プロローグ2
三浦健司が高校生になってから、もうすぐ一ヶ月になる。学校は土浦市内にあり、卒業生の半分が進学、残りが就職という、ごく普通の高校だ。
正門前でバスを降りた健司は、全速力で校庭を駆け抜け、玄関で上履きに履き替えてそのまま一階の水飲み場に直行した。顔を洗って歯を磨く。最初はバスの時間ぎりぎりまで寝ていられるようにするのが目的だったが、今では学校で歯を磨かないと落ち着かないようになってしまった。やっとすっきりした健司は徐ろに二階の教室に向かった。
健司が教室の入口から自分の席を見ると五人の女子が集まって立っている。スカートは短め、どの子もずいぶん可愛らしい。なにやら楽しげに話している。健司が近づいても見向きもしない。いつものことなので、健司は気にしていない。彼女達は健司の隣の席に座っている有栖陽菜の取り巻き連中なのだ。
陽菜は、母方のおじいさんがイギリス人だかアイルランド人だかなので、顔のつくりが派手でスタイルも良い。加えて話題が豊富で物怖じせず、誰ともすぐに親しくなるという性格もあって、クラスの中だけでなく、学校中で目立っている。休み時間ともなれば陽菜の席にはクラスでも人気者と目されている生徒たちが集まり、陽菜を囲んで存在をアピールするかのように声高に会話して嬌声をあげるのが常だった。もちろん彼女に想いを寄せる男子もいるのだろうが、自分が彼女と釣り合うと自惚れるような愚か者はこのクラスにはいないらしい。少なくともクラス内では彼女に告白して玉砕したというような話題は聞いたことがない。
いつものごとく健司も陽菜の周りの女子を無視して自分の席に座ると、読みかけの文庫本、夏目漱石の『こころ』を鞄の中から取り出して開いた。
健司が読書している横で、女子たちは健司にほとんど理解不能な話題で盛り上がっている。健司は慣れっこなので、無視して本を読み進める。それでも会話の内容が断片的に頭に入ってくる。
なんとかいう男性アイドルグループの新作映画が面白いかどうかの話。
そのグループのメンバーの一人の熱愛報道の話。
つくばに出来た新しい店の評判(なんの店なのか最後まで健司には分からなかった)。
どこぞの学校の誰それがカッコイイこと、その彼女は性格が悪いに決まっていること。
数学教師の服装がいつもダサいこと。
次から次へと話が飛んでいく。少なくとも健司の理解できた範囲で判断するかぎり、どうでもよい話ばかりで、何故あんなに盛り上がることができるのか分からない。たぶん、仲間うちで盛り上がることが大事で、話の内容などどうでもよいのだろう。
やがて健司は本に集中して、彼女たちの会話は耳に入らなくなった。