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フレネミー

個室に入るとブリジットは興奮したようにしゃべり続けた。


「まぁぁ、ここが例のお見合い用の個室ね⁉ アネットから話は聞いていたわ。やっぱり素敵ね~。内装は地味だけど、まぁ、上品と言って言えなくもないし。アネット、あんたもここでスティーブと会ったの?」


アネットの顔色は悪い。デザートを目の前にしながらもほとんど食べていない。


「スティーブとは普通の席で相席させてもらったのがきっかけよ。お見合いじゃないわ」

「なんだ~、そうなの? 私もここでお見合いさせてもらおうかしら? イイ男はいる? あたしはこのお兄さんがいいなぁ」


(おいおい冗談じゃない。勘弁してくれ)


食後の紅茶を淹れながらクロードは内心で呆れかえっていた。


ゆかり』ではここまで質の悪い客は今までいなかった。信じられないくらい厚かましい客に初めて遭遇し、クロードはどう対応したらいいのか分からない。


「アネットだったらスティーブなんかよりずっといい男がお似合いよ」

「……スティーブは私にはもったいないくらい素敵な人だったわ」

「なに? 今さら後悔してるの? あたしが聞いた限りだとケチだし器も小さいし、アネットは今まで恋人ができたことないんだから、最初の恋人に決めなくてもいいんじゃないって言ったら『そうだね』って言ってたじゃない? もっと他の男も見てから決めたほうが絶対にいいって!」

「……っ、それはそうだけど……」


アネットが泣きそうな顔で俯いた。


***


「……ちょっと困った客がいまして」


全ての客にデザートを出し終わり、フェリシーは休憩がてらホットチョコレートを飲んでいた。


「あら? アネットさんのお連れの方?」

「ええ。よくお分かりですね」

「まぁ、なんとなく。そういう勘は働くのよ」

「そうでしたね……」

「アネットさんがスティーブさんと別れた理由は何か分かった?」

「うーん、多分ブリジットっていう友達が横から余計なことを言ったんじゃないかと思います。アネットさんは気が弱いし、素直だから彼女の言うことを鵜吞みにしてしまったのかもしれません」

「余計なお節介を焼いたわけね?」

「多分」

「分かったわ。スティーブさんに電話してもらえる? 最後に彼女と話がしたいって言っていたから」

「はい」


クロードは厨房の片隅に置かれた大きな電話器の受話器を持ちあげた。スティーブの電話番号は分かっている。番号をダイヤルすると交換手を呼び出しつないでもらう。


「お嬢さま、三十分くらいで来られるそうです」

「そう。分かったわ」


フェリシーはそう言って立ち上がった。


***


「で? あんたがここのオーナーシェフなの?」

「はい」

「ブリジット、お願いだから失礼がないようにね」

「何言ってんの⁉ あたしたちは客なのよ! わざわざ来てやってるのにどうしてこっちが気を遣わなきゃいけないのよ」


ブリジットは個室の椅子にふんぞり返るように座っている。フェリシーは大きく息を吸いこんだ。


「あなたに客として来てほしいとお願いしたことはありません」

「なんですって⁉」


怒りでブリジットの顔が真っ赤に染まる。


「もう二度と来ないわよ! こんな店! 悪い評判をばらまいてやるから!」

「ええ、問題ありません。あなたのように常に悪口を言っている方が悪い評判をばらまいても信じる人はいないでしょうから」

「うっ……な、ななな」


わなわなと震えるブリジットを宥めるようにアネットが手を握った。


「そもそもどうして料理店で客のほうが偉いと勘違いしている人がいるんでしょう? 料理店は料理を出す。その料理が欲しい客が対価として金銭を払う。その関係はあくまでも対等ではないですか? 嫌なら来なきゃいいんです。店を見下すような客には来てもらわなくても結構です」


相変わらずフェリシーの表情筋は死んでいる。淡々と説明するフェリシーを驚愕の眼差しで見つめるブリジット。


「だって……お客様は神様だって常識じゃない!」

「客を神様扱いする店もあるかもしれませんが、それはその店の方針。ただ、当店は違います。先ほどもローストビーフを無料でおかわりしたいと図々しいことを頼んだそうですね。もう二度と来ないでください」

「なんて酷い店なの! アネット、どうしてこんな店に連れてきたのよ!」

「だってブリジットがどうしても来たいって言ったんじゃない! 私はスティーブが来るかもしれないし嫌だって言ったのに!」


激高するブリジットが手を振り払うと、さすがのアネットも額に青筋を立てて言い返す。


「アネットさんは何故スティーブさんとのお付き合いを止めたんですか? 彼が何かしましたか?」


びくりとアネットの肩が揺れる。


「……いいえ。彼は何も……」


消え入りそうな声で返事をした。


「あんなケチくさいつまらない男なんてやめろって私が言ったのよ! 付き合う前ならともかく付き合ってからも毎回割り勘ってどういうことなの⁉」


フェリシーがはぁっとため息をついた。


「また割り勘……。割り勘ってそんなに大事おおごとですか? そんなにご馳走してほしいならそうお願いすればいいのに」

「だ、だってそんな図々しいことを言ったら嫌われちゃうかも……」


アネットが小さな声で反駁する。


「図々しいことって思っているんですね? 口にも出さない図々しいお願いをきいてほしいって、それはあまりに都合が良すぎませんか?」


ブリジットとアネットの二人が「「うっ」」と言葉に詰まった。


「アネットさんはスティーブさんのことをどう思っていたんですか?」

「……彼はとてもいい人で、頭もいいし、優しいし、立派なお仕事も持っていて……尊敬していました」

「だったら結婚を断った理由はなんだったんですか? 申し分のない人のようですけど」

「そ、それは……ブリジットに彼とのことを話したらいつも『それひどくない?』とか『ここが嫌だな』とか『これはなくない?』とか言われて……。自分では何とも思っていなかったことが気になり始めちゃって……。割り勘だって私は平気だったのに『大切にされてない』とか『好きな女ならおごってあげたくなるはずだ』って言われたから……」

「なにそれ⁉ 人のせいにしないでよ!」

「分かってる! 私が流されやすくて情けなかったって話なの……。スティーブには本当に申し訳ないことをしました。彼に謝らないと……」


とんとん


その時、ノックの音がした。


「どうぞ」


フェリシーが答えると個室の扉が開く。アネットが息をのむ音がした。


「スティーブ⁉」

「やぁ、アネット。久しぶりだね」


疲れきった顔のスティーブが立っていた。

*この世界には電話があります。魔法を使える人は非常に珍しいため動力源は石炭などが使用されています。1800年代のヨーロッパ風の異世界です(#^^#)

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地元に根っこを張っているお店は強い 多少の日照り つまり クレームにさらされたところで 痛くも痒くもないのです 妖精さんはそうやって頑張ってきたのです そうでしょう 妖精フェルシーさん 妖精の騎士 ク…
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