祖父のヨット1
「こんな小さなヨットだったのか……」
霞ヶ浦湖畔のマリーナで、船台に載せられている祖父のヨットを見上げながら健司は思った。夢の中に出てくるのはもっと大きな豪華ヨットだ。健司がこのヨットを最後に見たのは健司が小学一年生のとき。小学一年生の子供の目には大きな豪華ヨットに見えていたのだろう。
実際には、祖父のヨットの長さは二十一フィート(約六.三メートル)。陸上なら大型乗用車よりさらに一メートルも大きいが、水の上に出ればほんの小舟と言ってよい。高校生になった健司の目からだと、もう大きくも豪華にも見えない。周りに並んでいるヨットの中でも一番小さいくらいだ。
「源次郎さん、入院してからもよく僕宛にメール送ってきてたよ。絶対またヨット乗るんだって書いて」
祖父のヨットを眺めていた健司は、後ろから声をかけられて振り返った。そんなに背は高くないがガッシリした身体、真っ黒に日焼けした顔の中年男性が、健司に向かって歩いてくる。マリーナのハーバーマスター、磯山だ。磯山は健司と並んで立つと、一緒に祖父のヨットを見上げた。
磯山とはさっき、健司が事務所に挨拶しに行ったときに会っていた。健司がプレハブ造りの事務所を窓から覗くと、中には何か書き物をしている男性が一人いるだけだった。事務所の窓を開けて外から男性に声をかけて名乗ると、その人は少しのあいだ健司の顔を見つめてから「三浦って、ひょっとして源次郎さんのお孫さん?」と訊いてきた。
健司がそうだと答えると
「随分むかしに源次郎さんと一緒に来てた頃の面影があるよ。この度はご愁傷さまでした。都合がつかなくて葬式には行けなかったけど、そのうち線香を上げに行くよ」
と言った。十年前、祖父に連れられて来ていた小さな男の子のことを、磯山は憶えていたのだ。
祖父のヨットを見にきたという用件を健司が伝えると、磯山はマリーナの見取り図を出して祖父のヨットの場所を教えてくれた。それから「この書類が出来たら僕も行くよ」と付け加えた。
「メールにはそんな危ないように書いてなかったから、君のお父さんから連絡もらったときはびっくりしたよ。まあ随分長いこと寝たきりだったんだし、予想できたことなんだろうけど、源次郎さんの弱ってる姿が想像できなくてね」
磯山は続けた。
「健司君、このフネは君が譲り受けたんだって?」
「はい、じいちゃんが僕に贈ると遺言してたんです」
「それで、このフネはどうするんだい?」
「しばらく売りに出してみますが、買い手がつかなければ廃船処分しようと思います」