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店の再開

ベルナデットは黙って立ち上がるとフェリシーの隣に座り、そっと彼女の肩に手を回した。ふわりと甘い香りがして姉のベアトリスを思い出す。フェリシーが幼い頃、一番面倒をみてくれたのはベアトリスだ。


そう年の変わらない彼女の腕の中で、フェリシーは何とも言えぬ安心感を覚えた。


「ベルナデット様、ありがとうございます」

「どういたしまして」


その時、フェリシーは大切なことを思い出した。


「……あの、トビーとお母さまのこと、受け入れてくださってありがとうございます」

「全然気になさらないで。侍医を呼んで診ていただいたら命に別状はないそうです。栄養失調と、風邪をこじらせて肺炎を引き起こしていたので薬を投与してもらいました。滋養のあるものを食べてゆっくり休めば大丈夫とお医者様は言っておられましたよ」

「ありがとうございます。ジローさんと妹さんも保護されたのかしら? 娼館に監禁されているらしいのだけど……」

「それも問題ありません。クロードさんがバリエ侯爵にご報告されて、ジローさんと妹さんも無事に保護されました。お二人はお母さまとトビーさんに会いにバール男爵領に向かいましたわ」


(そうか、良かった……)


「ではもう一安心ということですね」

「そうですわ! ですからフェリシー様はゆっくり休んでください。ほら、こうして美味しいお菓子も用意してくださったのですよ」


ベルナデットが嬉しそうに菓子の皿に手を伸ばす。


「身ごもってからついつい食べ過ぎちゃって……。二人分だからって言い訳しちゃうのよね。オレールは私に甘いからどんどん食べさせようとするし」


いろいろ復活したフェリシーの目がキラーンと光る。


「お二人の新婚生活はいかがですか?」

「新婚っていう時期は過ぎちゃったかもしれないけど、とても幸せ。オレールはちょっと過保護かもしれないけど。ふふっ」


(キャー―――――! 後光がさして見える! ポッと頬を染めるベルナデット様のお可愛いこと!)


「素敵ですわね」

「オレールは仕事で遅くなる時に使いの者を出して知らせてくれるんですが、必ず手紙を届けてくれて。それがかなり熱烈な恋文というか。早く会いたいとか、寂しいとか……。そんなふうに感情を露わにする人だと思わなかったから意外でしたわ」

「いいですわね」

「はい。毎日幸せです」


頬を上気させてコクリと頷くベルナデットが可愛くて堪らない。表情筋は死んだままだがフェリシーも嬉しかった。


***


「ベルナデットさんと楽しくお話しできたみたいですね?」


王都に帰る馬車に揺られながらクロードに尋ねられ、フェリシーは顔が緩まないように慎重に「ええ」と返事をした。


ベルナデットの惚気は果てしがなく、フェリシーは心の中で悲鳴をあげつづけた。喜びの悲鳴である。


「お会いできて嬉しかったわ」

「それは良かったです」

ゆかりでお見合いの手配もやっていて良かった、って心から思ったわ」

「そうですね~。俺たち、いろんな縁結びしてきましたよね」

「ベルナデット様、お幸せそうだった」

「そうですね」


少しの沈黙の後、フェリシーは躊躇いつつ口を開いた。


「ねぇ、クロード。私は幸せになるのを拒否しているように見える?」


クロードの動きがぴたりと止まる。しかしすぐに苦笑いを浮かべて頭を掻いた。


「……俺はお嬢さまを幸せにしたい。だから結婚してくれますか?」

「そういう意味じゃないのよ。あなたはまったくいつも茶化してばかりね」


そのまま二人の会話はいつものように流れていった。


***


王都に戻り、二人はすぐに『ゆかり』を開店した。


掃除と消毒の済んだ厨房で、フェリシーは皮つきの鶏肉に溶き卵と片栗粉をまぶして熱い油で揚げていく。


「いい匂い! 今日の定食はなんですか?」

「揚げ鶏よ。ごま油を混ぜているから香りがいいのかもしれないわね」

「いやもう堪らない匂いですよ!」

「じゃあ、今日のまかないはこれにしましょうか? ニンニクが効いた甘辛いタレをかけるのよ」

「ありがとうございます! 楽しみだなぁ!」


ランチの営業が終わり、夕方の開店までの時間に二人は休憩と食事を取る。


「美味い! これめっちゃ好きです。揚げた鳥皮がサクサクパリパリで中の鶏肉はしっとりジューシー! 濃い目のたれもいいですね~。ごはんが進みます~」


クロードが子供のように大きな口を開けて食べているのを見て、フェリシーは嬉しくなった。


「気に入ってもらえて良かったわ」

「……(食べるのに忙しい)」

「ところでバリエ侯爵領の件はどうなるのかしら? クロードは何か聞いている?」

「侯爵閣下が直々に領地経営することになるので、もう大丈夫だろうっていうことくらいしか聞いてないですね」

「私がベルナデット様と話している間、侯爵閣下と何かお話ししたの?」

「ああ、たいした話じゃないですよ。俺達が関わるようになった事情とか、ジローさんがエンゾに渡した金はお嬢さまが貸したもので後ろ暗いものではないとか、そんな感じの話です」

「そう。ありがとう。ジローさんとご家族はこれから大丈夫かしらね?」

「エンゾから金を取り戻したら、ジローさんはお嬢さまに返しに来るかもしれませんね。律儀な人だから」

「そうね。気にしなくてもいいって言っても気にしそうだしね」


などという会話をした数週間後、ジローは本当にゆかりにやってきた。


「お嬢さま! クロードさん、本当にお世話になりました!」


はきはきとお辞儀をするジローの薄灰色の瞳はきらきらと輝いている。


「ご無事で良かったわ。お母さまのお加減はいかが? トビーや妹さんも元気かしら?」

「母は教会できちんと治療してもらい、すっかり良くなりました! トビーも妹も元気ですよ。俺の家族はバリエ侯爵が用意してくれた仮設住宅で暮らしています」

「そう、それは良かったわ」


口調はモノトーンだがフェリシーはちゃんと喜んでいる。ジローはそれを分かっているようで優しい笑みを浮かべてフェリシーを正面から見つめた。


「お嬢さま。全部お嬢さまのおかげです。本当にありがとうございました。お嬢さまからお借りしたお金はエンゾから取り返しましたが、家族の生活費と治療費として置いてきました」

「ええ。問題ないわ」

「ですからグレゴワール伯爵家にお仕えさせていただく所存です!」

「いいの? もしご家族と一緒にいたかったら……」

「いいえ! お嬢さまとグレゴワール伯爵家に御恩を返すのが先決です! どうか今後ともよろしくお願い申し上げます!」

「アリーヌ姉さまには……?」

「はい! これからご挨拶に伺います」


ジローは直角に腰を折り曲げてお辞儀をした後、はにかむように微笑んだ。


「身分違いは承知しておりますが、俺は今でもお嬢さまをお慕い申し上げております!」

「えっ!?」


フェリシーの表情筋は動かないが顔と耳が赤く染まった。それを見てクロードの動きが落ち着かなくなる。


しかし、ジローはまったく意に介さず爽やかに手を振ると店を出ていった。


「……まさかライバルが現れるなんて思ってもみなかった」


こっそりとクロードが呟いたことをフェリシーは知らない。

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