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第4話「笑顔の侵入者」

撮影日時:2024年3月22日

位置情報:東京都××区 ▽レストラン


春樹が消えて三日が経った。


警察の捜索は続いているが、手がかりはない。

公園で見つかったスマホは証拠品として押収された——


でも、あの動画は残っていなかった。

警察が確認した時には、ただの故障したスマホでしかなかった。


僕ら三人は、ファミレスの隅の席で向かい合っていた。


「なあ」

田島が口を開く。


「春樹のために、何かしてやりたい」


「何かって?」


「最後の、集合写真を撮ろう」


山下と僕は顔を見合わせた。


「正気か? 今、写真なんか——」


「分かってる。でも、このままじゃ春樹は本当に消えちまう」

田島の目が赤い。泣いていたのかもしれない。


「写真に残そうよ。俺たち四人で過ごした時間を。春樹がいたって証拠を」


その言葉に、僕は何も言えなくなった。

確かに——春樹の痕跡は、どんどん曖昧になっている。


クラス名簿から名前が消えたわけじゃない。

SNSのアカウントも残っている。でも、何か大切なものが欠けていく感覚がある。


記憶が、少しずつ剥がれ落ちていく。


「分かった」

山下が頷く。


「俺も賛成。やろう」

僕も、ゆっくりと頷いた。


「じゃあ、どこで撮る?」


「もちろん、あの公園だ」

田島が即答する。


「春樹が最後にいた場所。そこで、四人の写真を撮ろう」




撮影日時:2024年3月23日

位置情報:東京都××区 △公園


土曜日の午後、公園は人で賑わっていた。

家族連れ、カップル、犬の散歩——平和な日常。


でも僕らには、全てが薄膜を通して見ているように感じられた。


あのベンチの近くには近づかず、少し離れた広場に向かう。


春が近づき、桜の蕾が膨らみ始めている。


「ここにしよう」

田島が場所を決める。背景に大きな欅の木がある場所。


「誰が撮る?」


「俺が撮るよ」

僕が手を挙げた。いつものように。


「ダメだ」

山下が首を横に振る。


「今回は総悟も入れ。四人揃った写真にしないと」


「でも、誰が——」


「タイマーで撮ろう。スマホ立てかけて」


田島がベンチを見つけ、スマホを立てかける位置を調整する。


十秒タイマー。

三人が並ぶ。真ん中に、空いたスペース——春樹がいたはずの場所。


タイマーが作動する。

カウントダウンの音。


その時、僕は気づいた。周りの空気が、変わった。

温度が下がったような、いや、何かの気配——。


四人目がいる。

確かに、そこに誰かがいる。

でもそれは春樹じゃない。


シャッター音が鳴った。




撮影された写真を確認する。

田島と山下と僕。三人が並んで立っている。


そして——。

真ん中の空いたスペースに、黒い人影。


 

いや、もう輪郭だけじゃない。

はっきりと人の形をしている。


僕らと同じくらいの背丈。僕らと同じように、カメラに向かって——。


 笑っている。

のっぺらぼうの顔に、白い口だけが浮かんでいる。

満面の笑みで、手を振っている。


「嘘だろ……」

田島の声が震える。


「何も見えなかったのに……」


撮影中、確かに誰もいなかった。

でも写真には、四人目が写っている。


山下がスマホを拡大する。

影の顔を、アップにする。


そして——。


「これ……」

山下の指が震える。


「総悟に、似てないか?」


心臓が凍りついた。

確かに、似ている。


のっぺらぼうの顔の輪郭が、僕の顔の形に近い。


目の位置、鼻の高さ、口の形——。

まるで、僕の顔をトレースして、色だけ塗りつぶしたような——。


「違う」

僕は首を振る。


「これは、春樹だ。春樹の代わりに——」


「でも、総悟——」


田島が別の写真を取り出す。昨日、一人で撮った自撮り写真。

その背景に写り込んでいる影と、今の写真の影を並べる。


同じだ。

顔の輪郭が、僕に似ている。


いつから——?

いつから、影は僕の顔になったんだ?


最初は違った。のっぺらぼうだった。


 でも、気づけば——。


「もう一回撮ろう」

山下が言う。


「今度は、ちゃんと四人で」


「四人? 春樹はもう——」


「違う。そいつを、ちゃんと入れて撮ろう」

山下の目が、何かを決意した色をしている。


「無視しても消えないなら、認めてやろうぜ。そうすれば、何か分かるかもしれない」



撮影日時:2024年3月23日 15:52

位置情報:東京都××区 △公園


 二度目の撮影。


今度は通りすがりの人に頼んで、シャッターを押してもらった。

三人が並ぶ。真ん中のスペースを、意識的に空ける。


「はい、チーズ」

シャッター音。


撮影してくれた人がスマホを返す。


「あれ? 四人で撮るんじゃなかったんですか?」


「え?」


「ほら、四人写ってますよ。いい写真ですね」

その人は笑顔で去っていった。


その言葉に僕らは凍りついた。


写真を確認する。四人。


田島、山下、僕——そして、真ん中に黒い影。


今度は、もっとはっきり写っている。

顔の造形が、細部まで見える。


僕の顔だ。

完全に、僕の顔をコピーしている。


 でも表情が——。


満面の笑みで、ピースサインをしている。

僕は、そんなポーズを取っていない。


「総悟……お前、今笑ってたか?」


「笑ってない」


「じゃあ、これは——」


田島が、別の角度から僕を見る。

まるで、僕が影なんじゃないかと疑うような目で。


「待て。俺は俺だ」


「それは、どうやって証明する?」

山下が一歩、後ずさる。


「お前が本物の総悟だって、どうやって——」


「二人とも、落ち着け!」

僕は叫んだ。


でも——自分でも分からなくなってくる。

僕は本当に、今田総悟なのか?


写真に写らない人間だった僕が、今ここにいることを、どうやって証明する?


その時、スマホの画面が勝手に動いた。

写真がズームされる。

影の顔がアップになる。


そして——。


画面の中で、影がウィンクした。

僕だけに向かって。


田島も山下も気づいていない。


影は、僕だけに反応している。


口が動く。

音は聞こえないが、唇の動きで分かる。


『——まもなく——』


 画面が暗転した。


---


撮影日時:2024年3月23日

位置情報:東京都××区 今田総悟宅前


家に戻る途中、田島と山下は無言だった。

僕を見る目が、どこか疑わしげだ。


いや、違う。怯えている。

僕を——いや、僕の中にいる何かを、恐れている。


「じゃあ、また明日」

玄関前で別れる。


二人は足早に去っていった。

振り返ることもなく。


僕は一人、家に入った。


部屋に戻り、スマホを確認する。


今日撮った集合写真。

四人の笑顔。


でも、よく見ると——。

田島と山下の表情が、どこか引きつっている。


笑顔のはずなのに、目が笑っていない。怯えている。


そして影——僕の顔をした影だけが、心から楽しそうに笑っている。


ギャラリーを遡る。

過去の写真、全てで影が僕の顔になっている。


いつからだ?


あの時はのっぺらぼうだった。

でも今見ると、全部——最初から、僕の顔だ。


記憶が書き換わっている?


いや、もしかして——。

本当は最初から、僕の顔だったんじゃないのか?


僕が気づかなかっただけで。


LINEの通知。田島からだ。


『総悟、本当にお前なのか?』


返信しようとして、指が止まる。


何と答えればいい?


『俺だよ』

送信する。


既読がつく。返信が来ない。


代わりに、山下からメッセージ。


『もう会えない。ごめん』


なぜか山下にブロックされた。

田島も僕をブロックした。


ついに僕は一人になった。


部屋の隅に、フィルムカメラが置いてある。

ファインダーが、こちらを向いている。


まるで、レンズが目のように——。

じっと、僕を見つめている。


鏡を見る。

そこに映っているのは、確かに僕の顔だ。


でも——。

鏡の中の僕が、笑っている。

僕は笑っていないのに。


鏡の中の僕だけが、満面の笑みを浮かべている。


そして——ゆっくりと、手を振った。


スマホのカメラを起動する。

鏡を撮影する。


画面の中——鏡に映った僕の後ろに、もう一人の僕が立っている。


黒い輪郭の、僕。

肩に手を置いて、耳元に囁くように顔を近づけている。


肉眼では見えない。

スマホ越しにしか見えない。


でも、確かにそこにいる。ずっと、そばにいた。

写真を撮るたびに、少しずつ僕に近づいていた。


そして今——。画面の中の影が、こちらを向いた。

僕と全く同じ顔で、笑いかけてくる。


口が動く。


『——もうすぐ——』


スマホの電源が落ちた。

部屋が暗闇に包まれる。


窓の外、街灯の光。その下に、人影が三つ。


田島、山下——そして、春樹。

三人とも、黒い影になって、こちらを見上げている。


僕を——いや、僕の中の何かを、待っている。


背後で、フィルムカメラのシャッターが切られた。

誰も触れていないのに。


カシャ、カシャ、カシャ——。

連続して、何度も何度も。


まるで僕を、記録し続けるように。

存在を、固定するように。


写真の中に、閉じ込めるように——。


第4話 終

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