黒魔法使いと白魔法使い-2
「本当だよ。彼女は黒魔法使いだった。そのことはもう一人のエメリアが知っている。な、そうだろ?」
剣を抜いているクルスと、怒りが滲み出ているマリアの視線が俺に向かう。突如として話を振られた俺は、とうとう修羅場に巻き込まれた。
(マジかよ、勘弁してくれよ……)
内心で呟きつつ、クルスとマリア、そしてアクストリウスを見つめる。アクストリウスはとてもいい笑顔をしていた。逃げられそうにないと分かった俺は、とりあえず答える。
「ええ、そうよ!」
俺はとりあえずモリガンの口調で話していく。この対応にはアクストリウスもニッコリ。それを聞いたクルスが、剣を向けて言い放つ。
「ふざけるな!大体なんだ、エメリア様の恰好をしやがって!お前、馬鹿にしているのか!?」
馬鹿にするつもりはないが、馬鹿をしているという実感はある。あまりにもいたたまれなくなった俺は、完全にモリガンの仮面を被って成り切ることにした。
俺は、私は、モリガン……
「別に馬鹿にしてないわよ。馬鹿なのは貴方じゃないの?そんなことも知らなかったのに。本当に残念……」
モリガンは手を口に当てて、馬鹿にしたようにクルスを見下ろす。クルスはモリガンの思わぬ反応に、一瞬だけ怒りを忘れてしまった。モリガンは続ける。
「帝国貴族であるエメリアと言うのは仮の姿。私は帝都の闇ギルドの拠点リーダー、モリガン。貴方は知らなかったの?本当に、残念な子ね」
その言葉に、マリアが反応する。
「しかし、エメリア様は我々を子供の頃から育てて下さった恩人。そのような方が黒魔法使いなどとは……」
マリアは孤児院を訪れるエメリアの姿を思い浮かべる。彼女は優しい顔をしていた。
そのマリアを見下すように見ながら、モリガンが答える。
「黒魔法について、少しは知っているんでしょ?アレには生贄が必要。そう考えたら、何となく分かるでしょ?居なかった?突然いなくなった友達とか?」
それを聞いたマリアが記憶を探る。そして、震え出した。
「大体、おかしいとか思わなかったの?私、十年以上も歳をとっていないのよ?それでも気がつかないなんて……」
マリアが見開いた眼を、縋るように、見上げるようにモリガンに向ける。モリガンが残酷な表情を浮かべて、マリアに止めを刺す。
「貴方、零点よ!」
マリアの絶叫が、辺りに響き渡った。
(すげえ楽だな、コレ)
俺は斜め上から俺を、モリガンを見下ろす。自分の中に別人を作って演じさせる。やってみたら、思った以上にハマった。
(まさか娼館で娼婦を演じていた経験がこんな風に役立つとは……何が役に立つのか分からん)
ひとしきり話し終わったモリガンを確認して、俺はモリガンに戻った。
アクストリウスは、目の前で繰り広げられた光景に、真顔になっていた。 アクストリウスは何者かが演じるエメリアを見つめる。
(僕の知っているモリガンだったエメリアにそっくりだった。この人は一体、何者だ?)
打ちひしがれて、過呼吸になっているマリアをクルスが心配そうに見る。
「大丈夫?」
マリアは何とか息を整えて、クルスに無言で頷いた。
クルスが真剣な表情で俺を見つめて、一言だけ罵倒する。
「地獄へ、落ちろ!」
地獄
その言葉を聞いて、俺はイラっとした。そして気になったことを聞き始める。
「地獄って、どんなところ?」
意外な反応に戸惑いつつ、クルスが答える。
「罪人が落ちる先だ」
俺は質問を続けていく。
「落ちた先でどうなるの?」
「亡者同士が、永遠に殺し合う」
「それ以外には?」
「炎で焼かれ続ける」
「他には?」
「死ぬような苦痛を受け続ける」
「死なないの?」
「死なない。永遠に死なない。誰も出られない。お前にはお似合いだ!」
俺はイライラした。
……知ったようなことを言いやがって。地獄童貞が偉そうに。俺は現在進行形で地獄の真っ最中だ!
俺に説教を垂れて来た、目の前の男を見つめる。
コイツら、マジで何も知らないくせに、偉そうに……
本当に、マジで、ムカつくわ……
俺はキレた。
キレる。それは日常に突如として発生する殺意。そして、彼は殺すという動作にいたるまでが非常にスムーズだった。
「普通」
死ぬとはどういう気分だ?というオルドの問いに対する彼の回答。これは適当に言っていない。彼にとって死ぬとは、呼吸をするように普通の事だった。
この会場において最も倫理が破綻しているのは、裏稼業を営むダズではない。筆頭黒魔法使いのアクストリウスでもなかった。
舞踏会という日常に、突如としてランク8黒魔法使いの殺意が発生した。
この事件は、のちに「魔人」と呼ばれる彼が歴史に現れる、最初の事件となった。




