軽傷 全治一ヶ月 2
小和瀬 希は、父親が運転する車に同乗して家へと帰る所だった。
家からは遠いが自分が以前から希望していた学校で、日頃の成績をかわれて、推薦入学を受けれる事になった。
その試験の帰りだった。仕事帰りの父が遠くまで迎えにきてくれて、あともう少しで家に着く時だった。
その時に件の事故に巻き込まれたのだ。
車内で意識が一瞬目覚めた時に思った事は、運転していた父が無事かという事と、スポーツ特待生だった自分の体が運動に支障がないかどうか、という心配だった。
父の安否を確認できないまま意識は途絶えて、次に目が覚めたのは病院だった。
父も希も幸い軽傷ですんだ。
「事故がありましたが、二人共軽傷で全治一ヶ月でした」
そんなニュースを聞けば、ニュースを聞いた人達はせめてもの救いだと思う。
実際、希だって事故の話題を見かける度にそう思っていた。
軽傷だと医療的には診断された。事故の翌日には父も希も目を覚ました。
ゆっくりとなら歩く事も出来た。
実際は、”軽傷”と診断されたその影響は、”軽い”という字では不似合いな程に過酷なものだった。
「あちこちに食い込んだ窓ガラスの破片を取るのが激痛だった」
これが、どうして軽傷なのか。父と愚痴を零して生きていたようなものだ。
「その時の怪我が元で、スポーツ特待としての推薦は白紙にされた」
よく知っているコーチと、スポーツに特化した学校での整った環境で、此処で先輩や同級生達と切磋琢磨していくんだと夢に溢れてたあの日は、一瞬にして全て消えた。
「色々治療して、いっぱいリハビリをして、日常生活には戻れた。だけど…」
希は立っている事が出来ず膝をついた。
「大学でアスリートとしてやっていくのは難しい。色々な所に行ったけど、何処でも答えは同じだった」
趣味として軽く走る程度なら問題ないが、アスリートとして上を目指していくような過度な練習に耐えていくのは困難。聞き飽きる位に何度もくだされた診断だった。
有名な医師やリハビリの先生の元へ沢山通ったが、そう出来るようアプローチしていく術を教えてくれる所には巡りあえないまま春は過ぎた。
試験を受けた大学が第一希望で、第一希望の大学が無理だとしてもスポーツ特待として入学しようとしていた希に、短い期間で全く違う道を探すのは難しく、大学へ行く事もなかった。
「希望の大学へ行っても優秀な成績でいれたかなんて分からない。それでも、そうなれるよう努力する四年間は、例えレギュラーになれなかったとしても意味はあると思う。では、私はそんな道を歩く事は出来なかった。大学に行く事も出来なかった。全部あんたのせい!」
父もあの事故で仕事を失い、希への罪悪感を抱えて生きてきた。
「ニュースでは、軽傷 全治一ヶ月。そんなたったの一言で終わるけど、軽傷なんかじゃない、一ヶ月では何も治らなかった。体も心も今もずっと苦しいまま」
大学へ行く道も、アスリートとして生きていく道も絶たれて、ただ空虚に生きてきた。
それなのに初犯であった事と、被害者がいずれも軽傷だった事から、たった一年の実刑判決に執行猶予。
免許取消されてからの無免許運転で、さらには数々の違反があって起きた事故なのに、その罰はあまりに軽かった。
ある日、偶然男が反省する事もなく猛スピードで運転する姿を見かけた。
あの加害者は何一つ反省などしてなかったのだ。
そして、男は事故が原因で仕事は失ったものの、今は普通に働き、結婚までしていた。
人の人生を変えて、苦しめ続けているのに、どうしてその罰はあんなにも軽くて、どうして被害者側の方がこんなにも苦しいのか。
何故、被害者は事故による心身の影響やトラウマに苦しむのに、加害者は何もかも忘れて人生を謳歌しているのか。
父の人生を、私の人生を返して欲しい。
それを奪ったのは軽い気持ちの交通違反。その結果も軽く、今も尚それを繰り返す日々。
希の中の何かが壊れていった。
ずっと抑えていたものが一気に壊れていったのだ。だから復讐を誓った。
せめて交通違反を止めて欲しくて、お前の軽い気持ちの行動のせいで人生を狂わされ続けてる人間が二人もいるって事を知らしめたくて。
「人の人生滅茶苦茶にしたくせに何でまだ違反を続けてるのよ!あんたなんて…無期懲役にでもなれば良かった。どうしたら、交通ルールを守りながら生きていけるの?」
交通事故だと仮に人を殺しても、罪は左程重くないのはよく分かっている。
だけど、自分の軽率な行動で人を怪我させても、改心する事もなく車を走り続ける奴はどうしたらこの世からいなくなるのだろうか。




