第1話「見つめ返すもの」
撮影日時:2024年3月15日 15:42
場所:東京都××区 ××公園
僕は写真を撮るのが好きだ。でも、自分が写るのは嫌いだった。
春休み初日、友人の中村春樹が古いフィルムカメラを持ってきた。
「総悟、これお前にやるよ。どうせ俺は使わないし」
有名メーカーの一眼レフ。傷だらけのボディが、長年の使用を物語っている。
「いいのか? 結構いいやつだろ、これ」
「親父の知り合いから貰ったんだけどさ。前の持ち主?詳しくは知らないけど、急にいなくなったらしいくてさ…俺は使わないからやるよ!」
春樹は軽く笑った。
僕はカメラを受け取り、ファインダーを覗いた。
クリアな視界。シャッターを切る感触が心地いい。
「じゃあありがたく…どっかで試し撮りしようぜ」
春樹と、もう二人の友人——田島と山下を誘って、近所の公園へ向かった。
桜にはまだ早い。
人もまばらな園内で、僕らは適当に写真を撮り合った。
正確には、僕が三人を撮った。
「総悟も入れよ」と田島が言ったが、僕は首を横に振った。
「いや、俺は撮る方がいいから」
いつもの返事。三人は慣れた様子で笑った。
一通り撮影を終え、写真屋で現像したのは三日後だった。
撮影日時:2024年3月18日 20:15
場所:東京都××区
受け取った写真を自室で広げる。
まず目についたのは、春樹が笑っている一枚。
背景には木立と、遠くに見える管理棟。
良い写真だ。そう思って次の写真を手に取る。
田島と山下のツーショット。二人の後ろ、木々の間に——人影?
よく見ると、黒い服を着た人物が立っている。
距離は十メートルほど先だろうか。
顔ははっきり映っていないが、こちらを向いているように見える。
通行人が写り込んだだけだろう。そう思って三枚目を見た。
春樹の全身を撮った写真。背景の人影が、明らかに不審に近づいている。
何かがおかしい。
慌てて最初の写真を見返す。確かに人影は遠くにいる。
二枚目で少し近づき、三枚目でさらに接近している。
でも、撮影したのは連続した時間だ。一枚につき数秒程度のインターバル。
その間に、あんなに距離を詰められるだろうか。
しかも、三枚とも同じ服装、同じ姿勢。
腕を体の脇に垂らし、微動だにせず立っている。
それに気付いた瞬間、一気に背筋が冷たくなった。
四枚目の写真を取り、確認する。
三人の集合写真。僕が少し離れた位置から撮ったものだ。
背景の人影は、もう五メートルほどの距離まで迫っている。
そして——。
最後の一枚。春樹がピースサインをしている写真。
人影は、春樹のすぐ背後にいた。
春樹のことを見ている?いや、違う。
目線の先は、カメラだ。
春樹を無視して、レンズを、僕を見つめている。
首を傾げるような不自然な角度で、黒い輪郭だけのそこだけ抜き取ったような顔が、こちらを見つめている。
震える手でスマホを取り出し、春樹に電話をかける。
「もしもし? どうした総悟」
「あの、公園で撮った写真なんだけど」
「ああ、現像できた? よく撮れてた?」
「それが……背景に変な人が写ってて」
「はあ? 変な人?」
「黒い服着た人。ずっと同じ位置にいて、最後の写真だとお前の後ろに——」
「総悟、大丈夫か?そんな人、あの日はいなかったぞ」
電話口の春樹は、心底不思議そうだった。
「写真送るから見てくれ」
「おう」
スマホのカメラで写真を撮影し、春樹に送信する。
既読がつくのち、しばらく沈黙。
「……なあ、総悟」
「ああ」
「この写真、加工とかしてないよな?」
「してない。現像したまんまだ」
「でも…お前の言う変な人って、誰もいないぞ。何回見ても木しか写ってない」
そんなはずはない。俺はこの目で何度も見た。
パニックになるように頭が真っ白になった。
「嘘だろ。明らかに人が——」
「疲れてんじゃないの?今日は早く寝ろよ」
春樹は心配そうな声で言って、電話を切った。
僕は再び写真を手に取った。
何度見ても人影は、確かにそこにいる。
黒い輪郭。判別できない顔。そこだけ切り取ったかのような真っ黒の顔。
でも、春樹には見えていないらしい。
色々な事を考えているうちに、スマホがおかしかったのではないのかと考えた。
すぐにスマホの画面を確認する。送信した写真データを開く。
背景には木々と管理棟。春樹の笑顔。
そこにいる人影は…消えていた。
写真には最初からいなかった。春樹が見たのは、この「正常な」写真だ。
では、僕の手元にある現像写真は?
もう一度、最後の一枚を凝視する。
人影の輪郭が、微かに揺れているように見えた。
いや、揺れているんじゃない。
近づいている。
写真の中で、人影がゆっくりと、こちらへ——。
慌てて写真を伏せた。
心臓が激しく鳴っている。
部屋の隅にカメラを置いた。もう二度と使うまいと思った。
その夜は怖くて眠れなかった。
ベッドに横になっても、まぶたの裏にあの人影がちらつく。
午前三時。
枕元に置いていたスマホが光る。
LINEの通知。春樹からだ。
『そういえば、あのカメラ、前の持ち主の名前も顔も思い出せないんだよな』
『なんでだろ?』
返信しようとして、指が止まった。
春樹のアイコン写真。
いつもの笑顔の自撮り。
しかしよく見ると、背景の壁に——黒い影が、薄く映り込んでいる。
拡大しようとした瞬間、急に画面が暗くなりスマホの電源が落ちた。
何故だろう、バッテリーは十分にあるはずなのに。
再起動をする。
ロック画面に表示される時刻は、午前三時三分。
壁紙に設定していた風景写真の隅に、見覚えのある黒い人影が写っていた。
こちらを見つめて、じっと動かずに。
第1話 終




