朧月夜
帝国と王国の戦争が終結してから、50年後――
それはすべての者が寝静まった、真夜中の帝都で行われた。
ネズミが残飯を探している、街灯の明かりの届かない路地裏。そこに二人の男がいる。
一人は灰色の犬の獣人の男だ。目に眼帯をしている。
もう一人は耳の尖ったエルフのようなシルエットをしている。だが薄暗い月明かりに照らされたその肌は、青い。魔族だ。
獣人の男がペンダントをその右手に絡めて、見せつけるように目の前の魔族の男にかざす。
「これが例の物だ」
獣人の男が低い声で言った。
魔族の男はペンダントを見つめると、腰に着けた小さな鞄を漁り、方位磁石のようなものを取り出した。探知魔道具だ。
手のひらに乗せた探知魔道具をペンダントに近づけて、その針の指し示す方向を確認する。針は少しだけ回転するような素振りを見せた後で、そのペンダントを指した。
それを見た魔族の男は、相手を見据え、低く呟く。
「どうやらそのようだな」
そう言って魔族の男は鞄に魔道具をしまう。その様子を見ながら獣人の男が言う。
「カレイド、お前は本当に魔王軍の再興なんかを考えているのか?」
カレイドと呼ばれた男がギロリとした目で獣人を見据えながら、小声で、だが怒りを滲ませつつ答える。
「当然だ。こんな屈辱を続けていられるか!」
獣人の男は一つしかない目を細めながら言う。
「そうか。まあ、いい。なら早く受け取れ。俺はこれ以上、こんなものを持っていたくない」
獣人の男はこの取引のために部下を動員して、この夜中に帝国の保管庫からペンダントを盗み出した。帝国兵たちも同じ探知魔道具を持っているはずなので、彼にとっても持ち続けるのはリスクが高い。
カレイドはむしり取るようにそのペンダントを掴むと、手早く腰の鞄に詰め込んだ。そして獣人の男に目を合わせて言う。
「礼を言う。約束の謝礼は例の方法で送金する」
そう言ってその場を後にした。
獣人の男は去っていったカレイドを見送りながら、内心で呟く。
(50年前の戦争で帝国に敗北した魔族。その残党が結集しつつある。一波乱ありそうだな……)
カレイドの去った後で、一人の小柄な男が獣人の男に近寄って来た。
「ガロの親分。ペンダントの盗難に、帝国側が気が付いたようです!」
それを聞いたガロが部下に指示を出す。
「そうか。こちらの取引も終わったところだ。お前たちは足が付かないようにだけ注意しろ。帝国兵たちはカレイドを追うから、俺たちに目が向くことは無いはずだ」
そう言ってガロもその場を後にする。
ガロは自分の拠点に向かいながら、70年前にあったことを思い出した。
70年前、当時はまだ下っ端だった俺が会った男、ドナルド。その後、拠点リーダーのモリガンを殺して逃亡しやがった。
そんなドナルドが50年前に、帝国の英雄の一人、ミリアの手によってペンダントに封印された。
その封印が、50年の歳月を越えて解かれるのか……
70年前にドナルドの行った蛮行で、モリガンとガロの兄貴だったダズがいなくなり、それによって順序を飛び越える形でガロは出世した。
今や彼はこの帝国の闇ギルドの複数の拠点を束ねる、帝国一の闇ギルドのリーダーとなった。
ガロが当時を思い出しながら、ため息をつく。
ドナルドはある意味では、俺の出世を助けてくれたことになる。
でも、俺は拠点リーダーとかになりたかったわけじゃない。別にダズの兄貴も嫌いじゃなかった。
美貌を誇ったモリガンは死んでも利用し尽くされて、ダズの兄貴は惨めな死体になって発見された。
アイツに関わった人は、みんな不幸になっていく……
ガロが足を止めて、月夜を見上げる。そこには雲に薄く覆われた、不気味な朧月夜があった。
カレイド、きっとアイツも、不幸な目に遭うんだろうな……




