森の主-3
オルドは殺せなかった勢いのままに転がって行く。そして転がっていった先で辛うじて体勢を立て直した。なんとか剣を構えなおそうとした時に、脇腹に激痛が走る。
(やべえ、肋骨をやった)
オルドの呼吸が荒くなる。オルドが森の主を見る。辺り一帯を振り払った森の主は、流石に疲れたのか、一旦行動を止めている。
オルドは一緒に吹き飛ばされたミストを探す。ミストは近くに転がっていた。なにやら頭を抱えて唸っている。
「おい!ミスト!生きているなら、さっさと立て!」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ミストが大きな唸り声を上げ続けている。オルドは気がついた。
(しまった!ここは行動制御魔法の範囲外だ!ミストが激痛で動けなくなってやがる!)
行動制御魔法を掛けられた者がその範囲外から出ると、とてつもない激痛に襲われる。頭の割れるような激痛。オルドによるミストの拘束が、この場においては裏目に出た。
二人とも満身創痍の中、森の主が行動を開始し始める。ミストの唸り声に反応しているようだ。
オルドは大きく呼吸をしながら森の主を見つめる。最早、後がない。
(火をつけるか……)
以前、森の主と戦った時も苦戦を強いられた。その時は辺り一帯に火をつけて、火を嫌う森の主を追い出したのだ。
オルドは、その時のことを思い出す。
「ちょっと!何をするのよ!オルド!これじゃあ、みんな燃えちゃう!」
フレイヤがオルドに抗議している。オルドは面倒くさそうに答える。
「必要経費だろ。今日は湿気っているから、そんなに燃え広がらんだろうし」
オルドは逃げて行く森の主を見送った。オルドの攻撃で決定打とならない森の主と戦い続けても、ジリ貧なのは明らかであった。
フレイヤがむくれたようにオルドを見上げる。オルドは大剣を背負って、フレイヤに背を向ける。
オルドが帰ろうとした、その時だった。
「誰かが、居る」
フレイヤの言葉に、オルドが振り返る。フレイヤの見つめる先には、集落の住民と思しき男がフラフラと火に向かって行った。
「中毒で頭がおかしくなっているんだろう。ほっとけよ」
フレイヤは何も言わずに、オルドを睨む。そして男の方に走って行った。
「そっちは危ないから、行っちゃ駄目!」
フレイヤが男に叫ぶように訴える。男はその声に反応すると、突如として両手を上げた。そして、奇声を上げながらフレイヤに向かって走って行く。男はフレイヤに抱きつくと、そのままズルズルと崩れるように座り込んだ。フレイヤはその男を、まるで子供をあやすように撫でた。
オルドはその光景を、複雑な目で見つめる。
(どうでもいいじゃねーか、あんなの……)
オルドは内心で、心底そう思った。彼にとって集落の住民など、どうでもいい存在だったからだ。だが、フレイヤにとっては違った。彼女は全ての人に公平だったからだ。
すべての人に等しく……
オルドはそんなフレイヤを見つめる。そのオルドの耳に、何かの物音がし始めた。オルドはその音の方を見る。それは、燃えた木がドミノ倒しのように次々と倒れてくる音だった。そのドミノ倒しが、フレイヤと男の居る方向に向かって行く。
「おい!フレイヤ!さっさとそこから逃げろ!」
フレイヤの耳に、オルドの言葉が届く。フレイヤもその倒れてくる木に気がつく。だが、男にしがみつかれたフレイヤは逃げることが出来ない。
オルドは、フレイヤが燃える大木に飲み込まれるのを、何も出来ずにその目で見届けた。
オルドが我に返った。森の主が向かってくる。
(クソったれ!)
オルドが内心で呟いた、その時だった!
「うがぁぁぁぁ、痛ってえな、ちくしょう!」
オルドの隣で、大声が聞こえた。オルドがそちらを横目で見る。その声の主は、ミスト。フラフラとしながらも、立ち上がる。
(マジか!アイツ、行動制御魔法の中で立てるのか)
行動制御魔法という名がつく通り、その魔法は行動できないほどの痛みをもたらす。だが、ミストは立った。
彼は普通の人間だ。オルドのポンコツ評価はとても正しい。だが、1つだけ圧倒的に優れているところがあった。
それは、痛みに対する耐性。この世界に来てから、彼は文字通り何度も死ぬような目に遭った。生きたまま喰われ、刻まれ、毒薬を飲まされた。外から、中から破壊され尽くした。それらが、彼の痛覚に対する強靭な耐性を生み出したのだ。
別に痛みを感じていないわけではない。だが、耐えることは出来たのだ。
森の主が大声で叫ぶミストに向かって行く。そして大きく口を開けて、ミストに突っ込んでいった。その乱杭歯の並ぶ口がミストを飲み込もうとする、その時だった。オルドの投げた剣が、森の主の口につっかえ棒のように刺さる。閉じない森の主の口の中に、ミストが引っ掛かっかる形になった。
「おい!ミスト!さっさとそこから出ろ!」
オルドがミストに叫ぶ。ミストは聞いていない。痛みに耐えることは出来ているが、それはそれとして、痛みに思考リソースは奪われているからだ。そのミストの思考は、痛みを除き、ただ1つのことに奪われていた。
火事、火事、うるせーな!
だったら、このクソ虫野郎を……
ミストがその手を、森の主の口の奥に向ける。
中から焼いてやればいいだろうが!
ミストの終わりのない炎撃が、森の主の中に送り込まれ始めた。
身体の中から焼かれるという地獄の業火が、森の主を襲う。森の主が荒れ狂った。あちらこちらに体をぶつけて、跳ね回っている。
ミストは振り解かれない。乱杭歯に引っ掛かったまま、ひたすらに炎撃を叩き込み続ける。
寿命をどれほど使おうが、自分も一緒に燃えようが、最早どうでも良くなっている。
炎撃の炎が完全に森の主に引火した。森の主の動きが鈍くなっている。ミストも一緒に燃え始めた。それでも、彼は手を止めない。
アハハハハハハハハハハハハハハ!!!
ミストが笑い出した。
俺は森の主の口の中から、呆然としているオルドを見た。オルドは俺のことを、信じられないという目で凝視している。
(あの野郎!やっと俺を見やがった。アイツの勝てなかったこのクソ虫を、俺がぶっ殺してやった!ざまあみろ!)
俺は最高にいい気分となっていた。その俺の身体を、炎が焦がしていく。
(あー今度は焼死か。これは初めてだな。これで死にコレのコンプが近づいた)
俺はいい気分だったので、もう自分が死ぬことなど、どうでも良くなっていた。
なので、オルドがそれを見ていることも、すっかり忘れていた。




