多重人格
俺はカレイドから今までの経緯を簡単に聞いた。
「俺が50年封印されていたペンダントを帝国から盗み出したから、俺たちは帝国から追われているってことね」
カレイドは頷きながら、廃屋の別の部屋を指さす。
「あの部屋に魔法陣と生贄用の家畜を用意してあります。とりあえずは黒魔法の契約更新をお願いします」
それを聞いた俺は手をかざして魔法を使おうとしたが、発動しない。俺は少し驚いた目でカレイドを見つめて言う。
「凄く手際が良いね。黒魔法の契約期間とか、すっかり忘れてたよ……」
封印されるとそうなるらしい。言われなければ暫く気が付かなかったかもしれない。感心している俺に、カレイドがじれったそうに言う。
「私の主からの言付けです。急き立てて申し訳ございませんが、お早めにお願いします」
そう言われた俺は魔法陣の書かれた部屋に急ぐ。そして扉を閉めた。
部屋の中には魔法陣と目隠しをされた豚がいた。黒魔法の契約更新は人間である必要は無いので、別に家畜でも問題ないのだ。
「オルドのやつは俺を生贄にしまくったけどな」
俺はブツブツ呟きながら悪魔の召喚準備を始める。
「家畜よりもオメーのが手ごろだったからな」
俺の中からそんな声が聞こえた。
「なんか、あの人、さっきからずっと一人で喋っていませんか?なんか別人みたいに声色も変わっているし……」
ベルフェがカレイドに不気味そうな顔を向けて言う。カレイドは崩れた壁から外を伺いながら言う。
「そう言う人なんだろ。あんまり気にするな」
俺は魔法陣に向かって悪魔召喚の魔法を使う。この魔法だけは、契約更新が切れていても使えるようだった。
魔法陣の中心から、銀のテーブルと椅子そしてティーセットという懐かしの光景。その椅子に座っているのが俺の悪魔。ただその顔がいつもと違った。
「あら、凄い久しぶり。100年ぶりくらいかしら?もう呼ばれないかと思ってた。今までどうしてたの?」
俺はその顔を見て嫌な顔をしながら言う。
「50年らしいよ。で、何その顔?」
悪魔は嬉しそうな顔をする。
「イメチェンよ、イメチェン!」
俺を封印した白魔法使い、ミリア。それそっくりな美しい顔を、とても残酷そうに歪めながら答えた。
「オメーは相変わらずクソみたいな性格してんな!」
唐突な罵倒が、悪魔の目の前の男から繰り出された。悪魔は少し驚いたような顔をして、声の主を見つめる。そして言う。
「へー、貴方の中に、他にも誰かが居るのね?オルド以外にもいるの?」
悪魔の目の前の男が、元の口調で一言だけ言う。
「うん」
じゃんけんとは、各自我が選んだ三竦みの選択肢の出し合い。それが一人で成立するという事は、複数の自我が内在していることを示している。
解離性同一性障害
人格形成前の幼少の頃にあった心理的抑圧などが原因で、人格が枝分かれすることで発生する。本来であれば人格形成後の事象で発生することは無い。
だが、彼は例外だった。
死なないことで、まさしく地獄のような目にあい続けた。
生きながら喰われ、刻まれ、毒薬を飲まされ、窒息し続け、炎上した。
自らの手で頭を切り開き、脳内に様々な信号を意図的に発生させた。
おまけに50年の長きに渡り、虚無の地獄に落とされた。
これらの長きに渡る特殊環境のストレス。
そして娼館経営の際に得た、他人に成り切るという技術。
これらが入り混じることによって、本来であればあり得ない、人格形成後の人格乖離が発生した。
ドナルドが、ミストが、ファンズが、オルドが、モリガンが、様々な娼婦が、様々な人たちが
彼の中にいる。
「それで、契約を更新したいんだけど?」
俺は少し驚いた顔をしているミリアの顔をした悪魔に言う。
「あ、あーハイハイ。生贄はそこの豚ちゃんね。分かったわ!」
そう言うと、豚が一気に果てた。
俺は手をかざして、炎撃を軽く使ってみる。ボッという音と共に、炎が手のひらから出るのが確認できた。
「あ、出た出た。良かった」
俺は少し安心した。封印をされるとこういう事になるという事が分かった。
「もう封印はこりごりだ。ミリアのヤツ、俺が驚いている間に勝手に喋って、勝手に封印しやがった。本当に最悪だった」
俺は目の前のミリアの顔をした悪魔を八つ当たり気味に睨みつける。悪魔は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。そして弧を描いた口を開く。
「貴方、50年熟成して中々いい感じになったわね。ちょっと期待できそう」
それを聞いてイラっとした俺は、手を向けて悪魔に炎撃を放った。炎が届く前に、悪魔は魔法陣に潜るように、ストンと落ちて消えていった。
「本当に、嫌なやつだな!」
俺はイラつきながら言った。
「モリガンに似ているな」
ドナルドが呟く。
「ちょっと、勝手に比べないでよ!」
モリガンが抗議した。




