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加害者ファーストのこの国で ~復讐代行人~  作者: 月夢雫


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軽傷 全治一ヶ月 3

 トラック内にクラクションが鳴り響いた。

時間切れを示す合図だという事は希しか知らない。


「…例え明日になって何も覚えてなかったとしても、あんたの身勝手な行いのせいで人生を滅茶苦茶にされた人間が二人いるって事を、今日ぐらいは覚えてなさい」


違反のオンパレードをするような奴に何を言っても無駄なのだ。

事故を起こしても被害者の名前すら忘れるような奴だから平気で違反を繰り返す。


「免許取消のあんたは保険に加入してなかったから、治療代さえあんたは払わなかった。突然事故に巻き込まれて医療費もこちらが払わないといけないなんてね。あんたの立派な家を建てるお金を被害者に少しでも払って欲しかった」


閉まっていたトラックの荷台がオープンしていく。

「その車、動くなら自分で帰って」


男は何も言わなかった。当然のように謝罪の言葉もなかった。

それは最初から期待してなかった。もう二度と会いたくない。


希は自分の車に向かって歩き出し、男はエンジンをかけて、バックでトラックから出るとそのまま帰路に向かった。


それを確認すると名雪は希の前に姿を見せた。

「この車はどうしますか?処分で良ければ、このままお預かりします」

事故のトラウマから車に恐怖を覚えるようになった希は、元々は運転免許を所持していなかった。


今回の件を実行する為に必死の思いで免許を取得して、適当に選んだ中古車だった。

「お願いします」


希は深々と頭を下げ、名雪が用意した事故の衝撃が多少緩和されるジャケット等を脱いで名雪へと戻した。


「おかげで痛みもありませんでした。有難うございました」

トラウマと戦いながら免許を取り、ようやく復讐を果たした。


「今は興奮状態にあるだけかもしれないので、明日以降異変があったら病院へ行ってくださいね」

希は小さく頷いた。


「あの…色々と相談にのって頂いて、沢山助力頂いて、本当に有難うございました」

希は男が反省もせずに違反を繰り返しているのなら、男に少しは痛みを知って欲しい。


自分の軽率な行為のせいで人生が狂った人がいる事を知って欲しい。

というのが始まりだった今回の復讐。


「貴方は、今日たまたまあの場所を交通ルールを順守しながら走行していただけ。其処にあの男が違反を重ねて走行してきた上の事故です。一応しばらくは様子を監視しておきますが、貴方が何らかの罪に問われる可能性は少ないと思います」


希は今日、事故にあった。それを通報しなかった落ち度はあるが、トラックで二人を一時監禁していた。と言えなくはない名雪の方が罪に問われる可能性が高かった。


「お代等は不要との事でしたが、車の処分費用もありますし…」

希の言葉を名雪はあえて遮った。


「復讐を果たしても失った過去に戻れるわけじゃない。復讐を果たした事で生きる意味を見出せなくなってしまった方もいます」


復讐して何が変わるのか。

復讐しても時が戻るわけでもないし、やり直せるわけではない。


そんな事は絶望の淵にいる被害者側の人たちも充分に理解している。

それでも復讐を果たす事でしか得られないものもあるのだ。


特に加害者ファーストと呼ばれるこの国では。

「それでも、どうか貴方が区切りをつけて、また別の生き方が出来る事を影ながら願っています」


希は、ただ事故に巻き込まれ、たまたまその相手が昔に事故を起こした男だったから、今まで溜まっていた言葉を相手に投げかけただけだ。


事故の時以外では身体に傷つける行動もとっていない。

希は、ただ知ってほしかったのだ。身勝手な男に、その身勝手さが人をこんなに苦しめていた事を。


そして変わって欲しかったのだろう。さらなる悲劇が生まれない為に。

希は、全てを失ってもそう考えられる優しい人だ。


復讐を終えた時点で名雪と依頼者との関係は終わりだ。

復讐を果たし、ほとんどの被害者は加害者となり、今度は罪の意識に悩む人もいるだろう。


だが、名雪はアフターフォローまでは基本的にしていないので、復讐を果たした人がどう生きているのか。復讐を選んだ事を後悔しているのか、いないのか。知る由もない。


しかし希はまだ若いから、これで人生の一区切りで再スタートを切って欲しいと願っているのは事実だ。


復讐する事でしか自分を保てない人達の手伝いをするのが、名雪の復讐代行人としての仕事だ。

それが、ただの足枷にしかならなかった。とは思いたくないのが本音かもしれない。



「その怪我どうしたの!?」

どうにか走れた自分の車を運転して家に辿り着いた男は、隠しきれない怪我に妻が心配そうな表情を向ける。


「…ハンドル操作ミスって自損した」

妻はさらに驚き、状況など詳しく聞いてきたが、男は詳細は告げずに自損である事と、自分の車が駄目になっただけで他に問題はない。

明日まで様子を見て、痛みがある時は病院へ行くと告げて一人部屋の閉じこもった。


10年前、男は散々の交通違反により免許取消となったが、それでも変わらずに運転を続け、事故を起こした。

父親と女子高生が乗っていた車と衝突したが、軽傷でたった全治一ヶ月だという事で安堵していた自分がいた。


仕事は失ったが執行猶予がついた為、生活は特段変わらずに転職して、以前より高給に恵まれて、つい最近結婚して家も建てた。


その10年の中で、事故の加害者側として被害者家族を思い出す時など一度もなかった。

きっと今日再び事故に合わなければ、この先思い出す事もなかっただろう。



「今日は遅かったわね」

希は歩いて家に帰り、母が迎えてくれた。

「残業で、ちょっと疲れちゃった」


本当は今日は休みを申請しており、明日は元から休みだった。

今日、仕事をしていない事は両親は知らない。これから知らせるつもりもない。


「希、ちょっと話があるんだ」

夕食を食べ終わった希に父が話しかけてきた。


「この家を離れて、私の実家でも、他でも何処でも良いから引っ越しをしないか?」

少し前に父の実家に一人で住んでいた希にとっての祖母が他界した為、実家じまいをしようかと父と母は相談していた。


「でも此処は…」

しかし、この家は希が高校一年生の時に新築で建てた家だ。

「実家じまいの話をしていた時に此処の事も考えたんだ」


希が運転免許を取ると言い出した少し前に、希が酷く動揺して帰ってきた日があった。

どうやらあの男が運転する様子を見てしまったようだった。


「実家の方も此処も不動産屋に査定してもらって、処分費用や残ってるローンも問題ないと分かった。だから家族三人でも、一人暮らししてみたいのなら私達二人と、希と近くで住むのでも良い。場所は何処でも良いんだ。今すぐに決めなくて良いから皆で考えてみないか?」


希が復讐を決心し、復讐を果たそうと努めて、今日実行に移した。

その間に父と母は実家じまいをする事をきっかけに新たな人生を模索していてくれたのだ。


「この家には思い出もあるけど、でも私…父さんと母さんとでまた違う所で暮らしたい」


家の近くで起きた事故で引っ越しも検討していたが、二人分の医療費や残っているローンや、父がしばらくは無職になってしまった事などが重なり、すぐに引っ越しするのは難しい状況があり、そうしてる間に10年という長い年月が流れてしまった。


10年という年月が流れても尚消せないものがある。忘れられないものがある。

引っ越しをしても事故の影響からは逃げられない。


それでも、また別の人生を歩む事は出来ると思うから、小和瀬家の人達は10年目に大きな決断をして、違う道を歩き始めた。

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