プロローグ5
六時限目の授業終了のチャイムが鳴った。隣の席で陽菜が急いで教科書やノートを鞄に詰めている。そこへ取り巻き女子の一人が胸に鞄を抱えて走ってきた。
「陽菜! 早く、早く!」
「そんな急がなくても大丈夫だよ」
「みんな待ってるよ!」取り巻き女子は廊下を指さした。
「しょうがない人たちだなあ」陽菜は少し呆れ顔だ。それから健司のほうを向いて言った。
「三浦、お先。また明日ね」
陽菜はそのまま取り巻き女子に腕を引っ張られて廊下に出ていってしまった。
陽菜たちは、朝の話題に出ていた新しくつくばに出来た店に行くらしい。結局なんの店なのか健司には分からずじまいだった。そんなことよりも、いつもなら健司に声など掛けずにさっさと帰る陽菜が今日は挨拶していったのが健司は気になっていた。おそらく健司が陽菜のことを嫌っているわけではないと分かったので、隣人として当たり前の挨拶をしていっただけなのだろう。それ以上深い理由などないのだ、きっと。それでも何かを期待しそうになって、健司は雑念を振り払おうと頭を振りながら教室を後にした。
学校から健司の家の最寄りのバス停まで、渋滞に巻き込まれなくても三十分はかかる。バス停から家までは歩いて十分ほどだ。周りはレンコン畑と分譲住宅が入り混じっている。三浦家は元々レンコン農家だったのだが、祖父の代に畑を宅地として売ってしまった。健司の父はつくばにある大学で学生に社会学を教えている。
祖父は畑を売った金で随分道楽したらしい。そのせいで親類の間での祖父の評判はすこぶる悪い。特に健司の母は「おじいちゃんが無駄遣いしなければウチはお金持ちだったのに……」といつも言っていて、相当うらみに思っているようだ。普通に考えて地主だったら昔からの大きな家に住んでいそうなものだが、健司の家は周りの分譲住宅と変わらない。祖父がどんどん土地も建物も切り売りしてしまったので、残ったわずかの土地に父が住宅ローンを組んで建てた家だ。母が嘆くのもしかたない。
そんな祖父も今ではつくばにある病院で寝たきりになって久しい。家から病院までクルマで行けばすぐなのだが、母は、急ぎで生活用品を差し入れるようにと病院から連絡を受けた場合以外は、病院にまったく行かない。生活用品を届けに行ったときも祖父とは殆ど話をしないそうだ。父は仕事帰りにときどき見舞いに行っているようだ。健司も小学生の頃までは父に連れられてたまに見舞いに行っていたが、中学生になって部活が忙しくなるとそれも無くなった。高校では何も部活には入らなかったが、わざわざ見舞いに行こうと思こともなく、久しく祖父には会っていなかった。