと雑談をするのだが、それも無い。妙に思いつつも、話がサクサク進むならありがたかった。どう考えても雑談をする雰囲気ではないからだ。

「新規契約だ。ランクは9で」

 そしてベッドで母親に別れを告げている彼に目を向ける。若い魔族は立ち上がって、俺の方を見つめる。

「本当に、いいのかい?やめるならそれでも構わない」

 俺は若い魔族に、最後の思考時間を与える。ランク9の契約条件は、自分の関係者を生贄に捧げること。


 俺は、彼に、老い先短い母を、生贄に捧げるかどうかの選択を迫っている。


 若い魔族は立ち上がった。そして覚悟を決めた目をして、俺に向かって言う。

「母も、それで納得しています。私も、覚悟を決めました」

 そして魔族は悪魔に対峙する。

「新規契約だ。そのベッドで寝ている母を……母を……」

 魔族は言葉を詰まらせる、だが続ける。

「生贄に捧げます」

「分かったわ」

 それを聞いた悪魔は、ただ一言だけ言った。

 

 契約が成立した。

 ベッドの上で横たわってた、年老いた魔族の呼吸の動きが、静止した。


「これで終わり?だったらもう帰るわね」

 悪魔はそう言うと、答えも聞かずに魔法陣に滑り落ちるように消えていった。

 若い魔族は、ベッドの上の亡くなった母親を見つめている。既に年老いていたので、生贄に捧げる前とはあまり見た目は変わっていないようだ。


 俺は、何も言わずにその部屋を後にした。

 

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