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湖畔で語らう心

「ソフィア、少し遠出をしないかい?」


 シャーロット宅のお茶会に出席してから数日。ルイスから自宅療養を余儀なくされたソフィアは大人しくベッドの上にいた。少しでも掃除や勉強などをしようとすれば、エミリ―やロザリアから注意を受けてしまうのだ。特にお茶会の一件があってからというもの、エミリ―はソフィアの専属メイドとして日々尽くしてくれている。


 これも全て、ソフィアのために口酸っぱく世話をしてくれるからだとわかってはいたものの、このままベッドの上だけで過ごすとなると逆に体調を崩してしまうかもしれない。

 身体の調子はもう十分良くなった。そう実感した直後に、ルイスからお誘いを受けたのだ。


「もちろんです。どこにお付き添いしましょうか?」

「付き添いじゃなくて……そうだな、デートの申し込みといったところかな」

「で、デートですか……?」


 ソフィアは耳を疑った。そのような申し込みを受けたのは生まれて初めてだ。ルイスは苦笑する。


「とても綺麗な湖があるんだよ。今日は晴れているからボートでのんびりするのもいいんじゃないかと思って」


 湖、ボート。それはチャップマン家にいたころ、カルメンから時々うっとりしたような顔で話しているのを聞いたことがあった。世の中にはそういったデートの時間があるらしい。あくまでも他人事だと思い、自分には訪れることがないとさえ思ってきた。


 それなのにまさか、ルイスから誘われるなんて。とても魅力的な誘いに珍しくソフィアは前のめりになった。


「行きたいです。ぜひご一緒させてください」


 ルイスとソフィアは、穏やかな湖のほとりにたどり着いた。湖面は鏡のように澄み渡り、遠くには緑豊かな山々が連なっている。ルイスは笑顔を浮かべ、ソフィアに手を差し出して小さなボートへと導いた。


「さ、おいで」

「あの……大丈夫でしょうか? 私が乗ってしまうことで転倒してしまうかもしれません」

「それなら問題ないよ。魔術でどうとでもなるからね」


 ルイスはそう言ったものの、内心では魔術など使うつもりはなかった。ソフィアぐらいなら支えることは容易だ。それでも、見えない力のほうが今は信頼しているように思えた。ソフィアはルイスの言葉を信じて足を踏み出す。ボートに乗り込むと、すぐにルイスの胸の中に抱きとめられた。


「少しは僕のことを頼りにしてもらえたかな?」


 ルイスらしい謙虚さに、ソフィアは滅相もないと首を振る。


「いつも助けていただくばかりで……今も、魔術で支えてくださっているのですか?」

「ん? ああ、まあそんなところかな」


 ルイスは曖昧に誤魔化すが、ソフィアは気付かない。それどころか、異性にこうして抱きしめてもらうような状況に戸惑いつつも、逞しい腕やルイスの息遣いに胸の高鳴りを感じていた。

 なんてはしたないことを考えているのだろう。ルイス様はただ、私を支えてくださっているだけだというのに。


「ソフィア?」


 綺麗な瞳が、心配そうにソフィアを覗き込む。


「あっ……なにもありません。あの、ボートに乗るのは初めてで緊張して」

「そうだったのか。操作に自信があるわけではないけれど……ああ、これも魔術でどうにかできる話だね」

「どうにかできるのですか?」

「できないことはないよ」


 ルイスが船のオールを静かに動かし、ボートはゆっくりと湖の中心に向かって進んでいく。もちろん、見えない力は抜きで。周囲の静けさと水の音が心地よく、二人だけの特別な空間を作り出していた。ソフィアは湖面に映る青空を見上げ、微笑みを浮かべた。


「……本当に美しい場所ですね」


 ソフィアは感嘆の声を上げた。その顔には純粋な喜びが広がっている。


「気に入った?」

「もちろんです。まるで夢を見ているみたいで……」


 ソフィアの目は輝いていた。彼女の内気な性格が、この瞬間だけは解放されたかのような表情だ。


「……いつか、君と一緒にこの場所を訪れたいと思っていたんだ」


 ボートは湖の中心に差し掛かり、周囲の風景はますます壮麗になった。湖畔のヴィラが遠くに見え、木々の間から鳥たちが飛び交う。ソフィアはその光景に見とれ、ルイスの言葉に心を温かくした。


「……ルイス様は、本当にお優しいです」


 青空の下にいるせいか、ソフィアの心は開放的だった。普段なら決して口に出せないようなことも、今なら許してもらえるような気がする。


「死にかけていた私を二度も救ってくださいました。……この前のお茶会のことも、全く覚えていないわけではないのです」


 ソフィアは、静かに湖を見つめながら話し始めた。


「ルイス様とシャーロット様がどれだけ私を守ってくださったか、少しずつですが理解しています。本当に感謝しています、それと、ご迷惑をおかけし申し訳ございません」


 あの毒が、シャーロットが用意させていたものだと知ったときには驚いたものの、そうすることでしか人への信頼が見極められない環境にいるのだと思うと気の毒に思えた。そしてあの場所にいないはずのルイスがなぜすぐに駆けつけることができたのか。


 ルイスはシャーロット宅ならば、まだ自分は自由に動けると判断したからだ。魔術が使える人間が存在するとはいえ、それは少数派だ。中には善良なものもいれば、邪悪な魔術師もいるだろう。

 単なるお茶会でさえ油断できない。そこにはルイスの命を虎視眈々と狙う者もいる。だからこそ、シャーロット宅ならば自分を、そしてソフィアを守ることができると思ったのだ。そういうことを後日談としてエライザから聞かされていたソフィアは、お礼ができるタイミングを狙っていた。

 しかし、ルイスからしてみれば、ソフィアから礼を言われるわけにはいかなったのだ。


「……君が感謝してくれるのは嬉しい。けれど、危険に晒してしまった」


 あの場で、真っ先に自分を犠牲にしてしまうほど、ソフィアは自分を大切にすることができない。それは美しいかもしれない。しかしルイスからしてみれば、もう二度とソフィアを失うわけにはいかない。


「あの場には、君の知らない多くの危険が潜んでいた。シャーロットも僕も、その危険を取り除くことができなかったことを反省している」

「そんなことはありません……! 私は……私はもっと強くならなければならないと思います。ルイス様やシャーロット様に頼るだけではなく、自分で自分を守れるように」


 シャーロットに毒を飲ませない作戦は成功したかもしれない。けれど、ほかにいい方法はいくらでもあったはずだ。もっと自分に勇気と学があれば、あの状況は円満に解決できたかもしれないのに。

 そんな自責の念に駆られるソフィアに「そんなことはない」とルイスは囁くように言う。


「君はすでに十分強いよ、ソフィア。あの状況でシャーロットを守ろうとしたことは、誰にでもできることじゃない」

「ルイス様……」


 湖の静けさは二人の会話を包み込み、まるで時間が止まったかのような感覚をもたらしていた。湖畔には色とりどりの花が咲き誇り、山々はその美しさを際立たせている。


「……本当に、強いんだよ。その強さに、僕は救われたことがある」


 ルイスの言葉に、ソフィアは驚いた表情を浮かべた。


「ルイス様、それはどういう……?」


 どれだけ記憶を辿っても、ルイスとの関わりはここ一か月程度のものしかない。その中でルイスを助けたことなど一度だってないはず。むしろ自分は助けてもらってばかりだ。

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