軽傷 全治一ヶ月 1
帰宅を急ぐ人々も少なくなってきた時間帯、スーツ姿の二人の男性はまだ仕事途中で報告の為に職場へ向かっている所だった。
「坂崎、一番大切なものってなんだ?」
会話が途切れた刹那にふと一人の男性が、坂崎と呼ばれた若い男性に声を掛けた。
「勿論、生まれたばかりの娘ですよ!でも、妻も大切です」
坂崎は問い掛けにすぐに答えを返して、その答えに男性は少しだけ笑みを浮かべた。
「先輩、もしかして俺に良い報告があるとかですか?」
坂崎は、話の流れでもない突飛な問いに聞き返した。
「良い報告なんてあるわけないだろ。坂崎…もしも娘が犯罪に巻き込まれたら…誰かに復讐を頼みたいか?自分で復讐をしたいか?」
今日の先輩はいつもと少しだけ違っていると、坂崎は感じていた。
職業柄、様々な状況に対峙する事も多い二人だったが、そんな時でも取り乱したりしないタイプだったからだ。
「…娘でも、妻でも…何かあったら自分でやり返しますよ」
それは復讐するなら。という前提の話ではあった。
職業的にも自分や家族に何かあっても復讐など考えて良いはずがないからだ。
「そんなもんかね」
先輩は夜空を見上げた。いつでも夜になれば、田舎程綺麗ではなくても星空は空に輝いている。
「坂崎、報告は俺がしておくからお前はこのまま帰れ」
太陽も月も星も、誰もを同じように照らしてくれる。
それでも、光りが届かない場所はある。
「え?良いんですか!?」
愛する人達が待つ坂崎の自宅は、職場へと急ぐこの道からであればそう遠くなかった。
「奥さんも色々大変だろ、早く帰れ」
そう先輩に促され、坂崎はオーバーに喜んでみせた。
「それでは、遠慮なくお先に失礼します。あ、先輩!」
坂崎は職場への道から、家への道へと進路を変更して小走りで急いだ。
「先輩に何かあっても俺が仇とりますから!」
少し遠くなった先輩に向かって坂崎は手を振りながら言い残していった。
「俺の事はすぐに忘れろ」
坂崎が自分の視界から見えなくなった頃、彼は一人言のようにそう呟いた。
出来れば元気な後輩が復讐など考える必要もなくこれから先歩んでいってくれたらそれで良い。
「戻りました」
後輩を先に帰して、自分一人だけで職場へと戻る。
「何だ、名雪一人か?」
相棒である坂崎が見当たらず二人の上司である課長が声を掛けた。
「成果ゼロだったので、先に帰らせました」
先日、夜に起きた事件の目撃情報をとる為に夕方から現場付近に出た二人だったが、今の時代は目撃情報は以前よりとりずらくなった。
今は防犯カメラが中心となる情報化の時代という事なんだろう。
課長は労いの言葉をかけて、これなら奢ってやるとカップラーメンをくれたので、課長と二人でカップラーメンを食べて、残っていた書類仕事を片付ける。
事件が起きて犯人を逮捕出来ても、出来なくても、また犯罪は起こる。
もしも貴方が被害者となり、加害者ファーストと揶揄されるこの国で、加害者が逮捕さえされなかったら?
逮捕されたけども、自分が受けた被害と比較して軽すぎる刑だったら?
貴方はそれが今の法律の限界だと全てを受け入れる事が出来ますか?
被害者や、被害者家族達の間で噂になっている事があった。
もしも加害者に対して復讐をしたければ、復讐代行人と呼ばれる存在がいる事。
復讐代行人に頼めば、加害者の居住地等の情報提供、復讐プランの相談、復讐の執行、又は補佐、ありとあらゆる復讐を実現する為の手伝いをしてくれるというのだ。
復讐代行人が実在するのかは都市伝説レベルの話ではあるが、今夜復讐を試みる一人の女性がいた。
彼女は車のハンドルを強く握りしめて、その時を待った。
この日をずっとずっとずっと待っていた。
心の何処かでこの日がこなければ良いと願いながら、一方でこの日を待ち侘びながら彼女は今日という日を待った。今日が良かったのだ。
喉は異常に乾き、この車内という空間、復讐のタイミングをはかる緊張感に、心拍数も体験した事がない程に上昇していた。
そんな緊張も知らずに、一台の車が彼女の近くの道路を通った。
彼女のスマートフォンにあるアプリからの通知でその車が復讐相手である事に確信を持った彼女は一度唾を飲み込んでから、車を発進させた。
彼女に見える信号は青色、スピードは法定速度内。
しかし反対側からくる車は信号無視、スピードも目視で分かる程の速度違反のまま彼女に向ってきた。
彼女は眼を閉じた。
あの日は目覚めたけれど、もう次に目覚める事はないかもしれない。
それでも良かった。あの男を道連れに出来るのなら、それでもう何も悔いはない。
本当は言いたかった事が沢山あったけれども、もう疲れていたから、それでも良かった。
そう思ってしまう程に長い日々だった。
幸か不幸か、彼女の意識はすぐに目覚めた。
車を降りると、衝突した道路ではなく車二台積めるトラック内だと理解した。
目の前には自分以外の車がある。車内にいる男は頭から血を流しているようだが、死んではいない様子だった。
ロックがかかってない車のドアを開けると、男の瞳孔が開いた。
ぼんやりと彼女を見ると、うわ言のように助けてくれ。と言った。
赤信号を無視して猛スピードで走って、車にぶつかってきたくせに命ごいをする。
相手がどうなったのかなんて気にもとめてないのか。
事故の衝撃で思考回路が弱っているのか。
「私の事を覚えてる?」
どうにかそれだけ口から絞り出した。
救護に来た人だと思われている現状に腸が煮えくりそうになりながら、それだけ捻りだした。
男は顔を上げて、女性を見たが、特に覚えがないようで困惑していた。
「小和瀬 希。この名前に聞き覚えは?」
今、ナイフや包丁を手にしていたらすぐに振りかざしていたであろう気持ちを押し殺して、自分の名を告げた。
「10年前あんたが、無免許、飲酒運転、信号無視、スピード違反をして事故を起こした時の被害者よ!!」
生きてきてこんなに言葉を発するのが辛いなんて想像していなかった。
10年分の恨みが言葉の一つ一つに呪いでもかけられてるようだ。
そんな呪いも痛みも加害者である相手にいくべきなのに、結局被害者だけが傷つくし、何もかも失う。
「あんたが交通ルールを一つでも守っていたらあんな事故は起きなかった…」
初めて、小説家になろうに投稿します。
ネトコンにも参加予定です。読んで頂いたり反応頂けると嬉しいです。
復讐がテーマではありますが、復讐そのものよりも、加害者ファーストではなく被害者ファーストであって欲しいと思う事が増えて書いた話になります。重たいテーマにはなりますが、読んで頂けたら幸いです。




