過去と始まり 2
恋人が襲われたと連絡を受けて、すぐに病院に駆けつけたが会う事は出来なかった。
その後も、何度も同期であり姉である春に連絡をとったが、今は何も言える状況ない。とだけ返され、退院したと報告を受けたから、その日も仕事帰りに尋ねてみたが、両親の顔を曇らせるだけだった。
そのまま会えない日々が続いた。メールでも良い、電話でも良い、何でも良いから連絡がとりたかった。
しかし、それが永遠に叶う事はなかった。
上司から雪子が自殺をはかって、春が現場へ向かっていると聞いた。
自分も向かおうとした時に、現場で死亡が確認された。と報が入った。
遺体安置所にも行ったが、死んでいても会わせてはもらえなかった。
だが、部屋に入ろうとする名雪を必死で抑える春を力ずくでどかす気にはなれずに、最後に会わせてくれるという言葉を信じて、その場をあとにするしかなかった。
どうして、いつも俺は邪魔者のような扱いにしかなれないのか。
雪子の事も、春の事も、ご両親の事も、困らせたいわけじゃなかった。
ただ恋人が犯罪に巻き込まれて傍にいたいと思わない人間なんて極わずかだ。
ただ、それすら名雪には許されなかった。
自分を保っていられる自信がないから、開始時間をだいぶ過ぎてから最後のお別れに行った。
今日を逃せば、一生雪子とは会えないから。
棺の中で、雪子は化粧をしているようで死んでいないと思ってしまう程、綺麗だった。
あの日からずっと会いたかった恋人。あの日からずっと会えなかった恋人。
週末泊りに来て、週明けお互い仕事に出かけた。それが生きている二人の最後の瞬間。
今、目の前にいる雪子はとても綺麗だ。
でも、家にいてすっぴんでいる雪子の方が綺麗だった。
雪のように白い肌だったが、いつもよりさらに白い。
嘘ならもう起きてくれないと、この白い肌も何もかも燃やされて骨だけになってしまう。
こんな、大がかりな悪戯は許されないけど、それでも雪子が生きているのなら、今までは壮大などっきりでした。とネタ晴らしを早くして欲しい。
でも、ぴくりとも動かない。
この瞳が名雪を映す事も、この唇が名雪に話かけてくれる事も、もうないのだ。
「雪子…」
近くにいた人にも聞こえないような声で愛しい人の名前を呼んだ。
この顔を見ながら名前を呼べるのも今しかないからだ。
でも、やっぱり駄目だ。こんな現実は受け入れられない。
今日が最後なんて信じられない。
「雪子!」
今度は会場中に聞こえるような大きな声で名前を呼んでいた。
そこからの事はあまり記憶が定かではなかった。
気付けば上司が名雪を抑えこんでいた。
何で抑えこまれているのか名雪には理解出来なかった。
「名雪、もう止せ…」
棺から雪子を出そうとしているような名雪を上司が止めに入った。
それを見た春の上司も家族に何か話してから、加わってくれた。
パニック状態に陥っていた名雪を棺から離すのには上司二人の力でも足りず、同席していた警察関係者に協力を求めて、数人がかりで会場から連れ出された。
上司の車に押し込まれて、家に送られて、一週間の休暇をとるように言われ、その後の事はまた相談する事になった。
もう雪子は骨になってしまったのだろう。
ただ最後の別れをしていただけなのに邪魔が入って、きちんとお別れを告げる事も出来なかった。
「雪子…、怖かっただろ?俺が仇はとるからな」
雪子と過ごしたこの部屋に一人残された名雪には、罪で裁かれない男への復讐心しか残っていなかった。
名雪の葬式での言動から、名雪は長期の休暇を取るだろうと上司は見込んでいたが、名雪は一週間の休みを取った後、職場に復帰した。
何もしない時間は苦痛だった。雪子が来るから部屋も綺麗に保つように心がけていたが、それも今更どうでも良い。
まだ結婚していなかった自分はこうなってしまうと何も残らない。
自分が顔を出せば雪子の家族は顔を曇らせる。だから何も出来ない。
骨でも良いから傍にいて欲しかった。
仕事もないなら頑張って食事する必要もないし、誰もこないこの部屋を頑張って掃除する必要もない。
こんな生活をしているだけなら働いた方がよっぽどマシだ。
そう考えて、お風呂に浸かり、少しは人間らしい生活に整えて、名雪は仕事へ復帰した。
そうただ雪子の事を考えて後悔や涙にくれているよりも、やるべき事があるのだ。
一度だけ、春に会いに行って半ば無理矢理加害者のDNAサンプルは貰った。
雪子は加害者を訴える意向を示すどころではなかった為、事件当日に採られたサンプルも家族の元にあったのだ。
これをどうやって探すかが問題だ。
事件化していれば防犯カメラ映像で追う事が出来るがそれは出来ず、再犯率が高いと思ったが、頼み込んで確認してもらった前歴者リストに加害者のDNAは含まれていなかった。
つまり加害者は、今まで性的暴行で検挙されてはいないという事だ。
名雪は発覚したら懲戒免職になる事も覚悟した上で、一人で捜査を続けた。
捜査と言っても、事件化していないから、これはただの私怨でしかなく、本来の警察業務とはかけ離れている。
それでも名雪は事件周辺の防犯カメラ映像を警察手帳を見せて、協力要請を出して歩いた。
映像確認や録画対応には本部を通さないといけないような所は避けて、一般宅につけられているカメラや個人商店等を中心に回ったが、手帳があれば大体の人は不思議がらずに映像を見せてくれた。
あえて長めの期間の確認をお願いして、実際は事件当日のあの時間帯を中心に確認した。
雪子の姿を映像で発見する事は出来なかった。
名雪が確認出来たルート上を歩いてはこず、またあの廃墟までの道のりも不明。
雪子の後頭部には強く殴打された痕があり、本人も気づいたらあの場所にいた。と言っていたそうなので、職場から実家へ帰る道の何処かで殴打され意識を失い、あの廃墟に連れて行かれたのだろう。
そうなると、加害者は車できていた可能性が高い。
春のパトカーが到着する前に、あの廃墟付近を走る車を発見した。
防犯カメラの位置的に廃墟から出てきたかは分からないが、雪子から春への連絡がいった時間の30分前。
一時間程度遡っても、店もないこの道を走る車はなかった。
この車だけが30分前に廃墟付近を通っている。
さらに遡ってもこの車は確認出来なかった。つまり、この車は帰る時だけこの方向に車を走らせている。
来る時は反対側から来たのだ。その方向は、寄り道をしていなければ雪子の職場からの帰宅ルートだ。
ナンバーも確認出来ない、車種も確認出来ない、証拠と呼べる程のものもない。
だが、性的暴行では言い逃れの出来ない圧倒的な証拠が残される事が多い。
その決定的証拠であるDNAはある。問題は容疑者の割り出しだ。
名雪はくる日もくる日もその黒い車を探し続けた。
仕事をこなしながら、空いた時間は全てそれにつぎ込んだ。




