第3話「取り込まれた友人」
撮影日時:2024年3月20日 07:15
位置情報:東京都世田谷区
朝、春樹に電話をかけた。
コール音は鳴るが、誰も出ない。
LINEを送っても既読がつかない。
昨夜の大量の写真は、履歴から消えていた。
いや——消えたんじゃない。最初からなかったことになっている。
トーク画面には、昨日の昼間のやり取りが最後。
『明日、みんなで集まろう』のメッセージで途切れている。
おかしい。確かに夜中に写真が送られてきた。
あの真っ暗な写真、歪んだ春樹の顔——。
でも…証拠がない。
震える手で、スマホのギャラリーを開く。
スクリーンショットを撮ったはずだ。
ない。どこにもない。
本当に、僕の夢だったのか?
いや、違う。春樹の最後のメッセージ——『ありがとう』の文字は、確かに見た。
インターホンが鳴った。
ドアを開けるとそこにいたのは田島と山下だった。
二人とも、深刻な表情をしている。
「総悟、春樹と連絡取れる?」
「取れない。昨日の夜から」
「やっぱり……」
山下が不安そうに呟く。
「今朝、春樹の母親から連絡があった。昨夜から帰ってないらしい」
頭が真っ白になった。
「警察には?」
「もう届けを出したらしい。でも、事件性がないから本格的な捜索はまだだって」
田島がスマホを取り出す。
「最後に春樹とやり取りしたの、いつ?」
「昨日の夕方。家から帰る時」
「俺たちもそう。でもさ——」
田島が画面を見せた。
春樹とのLINEトーク。最後のメッセージは、昨夜の午前二時。
『公園に来い』
場所は添付されていない。でも、恐らくあの公園のことだろう。
「これ、見た時には既に朝だった。気づかなくて」
「俺も同じメッセージが来てた」
山下も画面を見せる。田島と全く同じ内容だ。
「でも、総悟には来てないのか?」
「ああ。俺には——」
言いかけて、口をつぐんだ。
僕にも来ていた。大量の写真とともに。
でも、それは消えているし、説明も難しいだろう。
「とにかく、代々木公園に行こう。もしかしたら春樹が——」
田島の言葉に、僕らは頷いた。
撮影日時:2024年3月20日 09:43
位置情報:東京都××区 △公園
公園は平日の午前中で人が少ない。
僕らは春樹を探して園内を歩き回った。
でも、どこにもいない。
公園の管理事務所で尋ねても、「それらしい人は見ていない」との返答。
諦めかけた時、田島が叫んだ。
「あった!」
木立の陰、ベンチの下に、春樹のスマホが落ちていた。
拾って確かめると画面は割れ、電源も入らない。
でも確かに春樹のものだ。
「これ、警察に——」
山下が手を伸ばした瞬間、スマホが振動した。
壊れているはずなのに。
画面が点灯する。
ひび割れた液晶に、動画の再生画面が表示された。
自動的に再生が始まる。
---
【動画記録】
撮影日時:2024年3月20日 02:13
動画時間:37秒
画面は暗い。街灯の光がわずかに届く、夜の公園。
カメラは地面すれすれの位置。恐らく、ベンチの下に置かれている。
足音。
誰かが近づいてくる。
春樹の声。
「……誰だ? 誰かいるのか?」
怯えた声。
カメラの前を、春樹の足が横切る。
彼は何かを探すように、辺りを見回しているようだ。
「返事をしてくれ! 総悟か? 田島?」
沈黙。
風が木々を揺らす音だけが聞こえる。
そして——。
春樹の背後、木立の影から、何かが現れる。
黒い人影。
輪郭だけの存在。
それは音もなく、春樹に近づく。
「……っ!」
春樹が気配に気づいて振り返る。
カメラには映らないが、彼の悲鳴が聞こえた。
「やめろ! 来るな! 来るなっ——!」
もがく音。
スマホが地面に落ちる音。
カメラの角度が変わり、横倒しになった視界に、春樹の足が映る。
春樹の身体が引きずられていく。
木立の奥へ。闇の中へ。
そして——。
黒い人影が、カメラの前にしゃがみ込む。
のっぺらぼうの顔が、レンズを覗き込む。
口だけが白く浮かび上がり、ゆっくりと開く。
声はない。
でも、は動いていて、何かを話しているようだった。
『——みつけた——』
そこで動画は終わった。
三人とも、声が出なかった。
山下がスマホを取り落とす。割れた画面が、もう一度点灯した。
ギャラリーが開かれる。
大量の写真が表示される。
全て昨夜撮影されたもの。
最初の数枚は真っ暗。
次第に、街灯の光が映り込み始める。
公園の風景。木々。ベンチ。
そして——。
春樹の顔のアップ。
でも、表情が写真ごとに変わっていく。
困惑、恐怖、絶望、諦め——。
最後の写真。
春樹の顔の輪郭が、黒く滲んでいる。
まるで、影に侵食されるように。
そして背景——木立の奥に、複数の人影が写っている。
全員、こちらを向いて、じっと立っている。
その中の一人が、春樹に似ているように見えた。
いや、春樹だ。
でも顔が歪み、表情が凍りついている。
僕は思わず後ずさった。
「嘘だ……嘘だろ……」
田島が震える声で言う。
「春樹は、あの中に——」
その時、僕のスマホが震えた。
画面を開くと着信。
発信者は、春樹。
三人で顔を見合わせる。
恐る恐る、通話ボタンを押す。
「もしもし? 春樹?」
聞こえるのはノイズだけだった。
ザアザアという砂嵐のような音。
その中に、かすかな声。
『——そう——』
「春樹! どこにいる!?」
『——た——けて——』
「聞こえない! もっとはっきり——」
ノイズが止んだ。
そして——。
別の声。
低く、歪んだ、人間のものとは思えない声。
『彼はもう、こちら側です』
通話が切れた。
僕らは凍りついた。
山下が叫ぶ。
「帰ろう! ここにいちゃダメだ!」
三人で走り出す。
公園の出口へ向かって。
でも——。
走りながら、僕は気づいてしまった。
樹木の影、ベンチの後ろ、管理棟の窓。
至る所に、黒い人影が立っている。
全員、僕らを見つめている。
そして、その中の一つが——春樹の輪郭をしていたように見えた。
撮影日時:2024年3月20日 16:22
位置情報:東京都××区
家に戻り、三人で春樹との写真を見返した。
修学旅行の写真。文化祭の写真。去年の夏の写真。
その全てが——春樹の表情が、恐怖の顔に歪んでいる。
笑顔のはずが、引きつっている。
楽しそうなはずが、怯えている。
そして背景の影が、確実に春樹の体に触れている。
肩に手を置き、背中に寄り添い、耳元に囁くように——。
「これ、いつからこうなってたんだ……」
田島の声が震える。
「分からない。でも、春樹はずっと——」
言葉が続かない。
その時、山下のスマホが鳴った。
メールの受信通知だった。
差出人は不明。
件名:『思い出』
本文はなく、添付ファイルが一つ。
画像ファイル。
それを恐る恐る開く。
公園で撮った、あの集合写真だ。
田島と山下と春樹。
でも——。
春樹の姿が、透けている。
輪郭だけが薄く残り、中身が消えかかっている。
そして彼の表情は、こちらを見つめて——。
助けを求めている。
いや、違う。
よく見ると、春樹の口が動いている。
何かを言っている。
『——にげろ——』
画面が暗転した。
三人のスマホが、同時に通知音を鳴らす。
LINE、メール、着信——。
全ての送信元は春樹からだった。
でも開くと、全て同じメッセージ。
『次は誰ですか』
その瞬間、部屋の隅に置いてあったフィルムカメラのシャッターが、勝手に切られた。
カシャ、と乾いた音。
僕らは息を呑んで、カメラを見つめた。
ファインダーの奥に、何かが蠢いている気がした。
黒い影が、レンズの中から、こちらを覗いている——。
田島が立ち上がる。
「もう、ダメだ。逃げよう。このカメラを捨てて、全部忘れて——」
「無駄だよ」
僕は呟いた。
「もう、写真の中だけじゃない。俺たちの記憶にも、影は入り込んでる」
山下が、震えながら自分のスマホを見つめる。
ギャラリーに並ぶ、無数の写真。その全てに、影が写っている。
そして——一枚の写真で、山下が気づいた。
「これ……俺、こんな写真撮ってないぞ」
画面には、僕ら三人が写っている。
誰が撮ったのか分からない写真。
僕らの後ろに、春樹がいる。
でも、彼の姿は黒い影に変わっている。
そして——その横に、もう一つの影。
今度は、はっきりと顔が見える。
のっぺらぼうの、黒い顔。
でも——目の部分に、光が灯っている。
カメラを、僕らを、見つめている。
笑っている。
その夜、田島と山下は帰らなかった。
三人で、明かりをつけたまま、朝を待った。
でも——窓の外、街灯の下に、黒い人影が立っているのが見えた。
春樹の輪郭をした、影が。
ずっと、こちらを見つめていた。
第3話 終




