正義 1
「貴方は加害者に犯人である事の確認だけですませて、何も確認しなかったでしょ?雪子を傷つけた相手の心情なんて知りたくもなかった」
あの日から、自分は人として警察官として大きく道を踏み外した。
代わりに、捜査で接してきた様々な人達に寄り添う間に、いつの間にか復讐代行人と呼ばれるようになっていた。
「雪子が最後に電話してきた時、救急車を呼ぶかを確認した相手がいたって話してた事がずっと気になっていた」
しかし、恋人であった雪子の件にはまだ何か裏があったのだろうか。
犯人である事だけは本人の口から確認したが、どうしてあの場にいたとか、そういう事は一切確認しなかった。
「あの日、夕方以降に救急車の要請はなかった」
もしも春が言う通り、あいつが誰かに依頼されたのだとしたら?
「貴方だって違法捜査してた時に映像で倒れているような人がいたら、事件とは無関係だと言っても気になるでしょ?」
確かに、あの日を中心にカメラを確認してきたが、名雪が確認した範囲で倒れていたような人を見た記憶はない。
「…この国とっての正義って何だろうね」
春は名雪から目を逸らして俯いた。
「例えば、この国にとって都合の悪い事をあの子が見てしまって、そのせいで…」
それ以上の言葉を春は紡げずに蹲った。
「国にとって都合の悪い事を見たのなら始末すれば良い。でも、その対象者の姉と恋人が刑事だったら?」
駆け寄った名雪の方をしゃがんだままで、でも強く名雪を見つめた。
「当然、家族や恋人が行方不明になったら探すよね。それなら…それよりも、一番面倒のない方法があったんだよね」
春は立ち上がり、無理に笑った。
「触らないで欲しい失踪事件を追った刑事が二人も同じく失踪したら、話題になるし、同僚達にも動揺が広がる。だから、一番不自然じゃない方法をとった。それを実行したのがあんたが殺した男」
国に良い様に使われて、散々名雪に拷問された末に亡くなった哀れな男。
同情する気にはなれないが、どうなっても良いから捨て駒にされたのも事実だ。
「何かを見ても、自分が襲われたらさ、誰だってその前の事なんてどうでも良くなるよね」
不幸にも不都合な場面を目撃した女性は、企み通りその事を話す事もなくトラウマに悩まされ、自殺した。それで不幸な自殺として全てが闇に葬られたはずだった。
「私たちがいなければ、あの子はあんな目に合わずにすんだかもしれないのに…!」
弱い人を助けて、味方になりたい。
そんな小さい頃からの正義感を失わずに警察官としての道を選んだのに、何処でこんな道を歩く羽目になってしまったのだろう。
「…国とっての正義だって、お偉いさんの馬鹿息子がついに殺人まで犯してしまった。その現場に運悪く居合わせて、体調が悪いのかと尋ねるあの子を殴って気絶させた。その隠ぺいの為にあの子は結果亡くなって、自業自得とはいえあの男だって殺された」
総理大臣だろうが、誰だろうがどんな立場の人が犯罪を犯そうとも、ましてその家族が犯罪を犯しても、それを捕まえるのがこの国にとっての正義であり、警察としての役割ではないのか。
「そんなお偉いさんを守る為に捕まるどころか、他の人の命を奪う。それがこの国の正義?それで、そのお偉いさんや、そのお偉いさんに恩を売った誰かが得をして、それでこの国が良くなるの?」
重罪を犯しながら父の権力でもみ消されて守られる息子と、父親。
人の代わりは誰にも出来ないけれど、どんな立場の人間だって代わりになる人間はいるのに、どうして其処までして守らないといけないのか。
「雪子を大切にしてくれて有難う。貴方が罪を犯した事は申し訳ないと思うけど、…正直、あの男が死んだと聞いて心の底から嬉しかった」
雪子は倒れ込み、それを抱き上げた名雪に雪子はUSBを渡した。
今この場面を誰かが目撃しても、思わず腕を掴んだようにしか見えなかったであろう。
「両親にはこの事は黙っておいて欲しい。私の事も…」
その後に何と伝えたかったのか。春の口はもう動かない。
腹部が赤く染まっていた。
あの加害者の家に行った時、仕事をしていて、数日無断欠勤をしているのに警察に届け出等がされていないのに多少の違和感を感じていたが、あの時は精神状態も酷かったので、それを考える余地すらなかったが、それすら何かしらの圧力がかかっていたという事だったのかもしれない。
そんな事をする連中がいるのであれば、そこまで情報を掴んだ春が消されたのも納得出来る。
命からがら逃げたきたのだろう。それならそうと言ってくれれば良かった。
脈の確認をとり、公衆電話の場所を探して、救急車の要請をした。
道路で倒れてる人がいたから、この公衆電話に置いておく。
とだけ伝えてその場を後にした。
春の事は探してる連中がいるだろう。おそらく自分もマークされてる可能性が高い。
こんな事は両親や信頼してる友人より、妹の恋人であり警察官同期である人間に相談する可能性が高いからだ。
周囲を警戒しながら、USBを確認するとUSBには法務大臣の息子がトラブルを起こした後、押し倒した事により相手が亡くなり、放置したまま父である法務大臣に連絡、其処へ女性が倒れてる人に気付いた為、顔は見られていなかったが、後ろから殴打して気絶させて拉致した。
その後、人定をした所、家族と恋人に警察官がいる事が判明し、思慮した結果、性的暴行をさせ証言をさせないようにしたと記載がある。
後日、女性は自殺。性的暴行を依頼した男は行方不明となったが、念の為に職場からの行方不明届け等は受理しないようにした事も記載があった。
公安か何かが関わっていると思われるが、死刑執行の最後の判を押す現法務大臣の息子が殺人。
そんな報道が出れば、日本は大騒ぎになるだろう。
当然、法務大臣が続投出来るわけもない。
その為に、何人の命が犠牲になったのだろう。
嘘を一つつけば、その嘘をつきとおす為に何個も嘘を重ねなくてはならないように、圧力で無理に止めたひずみが、こうして何も関係ない国民を苦しめている。
現法務大臣の息子ともなれば、相当な証拠がなければ全うな報道機関であれば、そう簡単には報道しないだろう。
USBに残された情報には、残念ながら報道するに足りるだけの証拠能力はないだろう。
妹が性的被害にあい、その後に亡くなった為に妄想してるだけ、と言われればそれまでだ。
今までも政治スキャンダルは飛びつく相手には飛びつくが、会見には沢山の機関が集まりながらも、ニュース等では全く取り上げなかった事例は何例もある。
今回も、現法務大臣の息子の素行が悪い。という噂程度を掴んでいる報道機関はいるはずだが、今までそういった報道を週刊誌等も含めて見た事がない。
つまり、それだけ圧力をかけてるという事だ。
春が集めたのであろうこのUSBだけでは、放送するどころか、ネット記事にさえ載るかも怪しいレベルだ。
きっと春は、確固たる証拠を探していたんだろう。
それで、近付き過ぎて逆に殺された。
肝心の俺はあいつを殺して満足している馬鹿だから、この事を伝えに必死で此処まで来たんだろう。
正義とは何か。
それは難しい問いかけだ。
例えこの件に雪子が巻き込まれていなかったとしても、権力者だからといって罪をもみ消せるなんて事が正義だとも、この国にとって良い事だとも到底思えない。
春の問いに今はまだ明確に答えられない。
でも、残された時間で俺なりの正義を貫く事だけは約束する。
春がしたかった事とは違うだろう。春の思う正義ではないだろう。
それでも、このままにはしておけない。
きっと、それがすんでも、同じ様な事をする権力者は消えない。
それが分かっていても、少しでもこの国が良くなるように。
何より、自分と自分の家族の保身の為だけに恋人の命を軽んじた行為を許せるはずもない。




