傍観者 1
「本当に良いんですか?」
名雪は今回の依頼に迷いを抱えていた。
「良いんです…。それよりも、この体が動かせるうちに全てを終わらせたい」
今まで受けてきた依頼のほとんどが、被害者本人かその家族や恋人が主だった。
「しかし、もしも貴方が犯罪者となればご家族は…」
勿論そうならないようにプランは相談してきた。
だが、復讐の結果として逮捕される可能性は常々確認しあってきた。
名雪には幇助の罪が、依頼者には復讐の内容によっては犯罪者となり、自分は自ら命を絶ったとしても家族が犯罪者家族として後ろ指をさされる人生を歩いていく可能性がある事。
名雪も依頼者も一番念頭におかなくてはならない現実だ。
どんな罪であっても復讐は今の法律では認められていないのだ。
今回の依頼者の加古川の依頼内容とプランはシンプルだ。
加害者の事件へと至った経緯、そして今の気持ち等を聞きたい。それによってどう復讐するかを決めたい。と言ったものだ。
加害者の事件へと至った経緯は、裁判で通常はある程度は明らかにされる。
しかし、今回の事件はそう出来ない事情があった。
事件を起こした当時、加害者は未成年だったからだ。
施設内での行動で、防犯カメラ映像等の証拠と本人の自供や、確保された時に持っていたナイフに付着していた血液は被害者と一致。
鑑定の結果、凶器の物と断定された事もあり、解決までに時間を要さない類の事件だった。
少年法に守られた加害者は名前が報道される事はなく、被害者のみの名前や顔写真が報道される日々が続いた。
加害者ファーストと呼ばれる中で少年法の権利は上級も上級だ。
被害者の権利も、少年に影響を与えない範囲でしか守られない。
凶悪な未成年犯罪にありがちな、殺され損としか表現出来ない事件だった。
少年法に守られ、もう世の中を自由に歩き回っていた加害者を密室へと運び、復讐者に受け渡す。
此処まではシンプルで特に難しくはない内容だった。
「じじい、何のつもりだよ!」
名雪に気絶させられ目が覚めたら見覚えのない建物の中で、手足は厳重に縛られている状態で、加古川が加害者の前に立ちはだかった。
名雪は顔を見られていないので、加古川に拉致されたと思ったのだろう。
「清宮 由佳里さんを何故殺したんだ…」
震える声で加古川は加害者に問いかけた。
「あんた、あの馬鹿な女のじじいかよ」
知る事さえ出来なかった現実は今の言葉で、聞くに堪えないものへと変化した。
自分が命を奪った相手を“馬鹿”などとつける無神経さ。
「私は清宮さんとは全く無関係だ」
最近は被害者遺族であれば少年事件であっても傍聴が認められる場合もある。
あくまで”場合もある”。というのが少年の権利が最高潮である少年事件所以だが、それでも譲歩された形というのが殺され損すぎる。
自分が少年に命を奪われたとして、その相手が少年という理由だけで減刑を願う人がどれだけいるのだろう。
「じゃあ何でこんな事してんだよ」
一応拉致されている立場ではあるが、相手が非力そうな老人一人と加害者は認識しているからか強気な姿勢と面倒くさそうな態度を変えようともしない。
「あの事件を孫が目撃して、それから塞ぎこんでしまったからだ」
加古川の孫は自分と同じ位の少年が人の命を奪う所を目撃した。
刑事ドラマの中でしか見た事がなかった殺害シーンが目の前に突然現れ、無抵抗となった女性を何度も何度も刺し続ける姿を見た事で不眠症となり、学校へ通う事も出来なくなった。
「それ位で弱い孫だなぁ」
尚も加害者はぞんざいな態度を崩さずに悪態を続けている。
「あの日、ゴミを捨てたらそれを偉そうにゴミはゴミ箱に入れなさいと言ってきた女がいた。むかついたから刺した。以上」
加害者は、話したから拘束を解けと言わんばかりに腕を加古川に突き出した。
「清宮さんに申し訳ないという想いはないのか?」
殺人をいまだに軽く捉え過ぎている加害者に、加古川は突然命を奪われた清宮とそれを見て塞ぎこんでしまった孫を思うと、何故こんな奴が生きているのか、ただただ悲しく思う。
「あるわけねぇだろ、こっちは文句つけられてやり返しただけで裁判だの何だの大変だったんだよ。生きてるだけで迷惑なんだよ、ああいうおしつけがましい奴は」
脅し用のナイフを加古川は両手で握り締めた。
「おい、もう充分に話したから良いだろ?」
流石にナイフを見て狼狽え始めた加害者だが、加古川のナイフは迷う事なく振り下ろされた。




