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第2話 「増殖する記憶」

撮影日時:2024年3月19日 08:23

位置情報:東京都××区


朝、目が覚めると、スマホの充電が切れていた。


寝る前は確かに八十パーセント以上あったはずなのに

コンセントに繋ぎ、起動を待つ。画面が点灯する。


ロック画面の壁紙は、昨夜のまま。風景写真の隅に、黒い人影。


あれは幻覚じゃなかった。


僕は急いで壁紙を変更しようとしたが、指が震えてうまくタップできない。

深呼吸して、別の写真を選択する。


去年の夏に撮った海の写真。


設定完了。

ホッとした瞬間、通知音が鳴った。


写真を登校したアプリからだ。

昨日アップした公園の写真に、コメントがついている。


見知らぬアカウントから。


『後ろの人誰ですか?』


投稿を確認する。

田島と山下のツーショット。僕がスマホで撮影してアップしたものだ。


背景には木々と青空。


でも、よく見ると——木々の隙間に、見覚えのある黒い人影の輪郭が浮かんでいる。


昨日アップした時には、確かになかった。


震える指で写真を拡大する。

人影は不鮮明だが、確かにこちらを向いている。


コメントを削除しようとしたが、既にアカウントごと消えていた。


投稿も削除する。

でも、スマホのギャラリーから写真を開くと、人影はまだそこにいた。


撮影日時:不明

位置情報:東京都××区


学校に行く気になれず、午前中は部屋に引きこもった。

スマホのギャラリーを開く。恐る恐る、過去の写真を遡る。


先月撮影した駅前の写真——人影が写っている。

人混みの中、一人だけ動きを止めて、カメラを見つめている。


二ヶ月前、初詣の写真——鳥居の影に、黒い輪郭。

三ヶ月前——。


写真の全部だ。

撮影時には気づかなかった。

でも今見返すと、全ての写真に人影が写り込んでいる。


遠くに小さく、あるいは物陰に隠れて。

でも確実に、そこにいる。


スマホを放り出した。


これは何なんだ。

写真が勝手に変わるなんて、ありえない。


でも——なぜか僕の記憶も、曖昧になっている。


本当に、撮影時には写っていなかったのか?

僕が気づかなかっただけで、最初から写っていたんじゃないのか?


混乱する頭で、過去のアルバムを漁る。

高校の卒業式。クラスの集合写真。


最後列の端、ぼんやりと黒い影が——いや、これは照明の加減だろう。


文化祭の写真。教室の窓際に——。

修学旅行。京都の寺の境内で——。


全部だ。

過去すべての写真に、あの人影が侵食している。


その事実に気づいた瞬間、僕の手元のスマホが震える。

春樹からの電話だ。


「総悟、今家にいるか?」


「ああ」


「今から行く。話したいことがある」

それだけ言うと、通話はプツリと切れた。



撮影日時:2024年3月19日 14:36

位置情報:東京都世田谷区


三十分後、春樹がやってきた。

いつもの明るい表情はなく、どこか疲れた顔をしている。


「なあ、総悟。あのカメラのこと、もっと詳しく聞かせてくれないか」


「どうした?」


「昨日の夜から、変な夢ばっかり見るんだ」


春樹はソファに座り、顔を覆った。


「写真の中に閉じ込められる夢。

真っ暗な場所で、シャッター音だけが響いて——」


「春樹」


「それでさ、今朝スマホ見たら、おかしなことになってて」


彼はスマホを取り出し、僕に見せた。

ギャラリーに並ぶサムネイル。どれも真っ黒だ。


「全部こう。昨日までは普通に写ってたのに。でもタップすると——」


一枚を開く。

真っ黒な画面の中央に、白い文字。


『見ていますよ』


別の写真を開く。


『あなたも、見られていますよ』


また別の写真。


『カメラの向こうから』


僕の背筋に悪寒が走る。


「これっていつから?」


「今朝起きたら。全部書き換わってた。写真だけじゃない、LINEのトーク履歴も変だし——」


 春樹の指が震えている。


「総悟、俺、怖いんだ。何が起きてるのか分からない」


その時、春樹のスマホが勝手に起動した。

カメラアプリが立ち上がり、インカメラが僕らを映し出す。


画面の中に、僕と春樹。

そして——僕らの間に、黒い人影。


春樹は気づいていないようだった。

画面を見つめているのに、影の存在に気づいていない。

まるで最初から見えていないかのように。


「おい、春樹!」


「え? 何?」


「画面、見ろ! 俺たちの間に——」


春樹が画面を凝視する。


「何もいないぞ?」


でも画面の中で、影ははっきりと動いている。

ゆっくりと、春樹の方へ手を伸ばす。


その指が、春樹の肩に——。


「やめろ!」


僕は春樹のスマホを叩き落とした。


床に落ちたスマホから、シャッター音が連続で鳴り響く。

 カシャカシャカシャカシャ——。


春樹が拾い上げると、音は止んだ。


「何すんだよ!」


「すまん、でも——」


何も言葉が出なかった。


春樹がギャラリーを開く。

先ほど連写された写真が並んでいる。


全て、春樹の顔のアップ。


でも表情が、一枚ごとに歪んでいた。

笑顔から、困惑、恐怖、絶望——。


そして最後の一枚は、春樹の顔の半分が、黒い影に覆われていた。


「嘘だろ……」

春樹の声が震える。


「俺、こんな顔してないぞ。なんでこんな——」


スマホの画面が突如暗くなった。

ボタンを押しても画面に触れても反応がない。


部屋に、重苦しい静寂が降りる。


その時、僕のスマホが震えた。


画面に映る通知を見る。

見知らぬ番号からのメッセージだった。


『次は誰でしょう』


添付された画像を開く。


あの公園で撮った、三人の集合写真。

田島と山下と春樹。


でも——春樹の輪郭が、薄くなっている。

透けて、背景の木々が透過して見える。

春樹の顔は、恐怖に歪んでいる。


そして三人の背後に、黒い人影がはっきりと写っている。


今度は顔も見えた。それはのっぺらぼうの、真っ黒な顔。

その真っ黒な顔に真っ白な口だけが気味悪く浮かんでいた。



撮影日時:2024年3月19日 22:47

位置情報:東京都××区


春樹は結局、夕方まで僕の家にいた。

帰り際、彼は言った。


「明日、みんなで集まろう。田島と山下にも話して、一緒に考えよう」


「ああ」


「なんとかなるよ。絶対」


無理に笑う春樹を見送った。


その夜。

午前二時過ぎ、スマホの通知音で目が覚めた。


春樹からのLINE。でも、文章のメッセージではなかった。


写真だけが、次々と送られてくる。

全て真っ暗な写真。


十枚、二十枚、三十枚——。

春樹からの送信が止まらない。


何かあったのかと思い電話をかけたが、繋がらない。


送られてくる写真を一枚開く。

真っ暗な中に、春樹の目だけが光っている。


次の写真。

春樹の口が、大きく苦しそうに開いていた。


また次の写真。

春樹の顔の半分が、黒く塗りつぶされている。


次の写真——。

春樹が、こちらに手を伸ばしている。


助けを求めるように。

でも指が、異常に長く歪んでいる。


最後の写真。真っ暗な背景に、白い文字。


『ありがとう』

それでメッセージは止まった。


部屋の隅に置いてあったフィルムカメラから、小さなシャッター音が聞こえた気がした。誰も触れていないのに。


僕は布団に潜り込み、朝が来るまで震えていた。

スマホの画面には、春樹から送られてきた大量の写真。



そのサムネイルが、真っ暗な画面の中で、まるで瞬きをするように明滅していた。


第2話 終

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