選択-1
俺が部屋に入ると、モリガンは以前と同じような恰好をしていた。ただ手には妙な杖がある。背骨のような物が巻き付いたグロテスクな杖だ。モリガンが扉を開けた俺を見て言う。
「さて、約束通り私の悪魔を貸そうと思う。私に付いて来て」
そう言うと、彼女は部屋の奥に進む。そして、壁にある燭台を弄る。そうすると、近くにあったタンスが動き、その後ろに扉が出て来た。モリガンがその扉を開いて、ランタンを片手にその奥へ進んでいく。俺もそれに付いて行く。どこかに続いていくトンネルのようだ。トンネルの突き当たりに着くと、左手側に曲がり、その先の階段を上がり始めた。モリガンがその階段の先にある天井を押し上げる。その先にあったのは、どこかの部屋だった。
「ここは?」
俺の当然の疑問に、モリガンが押し上げた隠し扉を足で踏み倒しながら答える。
「ここは私の屋敷。普段はここで生活をしている。表向きは貴族だから」
俺は納得した。モリガンのやけにゴージャスな恰好を見れば、そちらの方が自然だ。隠し扉を閉めたモリガンが、その部屋の扉を開いて言う。
「さて、この部屋に入って」
言われるままに入った俺の目に飛び込んできたのは、いつかアルガスの部屋で見たような魔法陣。そしてその近くに大きな袋が置いてあった。その光景を見つめている俺の後ろで、扉に鍵を掛ける音がする。振り返った俺に、モリガンが言う。
「では、私の悪魔を呼ぶわよ。とりあえずランク10くらいかな。私と同じランクっていうのも、なんかムカつくし」
そう言ったモリガンが、魔法陣に杖を向ける。これは知っている。悪魔召喚の黒魔法だ。
魔法陣の中心に、何かの人影が出て来た。赤い頭に黒い角が4本くらい生えている。目は黄色い。顔には黒い入れ墨のような文様が刻まれている。そんな異形にもかかわらず、紺のスーツをキッチリと着こなしていた。
「やあ、モリガン。久しぶりだね。契約の更新かと思ったら、新規契約かい?珍しいこともあるものだな」
出て来た悪魔が言った。やけにフレンドリーだ。モリガンが俺に杖を向けて言う。
「そうそう、彼が次の契約者。まあ、契約が出来るかどうかは彼の選択次第だけど」
そう言うと、モリガンが短剣を抜いて、魔法陣の近くにあった袋を切り裂いた。その中から出て来たのは……。
「ミリア!?なんでここに?」
俺は叫んだ。その袋から出て来たのは、あの日、街道でキマイラに攫われたミリアだった。完全に気絶しているらしく、反応が無い。俺の叫びを聞いたモリガンが、俺を見て言う。
「なんだ、知ってたんだ。だったらもっと話は早かったのに。多分知っていると思うけど、この子は貴方に潜入捜査させていた先のギルドの受付嬢、エミリの妹」
俺はモリガンを見て叫ぶように尋ねる。
「ミリアはキマイラに攫われたはずだ。俺の目の前で起きたんだから、これは確かだ。それが、なんでここに居るんだ!?」
俺の疑問を聞いて、モリガンがニヤリと笑いながら言う。
「貴方は、なんで黒魔法使いが怖がられるか、分かる?」
それを聞いて、俺は少し考えてから答える。
「魔法に寿命とか生贄を使うから?」
思いついたことを言う。それがミリアとどう関係するんだろうか?モリガンがそれに答える。
「それもあるけど、それは間接的な話。単純に、たとえ相手がランク12の黒魔法使いであったとしても、戦うのは危険だからよ」
その言葉は俺の中では疑問だった。拘束魔法は強いけど、不意打ちでなければとても当たらない。炎撃はそれほど殺傷力がない。それ以外の魔法と言えば……
召喚
コスト:
魔法陣
寿命(1年くらい)
※要触媒
効果:
何かの魔物を召喚して使役できる。使ったことが無いので、何が出てくるのかは不明
「その秘密は、貴方も使える召喚魔法。貴方、使った事ある?無いんでしょ?これには触媒と魔法陣が必要だから」
モリガンが杖を魔法陣に向けながら言う。確かに俺は使ったことが無い。触媒も魔法陣も、作り方も使い方も良く分からなかったからだ。黙っている俺をみたモリガンが、悪魔に言う。
「ちょっと魔法陣を使うから、そこをどいてくれない」
悪魔は何も言わずにそこから少しはなれた場所に立った。モリガンが、空いた魔法陣に持っていたグロテスクな杖を投げ込んで、召喚魔法を起動する。
その瞬間、杖に巻き付いていた背骨から、無数の血管のような何かが生えて来た。その血管はどんどん枝分かれして、何かを形作っていく。血管から筋肉が生み出され、筋肉から骨が生み出されていく。それは巨大だった。そして、その輪郭には見覚えがあった。3つの頭、獅子、山羊、蛇の頭を持つ、何度も見た化け物。キマイラが杖から生えてくるように、そこに出現した。
モリガンが手招きをすると、キマイラがそれに応じるようにモリガンに近づき、獅子、山羊、蛇がその頭を垂れる。そしてモリガンの手が俺に向けてかざされると、それに応じてその三頭が俺を見据える。
その光景に唖然となった俺を、モリガンが楽しそうに見つめて言う。
「召喚魔法には、生物の脊柱を触媒に使う。その生前の姿を形作って、自在に使役することが出来る。生物の触媒と召喚魔法さえあれば、低ランクの黒魔法使いであっても危険な生物を運用できる。キマイラの遺物はレアだけど、最近になって、アルガスから手に入れることが出来た」
それを聞いて、俺は思い出した。オズロ兄弟が俺を餌にしてキマイラを狩っていたのは、キマイラの遺物をアルガスに売りつけるためだったのだ。そして、モリガンがその遺物を使ってキマイラを召喚した。
俺はキマイラがミリアを攫った時の行動を思い出す。あらかじめ倒木を倒して馬車を止め、男たちが倒木と処理している間にミリアが一瞬で攫われた。キマイラは頭が良いが、思い返せば賢すぎる気もする。それにエミリの話では、昼間にキマイラが出ることは殆どないはずだった。そして目の前に居るミリア。答えは1つだった。ミリアを攫ったのは、モリガンのキマイラだったのだ。
俺はモリガンに聞く。
「なんでミリアを攫ったんだ?」
モリガンが答える。
「攫ったのは偶々ね。元々は馬車に乗っていた冒険者ギルドの戦士を間引こうと思っていたんだけど、立ち回りが上手くて狩れなさそうだった。手ぶらなのも何だし、生贄に使えないかな?と思って捕まえたのがこの子。その後でギルド関係者だと知ってから、色々と使い道を考えていた」
そう言って、キマイラを従えたモリガンは、俺を見つめて言う。
「さて、では真の入団試験を始めましょうか。私の悪魔を貸してあげる。でも、生贄にはその子を使うのよ。自身の関係者を生贄にするのが、ランク11以上からの悪魔との新規契約の条件。貴方にそれが出来るかしら?」
モリガンが、その大きな灰色の瞳で俺を見つめる。その顔には残酷な笑顔が浮かんでいた。
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